番外編 誘いの歌 4
モアが首を傾ける。
「ロセスがこの村の異変に気づいたのは、十日ほど前ですし。時期は合いますね」
半月ほどで、村人たちの心をすっかり掴んでしまったバード。
クールは腕組みをして唸った。
「消えたっていう村人のこともそうなんだけどさ」
左手のひらを拳で軽く叩いて、目を怒らせる。
「チェンジリングだのなんだのと、いい加減な噂を広めるような吟遊詩人が、気に入らないんだよ、俺は」
ロイドとモアが苦笑する。クールは本気で怒っている。
昔、この村には『
チェンジリングは、人々にとって忌避の対象だ。本当に闇の妖精によってすりかえられた者であれば、とことん忌み嫌われ恐れられるのも道理だ。が、大半は思い込みや言いがかりに過ぎない。
この村に伝わる、チェンジリングが様々な災厄をもたらしたという話も、そういった思い込みや噂が根付いてしまったものだろうとクールは考えている。
息をついて、クールは立ち上がった。
「クール?」
首を傾けるモアに、クールは中途半端な笑みを作った。
「ちょっと散歩してくる。夜の村も、見ておきたいし。それに…」
クールの目が真剣さを帯びた。
「今夜、コーンの家族がバードの歌を聴きに行くって、言ってたんだ。気になるんだよ」
月明かりの道を、少年は走っていた。
「あー、もう!」
コーンは唸った。自分に腹が立つ。
せっかく、家族だけでバードの演奏を楽しむ順番が回ってきたのに。
部屋の掃除をしていなかった罰として、留守番を命じられてしまった。
コーンを置いて、両親と祖母、姉は楽しそうに出かけていった。
出掛けに祖母が、急いで部屋を片づけて、後から追っておいでと耳打ちしてくれた。両親は自分が説得しておくからと、片目をつぶって。
コーンはそんな優しい祖母が大好きだった。
チェンジリングのことを教えてくれたのは姉だ。村の大人たちが酒を飲みながら話していたのを聞いたのだそうだ。普段大人たちは子供の前では絶対にそんな話はしないのだが、酒が入って口が軽くなっていたのだろう。
それまでコーンは、チェンジリングなどおとぎ話だと思っていた。だが、姉の話を聞いて、少しだけ不安になった。
国中を旅しているというバードが現れたのは、その頃だ。
博識で様々な噂にも通じているという吟遊詩人は、村人たちが農作業や採掘作業をしているところにふらりとやってきては、美しい歌声を披露した。
それは村人たちの疲労を、不思議なほどとかしてくれた。
彼は、もしよければ一晩につきひと家族だけ招いて好きなだけ歌を聞かせましょうと言った。彼の歌は本当にすばらしかったので、村人たちは喜んで応じた。
招かれた家族は、翌日その素晴らしさを興奮気味に語った。ほかの村の面白い話や怖い話などを巧みに取り混ぜてつむがれる歌は、これまで聴いたことがないものだと。
それを聞いてから、コーンはわくわくしながら順番が回ってくるのを待った。
ただ、ひとつだけ心配があった。吟遊詩人は自由気ままなので、自分のうちに番が回ってくる前に旅立ってしまうのではないかと。
昨日、どこかから村に戻ってきたバードに会った。コーンは、村の家族全員に順番が回るまで、絶対旅に出ないでほしいと頼んだ。
バードはいいよと承諾してくれた。
村人全員に歌を聞いてもらうまで、旅立ったりはしないよ。まだまだ村人たちは残っているから、あとひと月はかかるだろうし。
コーンは安心した。そうして、思い切って話してみたのだ。
――バードは、チェンジリングに会ったこと、ある?
フードをかぶったバードは、辺りを見回してからそっと頷いた。
目を瞠ったコーンに、バードは口に人差し指を当てて低くささやいた。
――ほかのひとに言ってはいけないよ。人々は、チェンジリングをとても恐れているから
首を勢いよく上下させ、コーンは小声で言い募った。
昨日、恐ろしい影を見た。この村に伝わっているチェンジリングの話。それに出てくるのと同じ色の瞳をした、暗い色のローブをまとった得体の知れない人影。
バードは膝を折ってコーンと目線の高さを合わせた。
それはきっと、本物のチェンジリングだ。昔この村にいたというチェンジリングが、復讐のために戻ってきたのかもしれないね。
コーンは震え上がった。誰かに報せなければと色を失うコーンに、バードは首を振る。
いいや、誰にも言わないほうがいい。騒ぎになれば、チェンジリングが怒るかもしれないから。黙って何も見なかったことにするんだ。
コーンは頷いた。物知りのバードが言うのだから、きっとそれが一番いいのだ。
そしてバードは、今夜コーンの家族を招待してくれた。
誰にも言ってはいけないと言われたのに、数日前に村にやってきたばかりのクールに話してしまったのは失敗だった。
クールがなんだか親しみやすくて、こんなお兄ちゃんがいたら楽しそうだなと思ったから、つい口が滑ってしまった。
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