五日目・③

 そうして、話題に花が咲いたまま夜になった。


 知らない仲でもないのだから泊まっていけ、と半ば強引にサラの部屋の鍵を受け取った少年は、思わずちょっとどきりとしてしまったあと、気を取り直して部屋に入り、あるものを探した。

 そうして目的のものを見付けると、確認したのち元に戻す。


 そのあとは、しばらくして夕食ができたと言うキキばあの言葉に階下へ降りて、彼女の作った料理を楽しみ、そのまままた会話に花を咲かせ──、



「……寝てしまったか」



 ロッキングチェアに揺られながら寝息をたてるキキばあの姿に小さく笑み、起こさないように毛布を掛けて部屋の灯を消す。

 そのまま、二階のサラの部屋へと、音を立てないように戻っていった。




 ──そして、夜は更ける。


 人気のない店内は暗く、聞こえる音もキキばあの寝息だけ。

 遠く響くフクロウの声も、夜の静寂を破るほどのものではなく。……だから、その音は暗闇によく響いた。


 何かが地面を擦る音。

 ずる、ずるというその音は、最初は微かに。

 やがて近く、しかし微かなままに、夜の空気に響き渡る。

 何かを目指すように、ずるずると、微かに地面を擦る音だけを響かせて。


 やがて、店の前に一つの影が現れる。

 それは、黒いローブで姿を隠した何者か。

 それが、店外に繋がる戸を音を立てぬように通り、そのまま店中へと入ってくる。

 そして、まるで何かを探すように、一度頭らしき部分を左右に揺らしたあと、目的のものを見付けたのか移動を再開する黒い影。


 やがて、影はロッキングチェアで寝息を立てる、キキばあの前に立った。

 その影はしばし彼女を見つめるように佇んだあと、ゆっくりと彼女へと近付いていく。

 そして、その影の手らしきものが彼女の頬に触れようとした時──、



「ああぁあぁっ!!!」

「──っ!?」



 チェアの後ろに隠れていた少年が飛び出し、手に持った角材を影に振り下ろす!

 奇襲に成功した少年の攻撃は確かに黒い影に命中し、



(っ!?一発で折れた!?)



 驚愕する少年の目の前で真っ二つに折れてしまう。

 確かにいいところに当たった気はするが、幾らなんでも脆すぎやしないかと少年が気を散らした隙に、



「……っ、」



 黒い影は彼の脇を抜け、そのまま店外に飛び出してしまう。

 「待てっ!」と少年が叫ぶと同時、



「う、うおおぉ!神の敵めぇ!」



 という男の叫び声が外から聞こえた。

 同時、複数の人間が争うような音が外から聞こえてくる。

 ややあって、外の喧騒が収まると同時、店内に入ってくる人影があった。──そう、神父だ。



「すみません、逃げられてしまいました……」

「神父様、ご無事ですか!?それと何故ここに……?」



 面目ない、と頭を下げる神父を迎える少年。

 彼の問いに「君の見廻りの引き継ぎさ」と答えた神父は続けて言う。



「それより、ここの主人は?」

「……っ、そうだばあ様っ!」



 キキばあの安否を問われ、少年が弾かれたように店内のキキばあの元に走る。

 そして、驚愕した。

 あの一瞬で、キキばあの顔の右半分が爛れてしまっていたからだ。

 幸い見た目ほど酷い傷ではなさそうだが、それでもキキばあの意識は失われてしまっていた。



「──腐りかけている、のか?」



 後からやって来た神父が彼女の顔の傷を見てそう診断する。

 ……とにかく、彼女を休ませなければならない。

 そう判断した神父が彼女を抱え上げ、少年の方に視線を向ける。

 ある事実を、彼に伝えるためだ。



「それと、これはとても言い辛いことなのですが……」



 少年が続きを促す。

 ……次に彼が発する言葉を、ある程度予測しながら。



「サラ君が、地下牢からいなくなりました」



 ──返ってきた言葉は、おおよそ予想通りのものだった。








「明日の朝、山狩りを行おうと思います」



 教会のベッドにキキばあを寝かせた神父が、少年の方を振り返り告げる。

 告げられた少年は一度肩を震わせ、信じられないと神父に言葉を返した。



「神父様はサラを疑っているのですか!?」

「……サラ君が逃げたのは保存庫に隠されていた通路から。ゆえに、深夜の内に皆に知られず活動できたのは、現状彼女だけです。理由や手法は分かりませんが、彼女が犯人だという可能性が高いと言わざるをえません」

「そんな……」



 項垂れ、言葉を失くす少年。

 神父は彼に寄り添うように傍らに立ち、言葉を掛ける。



「安心なさい、神は全てを見ています。きっと、正しい裁決が下されることでしょう」

「神父様……」



 そして、一先ず落ち着くまでは一人にした方がいいだろうと判断した神父が部屋を離れる。

 一人取り残された少年は、しばし俯き続けていたが。



「……本当なのか?サラ、これが……」



 問いかけるように視線を上げる。

 先までの悲観はそこにはない。

 ただ、示されたある事実が、彼の意思を強く後押ししているのだった。

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