番外編 誘いの歌 2

 二階建ての古い納屋は、一階が物置で、二階が干草置き場だ。といっても、干草は別の新しい納屋に保管してあるようで、ここにはない。

 貸してもらったシーツを床にじかに敷いて、上掛けはマントとローブ。

 暖かい季節なので、これだけで充分寝床としての用が足りるのだ。

 荷物は必要最低限のものを詰めた袋を各々がひとつずつ持っているだけ。これがこの国でよくある旅装だった。

 クールたちは、旅の途中でこのレニエ村に立ち寄った、ということになっている。

 彼らがこの村を訪れたのは、三日前だ。

 長旅で疲れてしまったので何日か滞在させてもらえないかという彼らの要望を、村人たちは快く聞き入れてくれた。

 この納屋は村長の持ち物だ。長い間使っていないので自由にしてくれて構わないと言われている。

 もらったパンと干し肉を取り分け、水で喉の奥に流し込む。

 携帯用の乾パンと水だけの予定だったのが、随分豪華な夕食になった。


「うまい」


 食べ盛りのクールは上機嫌だ。もっとも、ロイドも労働をしたおかげでクールに劣らず空腹だった。

 ありがたく平らげて落ち着くと、ふたりは距離を詰めて声を落とした。


「それで、村の様子はどうだった?」


 ロイドが村人の手伝いをしている間、クールは親しくなった近所の子供に村を案内してもらった。それがコーンだ。


「ロセスが言ってたとおり、おかしい。コーンとあちこち回ったら、無人の家が幾つもあったんだ」


 不審に思ったクールが、この家の住人はどうしたのかと問うたのだが、コーンはそれに取り合おうとしなかった。

 ロイドが瞬きをして首を傾げる。


「それは、元々空き家だったんじゃ?」

「いや、そういう感じじゃなかった。なんていうのかな、こう……」


 収まりの悪い黒髪をがりがりとかき回して、言葉を探す。

 つい最近まで誰かが生活していた空気が、かすかに残っていた。

 ロセスが報告してきたとおり、それまでいたはずの村人たちが唐突に消えているという印象。

 この家のひとはというクールの問いに、コーンの茶色の瞳は音もなく凍てついた。表情が抜け落ちて、一呼吸のちにあらぬ方を指差し、言ったのだ。


 ――あっちに、おいしい木苺がなってるんだよ。俺の秘密の取っておきなんだけど、特別に分けてやる


 言うなり歩き出したコーンは、無人の家を決して振り返らなかった。

 まるで、そこに建物などないかのように。


「ほかの家も同じ。無人のところは全部目に入ってないようだった」


 ふたりは視線を交わし、同時に息をついた。これは、かなりまずい状況だ。

 腕組みをしたロイドが低く唸る。


「ロセスが気づいてくれなかったら、知らない間に村ひとつ消えてしまっていたかもしれないな……」


 クールが頭を抱える。


「やめてくれよロイド、そんなことになったら騎士団の面目丸潰れじゃん!」


 確かにそのとおりだ。

 そのとき、穏やかに割って入る声があった。


「何はともあれ、最悪の事態に陥る前に発覚してよかったではないですか」


 少年と青年がはっと振り向く。

 明かり取りの窓に、一羽のフクロウがとまっている。

 フクロウはひらりと飛んできて、ロイドの肩に降りた。


「お疲れ様ですロイド。昼間陰から見ていましたよ」


 ロイドは苦笑する。


「あまり役に立てなくて、村の人たちにはかえって迷惑をかけたみたいだよ」

「そんなことはありませんよ」


 そうしてフクロウは、クールを見て首を傾けた。


「ジェインからの伝言です。何が起こっても決して先走るな、と」


 クールはがっくりと肩を落とす。


「俺、信用ないのな…」


 フクロウは面白そうに目を細める。


「いえ、そんなことは決して。ただ、ひとの命がかかっていると、あなたは周りが見えなくなってしまうので、案じているのですよ」

「…………」


 反論ができない。クールはばつの悪い顔で後ろ頭をかいた。

 ロイドの肩にとまっているモアは、フクロウの姿をしているが、本当は鳥ではない。精霊だ。先ほどから彼らの会話に何度も名が出ているロセスも同じである。

 このエリンの国は、神に守られ精霊の息づく地。いたるところに目には見えない存在がいる。

 ただ、そういった精霊や善なる光の妖精たちは、ひとの前には滅多に現れない。

 モアやロセスは特別なのだ。


「モア、ジェインとセイはどうしてる?」


 ロイドの言葉に、モアはくるりと首を回転させて窓を顧みた。


「東の森で野営しています。今日は村の周りを探っていましたが、何も見つかりませんでした」


 ロイドは少し案じるような面持ちになる。


「セイの、様子は?」


 クールがはっとする。モアはくるりとロイドを向いて、しかつめらしい顔をした。


「表面上は、何事もなく」

「そうか…」


 果たしてそれが吉なのか凶なのか、ロイドには読めない。

 思案する風情のロイドに、鳥の姿をした精霊は生真面目にこう言った。


「僭越ながら、ロイド」

「うん?」


 ロイドが首を傾ける。

 モアは真剣な眼差しでくちばしを動かす。


魔術士ドルイドが、自身のついの剣のことをまったく気にかけないというのは、いかがなものでしょうか」


 ロイドは軽く目を見開いてから苦笑した。


「あははは。ジェインのことを心配なんかしたら、逆に私が叱られるよ」


 それを聞いてクールは、心の底から同意した。

 






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