昼③

「ああもうひどい目にあった……」



 とぼとぼと町を歩くサラ。そのどんよりとした様子に周囲の町民が何事かと首を傾げるが、相手がサラであることを確認すると「なんだいつものことか」と各々の作業に戻っていく。

 その周囲の対応に「血も涙もないとはこのことか!」とサラがハンカチを噛んで悔しがっていると、



「サラおねーちゃん、シーナのおうちのまえでなにしてるのー?」

「……んむ?おっとこんにちわシーナちゃん、今日は一人でおるすばん?」



 突然服が引っ張られる感覚に襲われた。

 その感覚に任せて視線を下に向ければ、金髪碧眼の小さな女の子がサラの修道服のスカート部分を引っ張り、こちらを不思議そうに見上げているのが目に写る。

 思わず笑みを溢しながらその手をやんわりと外し、彼女の目線と同じ高さになるようにしゃかんで優しく頭を撫でてあげれば、少女はくすぐったそうにはにかみながら元気な声を上げた。



「おとーさんはおしごとー、おかーさんはみずくみー」

「ふむふむそりゃそっか。健康的な一般家庭ですもの、このくらいの時間ならみんな忙しいよねぇ。……ん、教えてくれてありがと。それと一人でおるすばんえらいぞーシーナちゃんっ。──ところで、お兄ちゃんどこいったの?」



 サラは少女の言葉に納得したように一つ頷くと、ちょっとだけ乱暴に──子犬を撫でるようにわしゃわしゃと彼女の頭を撫でてやる。相手側の少女は特に嫌そうでもなく、「きゃーっ♪」と楽しげな声をあげていた。


 しばしそうして戯れたあと、その手をピタッと止めて問いかけてみれば。少女は小首を傾げ、不思議そうに彼女を見上げながら答えを返す。



「おにいちゃんはー、おそとー」

「……遊びに行ったのね、りょーかいりょーかい」



 妹を放っておいて遊びに出た仕事を放棄したことを確認して「あとでお説教ねー」と心のメモに書き取りつつ、それはそれとして止まっていた手をまた彼女を撫でることに費やし始めるサラ。


 そうして少女の面倒を見る中で彼女がお昼をまだ摂っていないことを聞きつけ、サラは張り切ってシチューを用意してあげることにしたのだった。

 ……間違っても証拠隠滅のためではない。ないったらない。



「ですので残りは夜の副菜にでもしてもらえればー、と具申するわけなのですがどうでしょうおばさま?」

「あなたはいつも通りねぇ……、いえねぇ?うちの子の面倒を見て貰った手前、文句とか不満とか一切無いですけどねぇ?」



 じとっとした目を向ける少女の母親(まさに肝っ玉母ちゃんといった様相)に少しひきつった笑みを返すサラ。


 相手側の母親の視点からしてみれば、かわいい子供達に昼ご飯を作ろうと急いで帰ってきたら既にサラに準備されていたため、溢れる気合いが少し空回りした感こそあるものの、材料もろもろ彼女負担(薪もサラが用意したらしい)なので特に文句はない。

 さらに色々ほっぽりだして遊びに出てしまったバカ息子に変わって愛娘の世話まで焼いてくれているのだから、文句どころか感謝のひとことふたこと述べても良いくらいだと思っている。思ってはいるのだが……、



「まぁ、あまりお婆さんに気苦労を掛けるものじゃありませんよ?あの人、あなたのために結構気を砕いてるんですから」

「ゆめゆめ承知しております……」



 それが如何なる過程によって起きたものか──言い換えてしまえば、彼女が自分のやらかしをごまかすために施したものであることにもおおよそ察しがついてしまっため、一応釘を打っておくことにした肝っ玉母ちゃんなのであった。



「……おかしい、減らしたはずなのに増えてる」



 シチューのお礼とばかりにかごに詰めこまれた小麦の束を複雑そうな表情で見るサラ。実際こんな感じで毎日何かをやらかしては回りに施し施されているのだからなんとも言えない。

 まぁ、それが高じて町の人とも仲良くなれているのだから、甘んじて受け入れるべきかなぁ、とも思うサラなのであった。


 しばし難しい顔でうんうんと唸っていたサラだったが、やがて挽回は不可能だと開き直り、再び目的地に向かって移動を再開。


 ───そうして辿り付いたのは、町の中心部から少し外れた場所にある小さなパン屋の前。お昼時を越してまだ数刻も経過していないがために、焼けたパンの良い匂いがまだ残っている店先へと近付き、「ただいまー」という言葉を投げ入れながらカウンターをヒョイと飛び越す。

 小気味良い着地音と綺麗な着地ポーズを決めながらサラが視線を前に戻せば、中に置かれたロッキングチェアには呆れたように彼女を見返す一人の老婆が座っていた。



「……本当に、なんっ!……っかい言っても、アンタのお転婆は治りゃしないねぇ?!スカート翻すんじゃぁない、生足を晒すんじゃぁない!年ごろの娘がはしたないったらありゃぁしないよっ!」

「あーもう、いいのいいの。だって私エセシスターだもの」



 手をひらひらとさせて「お小言反対ー!」と言わんばかりの態度なサラに対し、「いいわけあるかいねっ」と血相を変えて捲し立てるのはこのパン屋の店主、キキばあさんである。


 二人の出会いもまた三ヶ月ほど前になるわけだが、そのやりとりはまるで昔から一緒に生活してきたかのように気心知れたもの。……口うるさくも心根の優しい母と、お転婆で元気盛りの歳の離れた娘───というのが、町の人から見た二人の間柄だ。

 無論、正式な親子関係にあるわけでもないし、そもそもに二人の出会いもまだ三ヶ月程度の浅いものでしかない。それでも、そういう錯覚を起こしてしまう程度には、二人の仲は「良い」と呼べるのであった。


……ちなみにキキばぁさん曰く、サラのことは「嫁に行った娘を思い出してしまうので放って置けない」からあれこれと世話を焼くのだ、とのこと。

 それを聞いた町の人々が皆一様に、「いや流石にサラと比べるのは可哀想だよ」と、この町から遠く離れた場所に住まうという娘さんに同情したとかしないとか。


 さて、そんな喧嘩するほど仲の良い母娘の片割れであるサラはというと、あれこれと不満を噴出するキキばあさんを華麗にスルーし、左手のかごをさりげなくカウンターの傍に戻し、二階への階段に足を掛けていた。……端的にいうと敵前逃亡である。


 と、途中で何かを思い出したのか二階に消えかけていた体を少し戻し、ひょいと階下に顔を覗かせた。その気ままな動きにキキばあさんは思わず唖然とし、



「キキばぁ、夜にまた出るから夕食宜しくねー」

「……アンタは、……いや、もういいよ。

いつものでいいんだろう?わかったから早く上にお行き」



 続く言葉に半ば疲れたようにため息を吐いた。

 額に置かれた左手からはそこはかとなく哀愁が漂っていたが、対するサラは気にもとめず(もとい、敢えてスルーしつつ)、「ありがとー」と返して今度こそ二階に消えて行った。


 なお、その後かごの中身についてキキばあさんに問い詰められたのは言うまでもない。


 ……逃げられてないじゃないか、とか突っ込んではいけない。


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