interlude

「んー!ここに戻ってくるのも三ヶ月ぶり、かぁ」



 大きく伸びをして体を解しながらぼやくサラ。

 あの町での仕事はわりと長期になってしまい、こっちに戻ってくるのは実に三ヶ月ぶりとなる。


 ……貯まっている仕事を思えば頭が痛いが、いい休暇になったというのも確かな話だった。

 なので、貯まっている仕事は早急に消化するつもりでもある。

 ゆえに、特に寄り道せずに本部へと向かうつもりだったのだが。



「──そんで、一休暇のあばんちゅうるを楽しんだ、とゆーわけやね?」

「……アバンチュール違うわっ、っていうかその似非関西弁はやめなさいって私言わなかったっけ?」



 木陰からこちらに向かってくる人影を確認して、思わず苦い顔を浮かべる。

 歩いてくるのは、肌以外の全身を黒で固めた和服美人、とでもいうべき女性だった。

 ──凄まじく胡散臭くて、めんどくさそうな雰囲気を纏っている、という注釈が付くタイプの。



「ふふっ、いややわ沙良はん。うちのこれが似非やなんて、アンタはん以外にはもう誰にもわかりまへんのに、わざわざ指摘してくれるんやもん、ほんまそういうとこええわぁ……♪」

「やめてくれない鳥肌立つんだけどっ!?」



 恍惚とした笑みを浮かべる彼女をしっしっ、と追い払うサラ。

 対する和服美人はといえば、「いけずやわー」と宣いながらどこかへと消えて行った。

 ……思わぬ疲労感に苛まれつつ、気を取り直して目の前の扉をくぐる。


 本部、と呼ばれるこの場所は、とある海の一画にポツンと存在する、陸続きではない孤島。

 その陸地の大部分を占領するのは一つの建物だ。


 【大厄災】以前には政の中心部として使われていたそれは、今となってはその機能の全てを失っている。

 それでもここが本部、と呼ばれるのは、世界権力の最高峰がここに集まっているから、なのだろう。

 容易く侵入できないこの場所で秘密の謀を行う、というのはいかにも『らしく』思えた。


 ──まぁ、実際にここに来てみれば、そんな感想はどこかに行ってしまうだろうが、ともサラは思っていたりする。何故ならば、



「ふむふむ、帰ったか我らが【殺人姫】。堂々たる凱旋、まっこと見事よな」

「……爺様、姫は止めてってば」



 歩を進めるサラの前に現れた小さな影。

 突然現れた小汚ない年老いた男が、その視線をサラの上から下までねっとりと這わせていく。

 ……別にやらしい意味じゃないのが余計にめんどくさい。

 彼はただ、この場所における最高戦力が、無事に帰って来たのかを確かめているだけでしかないからだ。

 なので不躾な視線だと思うものの、サラはその視線自体に反発することはない。

 ……どっちかと言えば姫とか呼ばれる方が嫌だった。


 想像は付くかもしれないが、一応紹介しておこう。

 このちょっと変な老人こそ、世界権力の最高峰、【七賢人】が一人。

 メリカ大帝国代理、リーチマンその人だ。










「元気そうで結構結構!いや、ぬしが元気でなくなったら困るのは儂らだがな?」

「どうだか。爺様のことだからそれなりにやるでしょうに」



 帰還を喜ぶリーチマンに対し、サラの反応は素っ気ない。

 ……ここに集まっている人間は一癖も二癖もあるような人物ばかりだ。

 自身は確かに最高戦力ではあるだろうが、いなければいないでどうにかするだろう、というのがサラの正直な感想だった。



「ふむ、信用されとらんのぉ、儂らは主を十二分に信用しとるんじゃが。──何せ【篝火】足りうる器をこの世で始めに示したのは主だからして!」



 愉快愉快、と豪快に笑う爺様に思わずジト目を返しつつ、サラは柄でもないと首を振る。



「それを言うならレイの奴も同時期だってば……。というか、世間話しに来たわけじゃないんだけど爺様?」

「おお、そうじゃったそうじゃった」



 サラの言葉に一つ柏を打ち、爺様が踵を返す。

 呆れた様なため息を一つ吐くと、サラもまたその背を追って歩を進め始めるのだった。










「さて、任務ご苦労サラ・ウインドエッジ。我ら七賢人も主の帰還を労うとしよう」

