三日目・昼
「はいどうぞ、いっぱいあるから味わって食べてねー」
「ありがとよーサラちゃん」
いえいえ、と笑みを浮かべながら町民達の持ちよった器に汁を盛り付けていくサラ。
集った町民達はそうして盛り付けられた汁物を、あーでもないこーでもないと騒ぎながら味わっている。
それはとても楽しげで、この集まりが町民に歓迎されるものであることを如実に示していた。
──俗に言う炊き出し、というべきものを行うようになったのも、子供達のための青空教室が始まって
本来であれば教会側が材料から器から、ほぼ全ての必要物を用意して町民達に施すものが炊き出しらしいのだが、流石にサラと神父の二人しか居ないこの教会では材料の工面ができず。
どちらかと言えば、町の外からやって来たサラがこの辺りでは珍しい異郷の料理を振る舞うための集まりとなっていた。
なので、炊き出しと呼ぶよりは飲食会と呼ぶのが正しいのかもしれない。
そもそもは子供達を集める青空教室の事後報告会とか説明会的な集まりだったのが、どうせ集まるならと男達が酒やらつまみやらを持ち込んで宴会めいたことをし始めたため、そうして酒を飲んで騒ぐよりは普通に飲み食いをして話す会にした方がいいとサラが提言し、言い出しっぺの彼女が他の地の料理を出してあれこれと話す場となった……という経緯で始まったのがこの会だ。
そのため、材料の下拵えの手伝いこそあれど、基本的には彼女が調理に配膳に、といった風に雑事を一人で行う会となっているのが現状である。
……負担になるのではと思わないでもないが、町民と言葉を交わす彼女に疲れは見えず、どころかとても楽しげに配膳をしているので、でしゃばらずに大人達の列を整えるくらいの手伝いに止めている少年なのだった。
なお今回の汁物は、根菜を多く使い彼女特製の調味料で味を整えたという、こちらで言うシチューをもっとサラサラにしたような、とても不思議なものだった。
シチューにするなら大きめに切って入れられているであろう肉の塊が、薄切りになって汁に浮いているというのも特徴だろうか。
「ホントは豚を使うんだけどね、流石にパッと用意できるものでもないから今回はイノシシの肉なんだ。……まぁ、イノシシ肉の処理にちょっと手間がいるから、晩御飯のおかずにもう一品とかにはおすすめできないかなぁ」
とはサラの言。……肉の処理云々の前にイノシシの用意自体がそうそうできるものではないのだが、どちらかといえば先日イノシシを捕獲したからこそ今日の炊き出しに使うことを思い至ったらしい。
なので、ある意味その辺りは弁えているとも言えるのかも知れなかったり。
「ほら君も、大人達の列とか整備してなくていいからほらほら並んで並んでっ」
などとぼんやり考えていたら、急に背中を押されて前につんのめる。いつの間にやら背後に回っていたサラが、こちらの背をぐいぐいと押してきていたからだ。「わかったから押すのはやめてくれ……」と彼女を追い払って、素直に列の後ろに器を持って並ぶ。
……近所のおっさんがニヤニヤとこちらを見ていたため思いっきり足を踏んづけてやった。途端に悲鳴をあげてこちらを睨んでくるが、その背後を指差してやれば青ざめた彼はこちらから視線を外す。彼の奥さんが、夫のことを無表情に
必死に妻に謝り倒す男を横目に、少年はぼんやりと空を見上げる。……男衆相手には今のでいいのだが、女衆も今の夫側のようにこちらを楽しげに見てくることがあるので、結局差し引き負けみたいになるのはどうにかならないのだろうか、と内心ぼやきつつ。
「はい、君はまだまだ育ち盛りなんだからいっぱい食べなきゃダメだよー」
しばらくして少年の番になると、サラは鍋の中から具と汁を溢れんばかりに器に注いでくる。
周囲の男共からずるいみたいな声が上がるが、「じゃあこのあとお酒無しだけどそれでもいいの?」と返されて瞬時に静かになった。……この酒バカどもめ。
──このあと出されるのは教会の地下倉庫でよく冷やされた葡萄酒なので、酒に飢えた男達としては変にサラの気を損ねてそれを楽しめなくなるのは非常に困るのだ。そういう意味で、この場にいる男達の地位は低いと言えた。
まぁ、酒を飲めない少年からしてみれば、ろくでもない大人共め、くらいの気分にしかならないのだが。……とはいえ、文明の利器もろくに使えなくなってしまった現代において、冷やすという行為がどれほどの価値があるのかということを訪ねられると、少年としても納得の芽を出さざるをえない。孤児院にいた頃は、真夏の日に出されるよく冷えた果物類を楽しみにしていた覚えがあるからだ。
そんなことをつらつら考えつつ、いつもの定位置である教会前の木の影に腰を下ろす。
持ってきたスプーンで汁を掬い、一口。……程よい大きさに切り分けられた人参やじゃがいもは舌で潰せるほど柔らかく、肉の油や調味料が中までしっかり染み込んでいる。
汁そのものも飲んでいるだけで体が芯から温まるようで、器いっぱいの汁を全て飲み干す頃にはすっかり幸せな気分になっていた。……まぁ、今が季節的に暑くなり始めたばかりで、ちょっとぽかぽかし過ぎたかとも思わないでもないが。
「……や、君ってばホント美味しそうに食べるよね、ちょっと照れちゃうや」
そこにいつも通りに近付いてくるサラ。
その手に持った器にも彼女手製の汁物が盛り付けられているようだ。どうやら長かった配膳が終わり、彼女自身も昼食を摂る時間ができたらしい。
よっ、という一言と共に彼の隣に腰を下ろした彼女は、一緒に持ってきたかごの中からパンを一つ取り出し、汁に付けて食べ始めた。
「……いや、流石に塩辛くないか?」
「キキばあにお願いしてね、塩を少なめのパンにしてもらったの。だからまぁ、わりと合うよ?」
流石にそれはどうなのだろうと少年が問えば、わざわざこの汁物に合わせたパンを用意して貰ったのだと返してくるサラ。
そうして彼女は幸せそうにパンを汁に付けて齧りつつ、時々汁そのものもすすっていた。
「……その、見られてるとちょっと食べ辛いんだけど。それとも、実はまだ欲しかったりする?」
そうしてずっと見ていたら、彼女が居心地が悪そうにこちらに視線を向けてくる。……そんなに見つめていただろうか、と思わず少年は慌てるが。
くぅ
と自身の腹の虫が鳴る音を聞いて、思わず表情が全て凪いだ。
ぷっ、と小さな笑みを浮かべた彼女は器を傍らに置いて立ち上がり、
「───はい。まだ残ってるし、なんなら付け合わせにパンもあるよ?」
と、新しく汁を注いだ器とパンを一纏めにこちらへ差し出してくる。
──顔を俯かせた少年は、わなわな震えながらそれを受け取った。
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