一対の剣と盾 4
テーブルにパンと肉を並べているうちに話し終えたセイに、クールは乾いた笑いを見せた。
「何やってんだ、ダン…。ほんといつの間に来たんだ」
「結局はぐらかされた。まぁ、おかげで食事にありつけるんだから、そこは感謝しないと」
食堂は開いている時間が決まっていて、それを過ぎると食いはぐれる。
そんなときのために騎士団員たちは各自非常食を備蓄している。しかし、できることなら食堂のあたたかい食事にありつきたい。あたたかくなくてもいいから、水分の少ない携帯用非常食ではないものを食したいのが人情というものだ。
「ほんと助かった。昨日食い切っちまったからなぁ。あとは……」
言いさして、クールは幸せそうに木の実をついばんでいるアードをちらりと見た。
視線に気づいたアードがいささか動揺する。
そこですました顔のセイが口を開く。
「アードじゃ足りないだろ」
アードの動揺がいや増した。何だろうこの会話は。とてつもなく恐ろしいことを、言われているような。
青ざめるアードに向けられるクールの眼差しは真剣そのものだ。
「いや、腹の足しにはなると思う」
セイがため息まじりに肩をすくめた。
「クール、どこまで本気?」
「…………」
この上もなくさわやかな笑顔になったクールである。
アードは羽毛という羽毛を逆立てた。
「本気!? その一点の曇りもないさわやかな笑顔は本気だね!? ものすごく本気だね!?」
半泣きで自分の背後に隠れるアードを、セイはなだめるように撫でてやった。
「大丈夫だから。クール、冗談もほどほどに」
「あー、ああ、うん」
その曖昧な受け答えに、さしものセイも無表情になる。
「………」
「や、冗談だって。いてくれないと困るしな。なっ、アード」
苦笑するクールに涙目のアードが容赦のないくちばし攻撃を繰り出す。
クールはそれをひょいひょいと避けて巧妙に逃げる。
「世の中にはいっていいことと悪いことがあるっ」
「悪かったってば、冗談冗談」
「次から助けてやらないっ」
「だから、悪かったって」
じゃれているふたりを尻目に、セイは肉を挟んだパンにかぶりついた。
クールはふっと目を開けた。
朝までまだだいぶあるのか、世界が暗い。
上半身を起こして、クールは大きく大きく伸びをした。
「んんんんんん」
昨夜、夕食後にふたりで話し合ったのだ。
――ワイバーンは夜の間は巣に戻っているはずだから、動き出すとしたら夜が明けてからだ
――やつが獲物を狩る前に見つけ出して、今度こそ仕留める
支度を済ませて部屋から出ると、クールと同じく身なりを整えたセイも出てきた。
壁に立てかけておいた剣とロッドを同時に取り、どちらからともなく剣とロッドを合わせる。
「行くぜ、相棒」
にやりと笑うクールに、セイは冷めた表情を崩さない。
「三度目はないからね、クール」
夜が明ける。昨日とは打って変わって晴れた空に、まだ太陽は顔を出していない。
小さな青い鷹から巨鳥に変身したアードがクールとセイを促す。風の精霊であるアードの本性は、この大きな鳥の姿なのだという。
まだ城は眠っている時刻だ。誰にも気づかれないよう細心の注意を払い、ふたりを乗せたアードが空の砦を静かに飛び立つ。
その様子を物陰から伺っている影がふたつあった。ジェインとロイドだ。
後輩たちの考えることなどお見通しだ。
「よほど悔しかったらしいね、あの子たち」
「当然だ」
ジェインが不敵に笑みを浮かべる。そうこなくては。
英雄ファリースか命と引き換えに守った少年たちだ。やられたまま、叱責されたまま、引き下がるはずがない。
飛び立つ彼らに気づいたのはジェインたちだけでなかった。
夜も明けないうちから城の一画にある執務室でせわしなく動いていたダンは、かすかな風の唸りを聞いて手を止めた。
翼が風を切る音。精霊鳥の羽ばたきだ。
窓を開けて空を振り仰ぎ、暁の空に飛び立つ影を認める。青い翼はまだ若い契約鳥のものに違いないし、その背にのった騎士とドルイドの後ろ姿を見間違えることは、ほぼないといっていい。
「おお、こんな朝早くから、元気がいいなぁ」
その後ろから、静かに近づいてくる足音があった。
ダンにはそれが誰か振り返るまでもなくわかっていた。ドルイドの最長老ミルディンだ。
「昨日、セイに何を言ったんですか? ミルディン」
ロッドを手にした老人はダンの問いには答えず、思慮深い目で暁の空を一瞥した。
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