二日目・夜

「サラちゃんまたねー」

「はいまたねー、帰ったら手洗いうがいしてお母さんのお手伝いするんだよー」



 教会から町へと帰っていく子供達に手を振り見送りながら、サラは満足げに一つ息を吐く。


 太陽もだいぶ傾いて、今は夕暮れ時。勉強も遊びもたっぷり行った子供達は、満足げな笑みを浮かべながら町への道を歩いていく。

 みんな楽しく学べたようだ、とサラも少年も思わず胸を撫で下ろすのだった。


 さて、一日中サラの仕事を手伝っていた少年も、そろそろお役御免の時間が近付いていた。無論、夜になれば何時も通りの見廻りがあるので、これでお別れというわけでもないのだが。



「君もありがとねー。子供達みんなの相手は流石に私一人じゃ無理があるから、いつも居てくれて助かるよ」

「まぁ、教会にも色々世話になってるから。これも恩返しみたいなもんだよ」



 サラのお礼の言葉に少し照れ臭そうに目線を泳がせながら、少年は言葉を返す。


 ……両親の居ない少年に取って、この教会の神父は親代わりとも呼べる人だ。

 だから、というわけでもないが。小さい頃から教会の行事を手伝うというのは、彼にとってはよくある日常の一つであるといえた。

 無論、今となっては色々と理由や意味の失われてしまった、所々の行事のことを神父から教わることで、一種の勉強代わりにしていた面も無くはないのだが。


 その辺りのことをサラに話すとやけに食い付いてきたものだったっけと少年は小さく破顔する。



「んー?なになに思い出し笑い?何を思い出したのよー?」

「ああ、ちょっとな。サラが町に来たばかりの時のことを、少し」



 その微笑みを目敏くサラが指摘してくるものだから、素直にその内容を伝えてやる。

 対するサラはちょっとムッとしたあと、小さく苦笑した。


 ……それにしても、まだ三ヶ月しか経っていないのか、と少し驚く。

 ふらりとこの町に現れた彼女は、現れた時からこんな風に人懐っこかったように思う。それゆえか、どうにももっと前から一緒に色々やってきたような気がして仕方ないのだ。

 それがどうにも面白くて、また笑みがこぼれてしまう。



「あっ、もう!また笑った!そりゃ、あの時の私はちょっとアレだったかなーって思わなくもないけど、思い出してまで笑うのはちょっと酷いんじゃないかなって思うんだけど?!」

「……そう思うんなら、もう少ししっかりしてくれよな、姉なんだろ?」



 どうにもサラは、少年が彼女の当時の醜態を思い出して笑っていると勘違いしているようだが、少年はあえてそれを指摘せずに彼女をからかうような言葉を選んでいく。

 対する彼女は面白いようにムキになってバタバタとするものだから、かえってそれが面白さを煽って仕方がない。

 しまいに少年は笑いをこらえるように顔を伏せるはめになるのだった。



「ぬぐぐぐ……。……はぁ。まぁ、いいけど」



 しばしそうしてじゃれたあと、サラは一つため息を吐いた。



「でも、なんというか。受け入れて貰えてわりと嬉しかったかな、あの時は」



 そして、懐かしげに目を細めながら空を仰ぐ。


 ──突然現れて町に置いてくれと頼んできた彼女を、この町の人々は温かく迎え入れた。

 今のこの御時世、ともすれば即座に排斥されてもおかしくはなかったのだから、こうして彼女が感謝するのもおかしくはない。……とはいえ、この町の人達はみな善人ばかりで、受け入れないという選択肢は端から無かったのだろうが。今となっては受け入れるという判断はまさに最良だったとしか言い様がない。こうして、子供達もよく懐いていることだし。


 そういえば、サラも最初の内は不器用なりにシスターの仕事をこなそうとしていたような、と少年は思い出す。

 しばらくして何かが変わったのか心境の変化なのか、今の不真面目シスターと化していたわけだが。少なくとも最初の内──大体一月経つ前までは、礼拝やら何やらといった教会の仕事に手を出していたような覚えがある。

 では、一体なぜその辺りのことを一切やらなくなってしまったのだったか?ということを思い出そうとして、



「君も、色々ありがとね?私はほら、あんまりいい大人じゃないけど。せめて君に誇れるくらいには頑張りたいなって、そう思ってるんだ。……なんてね」



 突然向けられた彼女の笑みにその辺りの疑問が全部吹っ飛んでしまう。……我ながら現金すぎるぞ、と内心で少年がぼやいたかは定かではないが、



「……まぁ、頼りにはしてるよ、ほんと」



 と照れながら返した言葉に、更なる笑顔が帰って来たことだけは確かだった。

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