ゴーブの守る谷 3
ジェインとロイドにクールとセイが初めて会ったのは、ふたりがオグマ城にやってきた日の翌朝だ。
十七歳のジェインと二十歳のロイド。
若手の中でも飛びぬけた実力のふたりは、数いる団員たちの中でもとりわけ将来を嘱望される一対の剣と盾だった。
特に、ジェインの剣技はいずれファリースを凌ぐのではないかとひそかに噂されるほどだったそうだ。
それほどの技量を持つ彼女の唯一の弱点が、女性であることだった。
どれほど鍛錬を重ねても、持久力や膂力が男性に劣る。
市井の男たちでジェインに勝てる者はほぼいないだろうが、同じように鍛えている騎士団の男性たちの体力にはあと一歩及ばない。
戦闘が長引けば長引くほど、それは顕著に現れてしまうだろう。
どうあがいても自分が女性であることは変えようがない。
悩み抜いた末、ジェインは血のにじむような努力を重ねて苛烈なまでの剣技を身につけた。
体力がつづかないなら、短時間でけりをつければよいのだ。
鋭い斬撃を繰り出し、ごく短い時間で勝敗を決するところから、やがて『閃烈のジェイン』の二つ名がついた。それは彼女の努力の証だった。
クールは唇を噛んだ。オグマ城に来たばかりの頃、ジェインが剣を振るう姿を見て、その迫力に圧倒されたのを覚えている。
十七といえば、いまのクールと大して変わらない年齢だ。なのに、いまのクールはあの当時のジェインに、技量も精神力もまったく及ばない。
無力さを噛み締めるクールの隣にいるセイも、難題に直面していた。
彼が現在扱えるのは、炎の精霊王ジンの力のみ。それは彼自身が交わした契約ではなく、このロッドの先代の所有者であるエルクが交わしたものだ。セイは、その契約を引き継いだに過ぎない。
魔力を高め、新たな精霊王との契約を結ぶ。それがセイの課題だ。
四日前、セイは水の精霊王ニクサの召喚に成功した。ニクサは一時的に力を貸してくれたが、契約を交わすまでは至らなかった。
魔力が足りないと、はっきり告げられた。
わかっていたつもりだったが、あのように突きつけられると打ちのめされるものだ。
もっと強い魔力を身につけなければいけない。でも、――どうやって。
「…………」
彼らは同時に嘆息した。フイルガスを取り逃がしてからというもの、ふたりは険しい顔でため息ばかりついている。
「セーイ、クールー」
呼び声に振り仰ぐと、散策に出ていたアードが舞い降りてきた。
「お帰り、アード」
セイがのばした左腕にとまり、アードは上機嫌で応じた。
「ただいまー。風がなかったから湖の向こうまで行ってきたよ。ふたりもあとで散歩に行こうよ。水面がきらきら光って、凄くきれいだったよ」
両翼を広げて明るく話すアードの頭を撫でて、セイは薄く笑った。
「そうだね。あとで、行ってみようかな」
「うんっ。クールも行こうね。お弁当持って行ったらいいんじゃないかな」
クールは複雑な顔をした。明るい語気はクールを励ますためだろう。
「……じゃあ、傷が治ったらな」
「うん、約束!」
アードの翼の先の羽と指切りをする。鳥にあるまじき仕草だが、そもそもアードはただの鳥ではない。精霊が鳥の姿をとっているだけだ。
精霊にまで気を遣わせてどうするんだ。
胸の奥で唸って渋い顔をしているところに、騎士見習いの少年が駆け寄ってきた。
「クール、セイ。ミルディンが呼んでます」
ふたりは顔を見合わせた。
正確には、ふたりを呼んでいたのはミルディンではなかった。
騎士団の最高責任者である大ドルイドミルディンは、ふたりを伴ってダーナ神殿に向かった。
神殿に呼ばれることは滅多にない。ふたりの表情は緊張で固かった。
チェンジリングに遭った赤子は取り返したものの、敵には逃げられた。そのことに対する叱責だろうか。ジェインにもミルディンにも叱責されたが、それだけでは足りなかったか。
この件に関しては、セイのほうがより過失が重い。誰にも告げずに城を勝手に飛び出し、遭遇したフィルガスと私闘に及んだ。
ドルイドの力は、邪神に対抗するために善き神ダーナに与えられたもの。エリンの民を守るためのものだ。決して
セイは唇を引き結んだ。そのことに対しての叱責ならば、自分だけが受けるべきだ。クールに非はない。誰に呼ばれたのかはまだわからないが、そこはきちんと釈明しなければ。
回廊を進むうちに、ふたりは不審な面持ちになっていった。ここまで奥に入ることなど、滅多にないのだ。
神殿の最奥で彼らを待っている相手というのは一体誰か。
まさかなぁと疑っていたが、やがてそれは確信に変わった。
回廊のつきあたりにあるアーチ型の大きな扉。長い年月を経て飴色に変色した木製の扉の奥は、この神殿の頂点に立つ者の執務室だ。
扉の両側に立つ護衛官たちが、来訪者を警戒して手にした槍を交差させる。
ミルディンは涼しい顔で口を開いた。
「オグマ騎士団より参った。取次ぎを」
報せを受けていたのだろう。護衛官たちは無言で槍を引いた。
ミルディンはそのまま扉を三度叩いた。
「入りなさい」
中から響いたのは女官の声だ。次いで、扉がきしみながら開いた。
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