二日目・昼

「……ん、そろそろお昼にしよっかみんな」

「「「はーい」」」



 ふと空を見上げれば、太陽が真上に昇っている。

 時間としてはちょうどよいということで、授業を切り上げ昼食の時間とすることを子供達に伝えるサラ。少年はそれを見越してすでに昼の準備を始めていた。



「週に一度だけとはいえ、思えばキキばあにも結構無理言ってるよねぇ。……あとで肩とか揉んであげよっかな」



 子供達が座っていた場所に大きな布を敷いて、少年が運んできたかごを並べていく。

 中に入っているのは、子供達のためにとキキばあが用意したサンドイッチだ。



「キキばあのサンドイッチ好きー」

「うんうん、キキばあのパンは美味しいよねー。だから今度店に行ったら直接言ってあげてね、きっと喜ぶから」



 などときゃいきゃいはしゃぎながらサンドイッチを手に取って食べ始める子供達。

 少年も自身の取り分を持つと、少し離れた木陰に座って食事を摂り始めた。


 ……のどかだな、とぼんやり思いつつサンドイッチを一齧り。今回の中身はリンゴやみかんなどのフルーツがホイップクリームと一緒に挟んであるものだった。クリームの甘さとフルーツの酸味がたまらない逸品だ。店で直接買うとわりと値の張るものなので、こういうのは手伝いの役得かな、と思いつつ少年はサンドイッチを食していく。



「毎回思うんだけど、なんで君はみんなから離れて食べてるの?」



 そうしてサンドイッチに舌鼓を打っていると、子供達の集まりから離れたサラが、こちらに歩み寄ってきていた。心底不思議そうな顔でこちらを見てくるものだから、理由なんて「なんとなく」でしかない少年は押し黙るほかない。

 そんな少年にしばし視線を向けていた彼女は、ややすると小さく吹き出して、



「そんなに困らなくてもいいのに。君くらいの年齢ならよくあることだし、別に恥ずかしがらなくてもいいよ」



 と隣に腰を下ろした。──木陰から空を見上げれば、木々の隙間からこぼれてくる日差しはなんとも暖かげで、思わず眠気を誘ってくる。なんでもない日ならこのまま午睡に身を任せるのだが、生憎と今日は青空教室の日。子供達を一度昼間に寝かしつけてしまうのは、帰ったあとに夜眠れなくなったりの原因にもなりかねない。


 だから、とりあえず。

 少年は隣のサラを殊更意識しないように注意しつつ、昼食を終えて次第にはしゃぎ始めた子供達へと視線を移すのだった。







「遊ぶのも、勉強だ!……ってわけで、午後からは体を動かすぞー」



 サラの宣言を聞いて大はしゃぎする子供達。

 昼食の後片付けをしたのち、場所を森の前に移して再開した青空教室は、子供達全員とサラに少年を含めたみんなでのかくれんぼとなっていた。無論、森の奥までは入らないように言い含めてはあるものの、ついつい奥まで入ってしまう子が居るのも事実なので、少年にはその辺りの注意も任されていたりする。……伊達に補助役として混ざっているわけではないのだ。



「ふーむ、さてさてみんなどこに隠れたかなー?」



 今回の鬼はサラだ。……というか、サラが本気で隠れると全然見つけられないので(平気で木の上に隠れたりするので)、必然的に鬼役になっているだけだったりするのだが。

 そうして、十分な時間数を数えて待っていた彼女が子供達を探し始める。その途中でこちらに目配せをしてくるサラにアイコンタクトで頷き返しながら、少年は彼女とは反対の方向へと身を進めていく。


 やがて、森の外れ──亡くなった人を埋葬するための墓地となった一画に出る。

 ここまでは流石に子供達もやってこない。何故ならどことなく不気味で近寄り難いからだ。……つまり、ここより奥には子供達は基本近寄らないので、必然的にこの辺りに居ればうっかり奥に来てしまった子供を見つけやすいということでもある。それゆえに少年は歩くのを止めて立ち止まる。


 少年としても不気味なのは不気味なのだが、それはそれ。周りの子供達よりも大人であると言える彼としては、ここでしばらく立ち止まってサラがこっちに来るのを待つのなんてわけないのだ。……多分。



「……まぁ、できれば早く来てほしいんだが」



 思わずぼやいた言葉は森に虚しく消えていく。


 ……昼を過ぎて空の太陽は少し傾き、時間帯的には一番暑い時分のはずだが、森の奥に位置するこの墓地はどういうわけか何時も肌寒く、管理役である神父やサラ以外は滅多に近寄らない。


 その辺りが余計にこの場所の何とも言えない不気味さを増やしているような気がしないでもないが、それを愚痴ったところで教会関係者以外が管理を手伝う、ということにもならないだろう。なので少年の今の思考は気を紛らわせるための無駄なものでしかなく……、



「よっ、と。やっほ、おまたせー。……って、どうしたの君?」



 考え事に没頭していたせいでサラの接近に気付けずに、思わず驚いて木の背に隠れてしまった少年は、バツが悪げに「……なんでもない」と声を返すのだった。



「ふーん……?ま、いいや。とりあえずみんな見付けたから教会まで戻ろっ」

「ああ……」



 おずおずと木の背から出て、先導するサラの背を追う。

 ……と。



「………?」

「ん?どしたの?」



 ふと、何か刺激臭のようなものを感じて辺りを見回すが、そんな匂いを発しそうなものは特に見当たらない。

 首を捻りつつ、子供達を待たせると後が怖いと思い直し「いや、なんでもない」と返して墓地を出る。



 ──あの酸っぱい匂いは、なんだったのだろうと思いながら。


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