五日目・②
「……それで?情けなくもうちに逃げてきたってワケかい?」
「……ああ」
町の中心部から少し外れた一軒のパン屋の店内。
──キキばあの店に逃げるように訪れた少年は、その憔悴した様子から心配したキキばあに促されるままに店内に導かれた。
その中で一連の流れを説明していたのだが、聞いているキキばあは話が進むほどに「心配して損した」とでもいうような態度になっていく。
「……はぁ。なんというか、ほんっ……とうに、あのお転婆娘は何回言っても聞きゃあしないというか……」
「……あの、キキばあ?」
ぶつぶつと文句を言うそんな姿が不思議に思えて、少年が声をかける。
その様子は先ほどと比べれば天と地で、話を聞いてやった甲斐はあったかねぇ、とキキばあは内心で安堵のため息を吐く。
「その、心配じゃないのか?サラのこと」
「ああ?!心配?!んなもんいつも掛けられっぱなしさね!毎度毎度わたしゃ血圧上がりっぱなしだよ!」
「お、落ち着いてキキばあ……」
血相を変えて捲し上げるキキばあの様子に、思わず聞くんじゃなかったと後悔する少年。
しばらくして、キキばあは一つため息を吐いて話を始めた。
「いいかい、あのお転婆は何かをしでかす気だ。もしお前があの子を大切に思うのなら、もう少し信用しておやり」
「しん、よう?」
呆けたように呟く少年に、そうさとキキばあが頷く。
けれど、もはや何を信用すればいいのか、少年にはわからなくなってしまっていた。
「神父様は、サラを庇おうとしてた。なのに、サラはそれを違うって言って、理由があるなら言えばいいのに、それさえしなくて……。俺、サラの何を信じればいいんだよ……」
実際、何か理由があるのなら話せばいい。
なぜ彼女は理由を話さないのか、
なぜ彼女は墓を掘り起こしたのか、
なぜ彼女は──あの時、泣きそうな顔だったのか。
分からないから、少年はこうして俯くことしかできない。だから、
「そうさねぇ、理由を言わないのは……。──知られたくない相手がいるから、かねぇ」
──外からもたらされる手がかりに、視線を上げた。
知られたくない相手。
サラが墓を掘り起こした理由を、知られたくない相手がいる?いや、でも。
「そんなの、話してもすぐ神父様の話で上書きされるんじゃ」
「もうちっと頭を使いな坊主。ほっとけば理由の方は神父のでっちあげで町には広まる。なら、わざわざ本当の理由は別にある、だなんてことを言う必要はないんだ。黙ってれば無罪放免、真相は露と消えるわけなんだからね」
「いや、でも」
今度は、自分に『違う』と示す必要がない。
理由を隠しておきたいのなら、そのまま神父の言葉通りだと頷いておけばいい。……敢えて自分に『違う』と伝える必要はない。
「……坊主、ところでの話なんだがね?『サラが違う』って言ったこと、その内容を詳しく伝えられたかい?」
「……あ」
キキばあの言葉に、少年は唖然とする。
……そうだ。確かに自分は神父に対して、サラの返答を『違うらしいけどそれでいい』と言っていたとしか伝えていない。
無論、それはあくまでもサラが子細を話さなかったから起きたことだ。
「だけど坊主は、その子細こそ知らずとも『理由が違うこと』は知っている。──なら答えはそういうことさね、『理由は伝えられないけど、違うということは伝えたかった』。……さて、ここまで解いて坊主はどこに行き着く?」
神父が提示した理由とは違う、そして理由は話せない。
だけど、違うという事実だけは伝えたかった。
……なら、導き出される答えは一つだ。
「……理由を聞いたなら、俺は神父様にそれを教えるはずだ。──だから言わなかった。何故ならば、サラが理由を知られたくない相手が……神父様だから」
「そして、その疑いをアンタにも持って欲しかったから違うと伝えた。……大筋はまぁ、そんなとこだろうさ」
ふん、と不満げに息を吐くキキばあと、信じられないと視線を揺らす少年。
なぜなら、それが事実なら。サラが神父に対して、何か疑いを持っているということになるからだ。
けど、なぜそれが墓荒らしと結び付く?
「さてねぇ?雑に考えるならその死体に神父が何かしら関わってるとかだろうが。……腐乱死体だったんだろう?噂がどうあれ、神父に結び付くか……までは私にも分からないねぇ」
ロッキングチェアに揺られながら放たれたキキばあの言葉。その一部に、少年は違和感を覚える。
「……?いや、なんで疑問系なんだ?キキばあも居たんだろ、祭儀。なら、神父様から聞いてるはず……」
町民全員を集めて行われた祭儀。
その始まりの時に、神父は遺体が腐っていたということを皆に伝えている。
だから、おかしいのだ。───「腐乱死体だったんだろう?」という問いかけは。
「いいや、私は行ってないよ。そもそも私は神職が嫌いでね、金を貰っても行く気はないさ。……そもそもの話、私の足じゃ教会までの道なんざ、途中で諦めちまうよ」
返ってきた言葉に、少年は衝撃を受けた。
キキばあは、あの場にいなかった?
ごくり、と唾を嚥下する。
あの時、サラは何を呟いたのだったか。
それを思い出した少年の中で、一つの推論が浮かび上がる。
そしてそれに付随するように、仮説が次々と組み上がり──、
「……いや、まだ足りない」
「あん?」
キキばあの疑問の声には答えず、少年は黙考する。
───これはあくまで推論でしかない。答えだと示すこと、それができるだけのものでしかない。
疑いが積み上がった、単なる『噂』でしかない。
だが、だからこそ。それは光明として、彼の目前に浮かび上がった唯一の道だといえた。
「……ふん、なんだか知らないが調子が戻ってきたみたいじゃないか。話を聞いた甲斐があったってものかねぇ?」
「……ありがとうキキばあ、色々楽になった」
小さく礼を返せば「礼はいいさ、またうちで何か買っていくんならね」とキキばあは笑う。
……あの娘にしてこの母有り、とでもいうのか。そんな風に思って、小さく笑みが漏れる。
そうして、しばしの間共通の話題に花を咲かせる二人なのであった──。
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