三日目・朝

「おはよー、今日はよろしくねー」

「……ああ」



 少年の管理する畑の前で元気な挨拶をするサラ。

 対する少年はといえば、今日も睡眠が足りていないのか返事がどことなく低調だ。……無論、作業ができないほど不調である、というわけでは無さそうだが。


 昨日は少年がサラの手伝いをする日だったが、今日はその逆。

 サラが少年の畑仕事を手伝うために、朝一で少年の住む小屋に突撃してきていたのだった。



「それで、今日は何する?土を耕す?畝を作る?それともた・ね・ま・き?」

「何を植える気なんだ……?普通に水やりとか伸びすぎた葉の剪定とかだ、忙しい畑の担当はしてないしな」



 この町では町民が分担して畑を管理しているのだが、少年は畑を任されるようになってからまだ日が浅いので、毎日気を使う必要のある畑の管理はまだ担当していない。

 もっぱら、じゃがいもやミニトマトなどのある程度育てるのに余裕のあるものの管理がほとんどだ。

 無論、だからといって仕事が簡単というわけでもない。ゆえに、今日は手分けして畑の手入れを行うことになったのだった。



「お、毛虫がいるー。ねぇ知ってるー?毛虫って大体蛾になるって言うけどそうでもないんだってー」

「なんだその情報……ってちょっと待て素手で触るな触るな」



 その途中、サラが葉に付いている毛虫を素手でぺぺぺとはたき落としていたり、



「陽に当たるように剪定するのって意外と難しいよね」

「だからって根ごと抜くなよ……そこのやつは確かに抜かないとダメだろうとは思ってたけど」



 他の野菜と近すぎて生育の邪魔になっている苗を根っこから引き抜くなど、仕事はしているのだがいかんせん豪快すぎるその行動に、思わずハラハラさせられながら少年は畑を回っていく。

 その途中で周囲の大人達から「姉ちゃんの世話も楽じゃねぇなぁ?」などとからかわれるものだから、少年はなんとも微妙な表情を浮かべざるをえないのだった。






「それで居た堪れなくなって教会の修繕作業に逃げるのはどうかと思うなー」

「……逃げたわけじゃない。昨日サラも言ってたようにそろそろ教会に空いた穴とかも直さなきゃいけないなって思っただけだ」



 そもそもサラのせいだろ、とも言い出せず。そそくさと畑を抜け、教会にやってきた二人。

 まぁ、きっかけがどうあれ、現在の教会内が荒れてしまっているのは事実。それを補修するというのは、仕事としては申し分ないと言えるだろう。

 そういうわけで、床に空いた穴を用意した板で塞いだり、剥がれかけの壁の塗装を再度塗り直したりしていく二人。



「そういえば、昔は孤児院もしてたんだっけ?ここ」

「みんな立派に巣立っていったから廃業になったんだけどな」



 そんな中でふと思い出したようにサラが聞くものだから、俺が最期の孤児院生だったわけだし、と少年は昔を懐かしんだ。


 この教会は例の【大厄災】を偶然生き残った数少ない建物で、当時はその混乱もあり、身寄りのない孤児達で溢れていたのだという。

 だが百年という時を経る中で、新しく迎え入れられる孤児達も徐々に減っていき、つい二年前、最期に残っていた孤児である少年が教会を巣立ち、それをもって孤児院としての役割を終えたのだった。


 ……とはいえ百年の間ろくに補修もしないまま孤児院として運営されていたこの建物は、子供達の無茶な遊びや日々の生活の中で随分と傷んでしまっており、比較的手入れをしていた神父の住まいの部分や、そもそもあまり人の立ち寄らなかった……現在見廻り前の集会所と化している元懺悔室などの一部を除いたそのほとんどが老朽化してしまっている。

 それゆえ一年前に礼拝堂で祭儀を行った際に町民が腐った床を踏み抜いてしまった時を境に、教会としての機能もほぼ停止してしまっていたのだった。



「礼拝、ねぇ」



 箒の柄に顎を乗せたサラが一つ息を吐く。


 ……大体一月に一度は行われていた祭儀も、一年前を堺にその機を失い、今では神父から直接教えを受けるよりほかない日が続いている。

 そのことに神父は心を痛めていたが……、その中での例の噂話である。少年としては、神父が余計な心労を背負っていないか気がかりでもあった。……まぁ、神父とサラの相性が悪い、というのも気がかりの一つではあるのだが。



「そういえば、一つ気になってたんだけど。神父様ってこの教会でのお勤めは長いの?」

「ん?……そうだな、わりと長い方、か?」



 サラの言葉に少年は記憶を探る。

 自身が物心付いた時にはもうすでに神父となっていたはずなので、それを踏まえるとそれなりに長くこの教会に務めているのではないだろうか?

 先代の神父様が病気で神職を辞退するまでは見習いだったと聞くが、それも自身が物心付いた時分には既に過去の話となっていたもの。

 見習い期間がどれくらい必要なものなのかはわからないが、それでも20年を下回る、ということはないだろう。



「なるほど、ねぇ?……ん、神父様の話は分かったわ。んじゃま、そろそろ他の仕事に移りましょうか」

「ん?……ああ、もうそんな時間か」



 サラの言葉に窓から空を見る。……どうにも、話をしているうちにそれなりに時間が経っていたらしい。

 太陽は真上に昇っていて、教会の前は俄に騒がしくなり始めていた。


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