五日目・①
「神父様っ!!」
「おおっ!?あ、ああ、君か……、早いというかなんというか」
教会内の神父の居住区に、まさに扉を蹴破る勢いで飛び込んできた少年。
その鬼気迫る表情に、しかし神父は苦笑を崩さない。
「どういうことですか!サラに罪の疑いがあるって!」
「……彼女が深夜徘徊をしていた、というのは知ってるかい?」
問い詰める少年に対し、冷静に言葉を返す神父。
少年は一瞬見廻りの事を思い出すが、それならば自身も早々に呼ばれているはずだと気付き、押し黙る。
そうして落ち着いた少年を近くの椅子に座らせると、彼は用意したコップに水を注いで少年に差し出した。
「見廻りとは別。それが終わった深夜にね、彼女が町を抜ける姿を見たんだ。不審に思った私が彼女のあとをつけると、彼女が向かったのは共同墓地だった」
「共同墓地……?」
深夜の森の中の、更に墓地などに一体何の用事があったというのか。
少年が考え込もうとする前に、神父は答えを述べる。
「昨日の遺体を埋めた墓を、掘り起こしていたのさ」
「堀りっ……!!?」
飛び出した答えに思わず息を飲む少年。
一度埋めた遺体を掘り起こす?一体何を考えているんだ彼女は?!
そんな少年の内心が表に出ていたのか、神父は小さく息を吐く。
「詳しいことはだんまりなんで分からないけど、外から来たサラ君の事だ。遺体を調べる技術とか、持っててもおかしくはない。たぶん、詳しい死因とか調べようと思ったんじゃないかな?」
「……死体から、そういうものが分かるんですか?」
今度は別の意味で驚く少年。
この辺りでは遺体の検分なんてものに縁はない。そもそもに医者がおらず、神父がその役目を兼任していたくらいなのだ。
死体はあくまでも憐れな者の亡骸以上のものではなく、それを確かめようなどという思考そのものが存在していない。
ゆえに、サラがそういう技術を持ち合わせているかもしれない、ということ自体が彼にとっては驚きの対象になっていた。
「まぁ、こっちではできる人の方が珍しいからね、私も人伝でそういう技術があるらしいと知っていただけだし。……ただまぁ、町民達にとっては違うだろう?」
「……あ」
彼女がそういう技術を持ち合わせているかどうかは別として。
墓を掘り起こしたということを知った町民達がどう思うかと言えば、間違いなくサラを非難・ないし侮蔑するだろう。
遺体を調べるという知識が無いのだから、彼女の行為は死体を辱しめる行為にしか見えないはずだからだ。……知っていても争いは起こるが、知らない方がもっと争いが起こるものだ。
「だからまぁ。今回のはあくまでも、私から町民へのアピール以上のものは無いんだよ。今でこそ受け入れられているけれど、サラ君が余所者なのは一応の事実だからね」
つまり、こう言うことらしい。
サラが真相究明のために皆に黙って遺体を掘り起こしたので、それは決して遺体を冒涜するものではなく、あくまで彼女なりに考えて行ったことであり、町の人を故意に傷付けるために行ったことではないのだと知らせるため、敢えて伝言板に彼女が一晩牢に入れられるのだと記したのだと。
無論、問題なんてあるはずもないので明日には無罪放免、彼女は外に出てきている──という寸法だ。
「とはいえ、彼女の意思の確認が取れていなくてね。悪いんだけど君、サラ君にその辺り確認して来て貰える?」
そう言って、神父は地下への鍵を少年に渡すのだった。
──子供の頃、悪いことをしたら牢に入れられるんだぞってよく言われていたっけ。
そんな事を思いながら、少年は地下へと繋がる石の階段を降りていく。
教会地下にあるそれは、元々は地上で何かあった時に非難するための場所だったのだそうだ。
それが【大厄災】を機に役目を失い、巡り巡って、罪を告解した者達が一晩反省するための場所になったのだという。……ある意味、今のサラにぴったりの場所だと言える。
とはいえ、一つだけ少年には気になっている事があった。それを問いただすためにも、と少年は一つ気合いを入れる。
やがて、分かれ道にたどり着いた。右に進めば保存庫で、左に進めば牢屋だ。今は保存庫に用はないので、素直に左に進む。
石のアーチが続くトンネルを抜ければ、少し広い空間に申し訳程度の鉄格子が備え付けられた一画に出る。
ここが地下牢。
今見ると随分安っぽいというか、ちゃちな造りの場所に見える。……昔は怖かったんだけどなぁ、と少年が奥に進めば、一番奥の牢の中、そこに備え付けられたベッドの上で、膝を折って膝下から足の甲をベッドにつけ、その足の裏の上に臀部をのせている──という、なんとも珍妙な座り方をしたサラの姿がそこにあった。
……確か、正座というのだったか。
気を落ち着かせたり、考え事をする時などにするもの、らしいのだが。昔サラに教わって試した時には足が酷いことになって、とてもではないが考え事をするような余裕はなかった。
こうして微動だにしない彼女を見るに、サラにとっては問題ないようだが。
「サラ、元気そうで良かった」
少年が声をかける。
すると、集中するように閉じられたサラの目蓋が開いて、視線がこちらに向く。
……冷たい目だった。
思わず一歩後ろに下がる少年は、しかし頭を振って鉄格子に近付く。
「サラ、どうしてあんなことをしたんだ」
「……あんなこと、とは?」
神父に対しての態度のまま固定されてしまったかのような彼女の態度に困惑しつつ、少年は答えを返す。
「そりゃ、墓を掘り起こしたことだよ。……死体を確かめようとしたんだろう?サラにそんな技術があるとは知らなかったけれど……」
「……なるほど、そういう……」
返ってきた答えにサラは何かを納得したようにため息を漏らすと、決心したようにこちらに視線を向けてきた。
「──生憎ですが、私にその様な技能はありません」
「……は?」
返ってきた言葉が少年の表情を凍らせる。……だって、じゃあ、なんのために?
「……掘り返したことは事実です、それが必要だったことも。ですがそれでも、私に検死技術がないのもまた紛れもない事実です」
「……っ、なんなんだよっ、その理由ってのは!」
頑なな言葉を紡ぐサラの事が急に分からなくなって、少年は鉄格子にすがり付くように近付いて、彼女へと疑問をぶつける。
──その激情に帰ってくるものは凪。彼女は答えられないと首を横に振った。
「……っ、なんで……っ」
──俺にまで、そんな目を向けるんだ。
そんな言葉は口に出せなかった。出した途端にどうしようもない亀裂が入って、どうにもならなくなる予感がしたから。
それでも、少年はすがるように、彼女へと視線を向ける。
いつの間にか、彼女は泣き出しそうな表情を浮かべていて。
「─────」
ただ一言だけ呟いて、彼女は視線を少年から切る。
もはや話すことはない、ここでお前にできることはないのだと拒絶するかのような態度だった。
しばらく少年は彼女を見続けていたが、彼女がこちらに視線を向ける気配はなく。少年はふらふらと踵を返し、牢の出口を目指す。
「───ジェームズ神父には、それで構わないとお伝え下さい」
その背に掛けられた言葉に一度だけ立ち止まって。
その言葉になんの感情も含まれていないことに気が付いた少年は、逃げるように牢を出ていった。
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