「……前から思ってたんだけど、七賢人とかカッコ付け過ぎじゃない?」

「なに、主の昔に比べれば「あーあー聞こえない聞こえないー」……まぁよかろう」



 やってきたのは壁が崩れて外が眺められるようになっている部屋会議室

 空いた壁を正面として、その両側に机と椅子が並び、そこに顔の見えないようにベールを被った複数の人間が座っている。


 見る人が見ればちょっと頭が痛くなりそうなその情景に、思わず苦言を溢すサラだったが、代わりとばかりに自身のことに話が及ぶと、思わず誤魔化す以外の選択肢を取れていない。

 その辺り、互いの気安さが見えるような気がしないでもないのだった。



「【兆し】の予言とはいえ、よくぞ務めを果たして下さいました。……とはいえ、一つの【兆し】に時間を掛けすぎているというのも確かな話」



 そんな中、ベールを被った人間の一人が声を上げる。

 その声に呼応するように、他のベールの下からも声が上がる。

 ……大体は、彼女が時間を掛けすぎているということについてだったが。



「しかしのぅ、【兆し】が曖昧にして奇っ怪なのは今に始まった話でもなかろう?───それとも何か?今さら【鑑定士ライセンサー】に文句を言いに向かうか?」



 それを抑えるように言うのがリーチマンだ。

 彼が七賢人のリーダーである、ということもあるが、彼が今の世界で一番巨大な国家であるメリカ大帝国の代理人であることも関係しているのだろう。

 口々に声をあげていた賢人達が押し黙るのを確認し、リーチマンがこちらに向き直る。



「とはいえ、一つの【兆し】が終わったのであれば新たな【兆し】に向かうも道理。──【殺人姫】よ、報告を終え次第次なる【兆し】の捜索のために【鑑定士】の元へ向かうがよい」

「……了解」



 不承不承にそう返して、サラは部屋から外へ出るのだった。










「なるほど。それはまた、災難でしたね」



 先程の部屋とはまた別の部屋。

 こちらは窓が黒い布で覆い隠されていて薄暗く、真っ昼間なのにわざわざ蝋燭に火をつけて光源を確保しているという、部屋の主の趣味というか実益というかが反映されたものだった。


 ……見ていると色々精神安定を掻きかねないので本当は来たくないのだが、ここにいる彼に会わないことには話が始まらず、更にはこの環境でなければ彼は【兆し】を知り得ない以上、結果としてサラの胃に過大なダメージが積み重なるのであった。


 なので、気遣うような彼の言葉に、彼女はひきつった笑みを浮かべることしかできないでいる。

 ──【鑑定士ライセンサー】。

 それが、彼と言う個人を示す名前だ。



「ああ、うん、そうね。……えっと、それでなんだけど。【兆し】の方は───」

「───ああっ!!!」



 そうして、笑みを浮かべながら恐る恐る声を掛けようとしたところ、彼が急に叫び、仰け反った(思わずサラは椅子から飛び退きそうになった)。

 そして、彼は突然に──瞳から、滂沱の涙を流し始める。



「ああ……ああっ!!また、またなのですか!またこの世に、新たなる【兆し】が現れると言うのですか!!」



 ……昔はもうちょっと冷静に見ていられた気がするのだが、今となっては半狂乱となって【兆し】を読み解き刻んでいく彼の姿は、中々に心臓に悪い。

 そんな事はおくびにも出さず、サラは彼がそれを──【兆し】を書き上げるのをじっと待つ。

 やがて、糸が切れたように彼が倒れ込むと同時、彼が書き上げたモノを拾い上げた。



 ──曰く。

 『ユシア連邦に兆しあり。幼子の御手みて焦愛じょうあいに触れ、悪戯に命を食む。その飽くなき食の果てに、その愛は永久に至る』。


 ……抽象的と言うか、読み解くのに時間の要りそうなものだった。

 そんな一文を読み終え、彼女は笑う。



「さて、次の【兆し】が【篝火】であることを祈りましょうかね──」



 行き先はユシア連邦。

 今なお白き氷に閉ざされた、極寒の大地だ。

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