二日目・朝
「あ、おはよー。昨日はよく眠れた?」
「……疲れが残らない程度には」
朝。
教会のまえで掃き掃除をするサラの姿を見かけ、挨拶を返す少年。……彼女は今日もいつも通りにこやかに笑っていて、同じように夜遅くに家に戻ったはずなのになぜこんなに元気なのだろうと少年は内心首を捻る。
「そういえば、手伝ってくれるって話だったけど。……無理そうなら帰っててもいいよ?」
すると疲れていると勘違いしたサラが心配そうにこちらを覗きこんでくる。慌てて「大丈夫」と返せば、暫しこちらを訝しむように視線を向けて来るものの、ここで押し問答をする意味もないと悟ったのか一つため息をついて。
「じゃ、とりあえず掃き掃除から手伝ってくれる?」
「……了解」
こちらに自身が持っているのものとは別の箒を渡してくるのだった。
教会の周りを箒で払う音を聞きながら、少年はこれからの予定を思い出す。
こうして掃除をしているのは他でもない、今日がサラの数少ない教会で行う仕事の一つがある日だからだ。そのため、普段はあまり気にしない教会の外観を整えているわけである。
「まぁ、ホントなら毎日掃き掃除とか拭き掃除とかするべきなんだけどねー」
と困ったような笑みを浮かべるサラは、手際よくごみをまとめてちり取りに掃き入れていく。……シスター以外のことをしていないのなら、確かに教会の整備は大事な仕事だろう。しかして彼女はエセシスター、普段は町の人々の仕事を手伝うことの方が多い。
だからといって森に出るイノシシを罠にかけたり、伸びた木々の剪定を行ったりするのは何かおかしい気がしないでもないが。……まぁ、そうして町での困りごとを体当たりで片付けてくれるので町の人からのウケがいいのは救いか。
ただ少年としては、エセシスターを自称するがゆえに教会に近寄らない・近寄りたくないのではないか?……と思っていたりする。
最初にそう呼び出したのはこちらだが、今では完全に自称するほどである。これではまるで、そう呼ばれたいがためにそういう行動を取っていたようにも思えて──、
「……い、おーい。君、起きてる?それともやっぱり疲れてる?」
目の前で自身の意識を確かめるように手を振るサラの姿が映り、少年は思わず小さく飛び上がった。
対するサラまでつられて飛び上がるものだから、彼女を宥めるのに思わぬ時間が掛かってしまうのだった。
「サラちゃんおはよー」
「はいおはよー。教会の中には入らないようにねー、穴空いてるところとかあって危ないからねー」
はぁい、と元気に挨拶を返してくる子供達を誘導し、所定の場所に連れていく。しばしそれを繰り返せば、最終的には町中のほとんどの子供達が教会前の原っぱに集まっていた。子供達の前には簡素な机が置いてあって、近くには移動式の黒板が一つ。
……ここまで来れば答えはもう出ているようなものだが、答え合わせは彼女の口から、ということにしよう。
「……はいっ、じゃあとりあえず前回のおさらいからしよっか!今週もバリバリ勉強するぞー!」
───そう、サラは青空教室を始めようとしていたのだった。
頻度的には大体週に一度ほど、町の子供達を集めて行われる青空教室。
あれこれ忙しい神父が行おうという企画だけはしていたものの、様々な理由から結局行われないままに放置されていたそれを、サラが引き継いで始めたのが大体二月ほど前。
最初はまばらな参加者しか居なかったそれも、今となっては町の子供達みんなが集まるほどに知名度を得ていた。
「ホントはみんなに一冊ずつ教科書があればいいんだけど、流石に今のご時世それは贅沢どころか無理無謀な話。だから、私の字ってばそんなに綺麗じゃないからごめんだけど、黒板読んで覚えてねー」
そう言いながら、前回教えた部分を軽く黒板に記していくサラ。
最近は歴史の授業に移ったばかりで、話としては【大厄災】──かつて起きた最悪の事件について、その始めの部分が板書されていく。
「【大厄災】は、世界全土を巻き込んだ大きな争いのこと。今はもう誰も覚えていない神様や仏様、他にも色んな凄いモノ達が地上に降り立って──そして消えていった事件、っと」
文章と共にその『凄いモノ』達の図を記していくサラ。羽が生えた人のようなモノや、足のない人のようなモノ。そういった謎の生き物達が、次々と黒板に書き記されていく。
「サラちゃんそれなにー?」
「んー?これはね、天使様。神様のしもべだったらしいんだけど詳しいことはよく分かんない、かな。それとこっちのギザギザ羽のやつは悪魔様。こっちは元々神様の敵だったらしいんだけど、【大厄災】の時は神様と一緒に戦ったんだって。……まぁ、みんな居なくなっちゃったんだけどね」
小さく苦笑を浮かべながら、サラは書いた図に大きくバツ印を付けていく。
……居なくなった。そう、彼らは居なくなってしまった。
【大厄災】において、彼らは全て消え去ってしまったとされている。されている、というのは彼らの痕跡がまばらになってしまい、その存在の確証が取れなくなってしまったからだ。
「文章とか絵とか、そういうのを守ってる神様とかが居たらしいんだけど。その辺りもまとめて居なくなったらしくて、今この世界に残ってる本とかからは、不自然な感じに名前らしきものとかが抜けてたりするんだって。で、そこから逆説的にそういうモノが居たんだ、っていうことがわかったってわけね」
記録や記憶を司るモノが消えたことで、すでに記されているものにも影響が出てしまった、というのが今の世界の常識だ。
──ゆえに、この世界には色んなモノが欠けてしまっている。
「あの十字架も、元は『誰か』を象徴するものだったはず。……けれど、記録も記憶も失われてしまって、今の私たちにわかるのは、アレが誰かに関係があった凄いモノだってことだけ。だからまぁ、『祈る』って行為も【大厄災】前のそれとは違うものになっているはずなんだよね。……って、まぁその辺はおいといて」
教会の上に鎮座する十字架をどこか憂い気な目で見つめたあと、軽く頭を振って板書を再開するサラ。……一瞬、本音が垣間見えた気がしたが、流石に授業を止めるわけにも行かず少年は沈黙を守る。
なお、少年も年齢区分的には子供に含まれるので、自分もこの授業を聞く権利はある、などとよく分からない自己弁護をしていたりする。
「とりあえず、【大厄災】で色んなモノが失われました、っていうのが前回までのお話。次は【大厄災】──百年前のそれが起きてから、どうやって人々が立ち直って行ったのか、大雑把にやってくよー」
「「「はーい」」」
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