番外編 誘いの歌 3

 神に愛された北の島国、エリン。

 その大地を奪おうと、地の底深くにあるという異界に棲む邪神とその配下たる妖魔たちがことあるごとに攻めてくるのだ。

 人々は無力で、妖魔たちの魔力になす術もなく斃れそうになった。

 そのとき、善き神ダーナから邪神に抗する力を授けられた戦士たちが現れた。

 彼らは幾度もの大戦をくぐり抜け、民草を守りつづけた。

 そして、十二年前の大戦の折、邪神の片腕と呼ばれた魔物を討ち果たした。

 邪神は力を削がれ、地の底深くで眠りについた。

 邪神フィオールを退けたのは、戦いの神オグマの名を冠した、オグマ騎士団。

 クールとロイドは、その騎士団に名を連ねる騎士とドルイドなのだ。

 オグマ騎士団の騎士とドルイドは、通常ふたり一組で任務に就く。

 それをエリンの民は、それぞれの役目になぞらえて『一対いっついの剣と盾』と呼んでいる。

 剣をふるって命がけで立ち向かっていく騎士と、精霊の力を駆使して魔物の攻撃を防ぐドルイド。

 彼らは互いに互いの命を負っている。ゆえに騎士とドルイドは、どちらかの命が尽きるまで、背を預ける相棒を替えることはない。その誓いは魂に刻まれる。

 これを、『つい誓約ゲッシュ』と呼ぶのだ。

 クールとロイドには、それぞれ別に対の剣と盾がいる。

 いまはそれぞれ任務のために別行動を取っているのだった。

 残りのパンを水で流し込んだクールは、ふと思い出した顔で口を開く。


「そういえば」


 ひとりと一羽の視線が向いてくる。少年は眉間にしわを刻んだ。


「チェンジリングについて、ありえない話を聞いた」


 ロイドが瞬きをする。


「どんな?」

「紫の瞳のチェンジリングが昔この村に現れて、良くないことがつづいたんだってさ」


 ロイドとモアの表情が険しくなる。


「それは…」

「一体どんな良くないことが起こったというのです」


 モアの語気が珍しくきつい。このフクロウは、契約者であるロイドに似て穏やかな性情なのだ。

 『一対の剣と盾』として誓約を刻むのとは別に、ドルイドは精霊との契約を交わす。精霊は鳥の姿を取ってドルイドとともにありつづけ、ドルイドの命が尽きるとともに契約が終わり解放される。

 フクロウの丸い目に険が見える。


「そんなでたらめがまかり通っているなんて。なんて嘆かわしいことでしょう。そうは思いませんか、ロイド」


 ドルイドは静かに頷く。


「本当に、そのとおりだね」


 クールは苦いものを含んだような顔をした。


「なんでも、日暮れ時に、墓地にチェンジリングがいたんだってさ」


 ロイドが訝しげに眉を寄せた。対するモアは、はっとしたように目を見開いた。


「コーンが言うには、紫の瞳のチェンジリングで、大きな翼の魔物に追いかけられたらしいんだけど…」


 頭をかいて、クールは嘆息する。


「いくらなんでも、そんなところにあいつがいるわけないしさ。なんていうか、この村、不審人物は全部チェンジリングになってるみたいで、事故も病気もなんでもかんでも全部チェンジリングが原因だとかいう空気があるような……」


 不機嫌そうに言い募るクールに、モアが片翼をあげた。


「あの、クール」

「モアもそう思うだろ? 大体セイはこの村に近づくのもほんとは嫌がってるんだぜ? それが村から目と鼻の先の墓所になんているわけが…」

「その、コーンが見たというのは、間違いなくセイです」

「だよなぁ。て、ええっ!?」


 目を剥くクールに、モアはため息をついた。


「止めたのですが、どうしても行きたい場所があると言って…」


 それが、村にほど近い墓所だったのだ。

 クールは頭を抱えた。


「うーわー。それか…」


 村に伝わっていたチェンジリングと同じ特徴の瞳を持った不審人物。

 日暮れという時刻ともあいまって、あれがすべての元凶だと考えてしまったとしても不思議はない。

 ただ、問題なのは、コーンのその主張を肯定し、助長させている人物がいるということだ。

 顔を上げたクールは眉をひそめた。


「なぁ、ロイド。吟遊詩人のこと、何か聞いてる?」


 吟遊詩人とは、旅をしながら歴史や時勢を歌に乗せて伝える者だ。リュートと呼ばれる弦楽器を奏でて歌い、村から村を移動して、様々なことを見聞きしてそれを広めていく。

 騎士団には精霊たちがいるので必要はないのだが、遠方の地で起こったことなどを報せてくれる吟遊詩人は、村から出ることのない人々にとって貴重な情報源だった。


「そういえば…」


 口元に指を当てたロイドが記憶を手繰るように目を伏せる。


「作業中に、誰だったかが話していたな。半月ほど前にやってきた吟遊詩人が、村はずれの家に住みついてるとか」


 それはそれは声の綺麗な吟遊詩人で、名はとうに捨てたから『吟遊詩人バード』と呼んでくれればいいと言っているとか。


「それが?」


 クールは頷いた。


「コーンが言ってたんだ。自分が見たのは間違いなくチェンジリングで、バードもそう言ってた、て。村に住み着いてひと月かそこらの吟遊詩人が、なーんでそんなことを断言できんだ。すっげぇ不自然じゃねぇ?」







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