昼②

 二人が居た町外れの教会より徒歩五分ほど。

 その小ささからすれば十二分過ぎるほどの活気を漂わせる町市場の中で、愉しげな笑顔と共に目的地へと歩を進めるサラの姿があった。



「こんにちわおじさま。今日の商いはどんな感じ?」

「んぁ?……おお、サラちゃんか。まぁぼちぼちと言ったところかねぇ?それとー……、おお!そうそう、今日はサニーさんとこのアスパラがおすすめだ」



 立ち寄ったのは軒先に幾つかの野菜を並べた、冴えない印象の男性が立つ店。

 彼はサラの声に呼び込みを切り上げて振り返り、小さく笑みを浮かべ返した。そして、サラの言葉を聞き顎に手をやり思考すること暫し。惑わせていた視線を一点に絞り指差すのは、ザルの上に並べられた数本のアスパラガスだ。サラはその言葉を聞いて、男の指の先にあるザルに近付き、おすすめだというアスパラガスを一本手に取り確かめ始める。



「ふーむ……。穂先よし、太さよし、切り口よし。……うん、確かにこれはおすすめするだけはあると見た!という訳でおじさま、一束いただける?」

「はいよー。支払いはどうする?一応貨幣での支払いも取り扱ってるけども」



 一通りアスパラガスの状態を確め、納得したように一つ頷くと、男に大して人差し指を一つ立て、小首を傾げつつ注文を行うサラ。対する男は彼女の横を抜け、手早くアスパラガスを五・六本まとめ紐で緩く縛って束にしつつ、サラの方に視線を戻して支払いについて聞き返す。

 すると、サラは「ふっふっふっ」と意味深な笑みを彼に向けた。笑みを向けられた側の男はなんとも微妙そうな顔で彼女に視線を返していたが、



「今回は物々交換!というわけでほい、これなんかどう?」

「……お?お、おー?!こいつはノウサギか、また珍しいもん持ってきたもんだなぁオイ」



 左手のかごから出てきた物に思わず目を丸くしていた。

 そう、かごから出てきたのはいわゆるノウサギだったのである。……なお、血抜きと内臓の摘出、及び内部と外部の洗浄はすでに済んでおり、あとは皮と肉に分離するだけで使える状態になっていた。無論、そのまま中に入れておくとかごに獣臭さが移るので別の袋にわけて入れてはいるが。



「つーかお前さん、曲がりなりにも聖職者だろうに殺生は構わねぇのかい?」

「いーいんですいいんですなんてったって私はエセですから。……そもそもこのご時世、その辺りの殺生やら不養生やらなにやらを口うるさく咎めるのなんて四角四面で生真面目な正直ものさんっ、……な、うちの神父様くらいのものですよ?」



 怪訝そうな視線を向ける男に対し、サラは流し目を伴ったチョイ悪っぽい笑みを返す。その態度と言葉に男はといえば「まぁ、確かに」と小さく頷くのだった。


 このご時世、動物の殺傷をことさらに気にする『愛護団体』のようなモノは、もれなく彼ら自体が『愛護』されるような希少種である。地方に住む普通の民間人としては、メシの食いっぱぐれがなければ特段気にする必要もない話、というのがここ一帯での共通認識であった。



「それにほら、お肉食べたいっ!……って時、結構あるじゃない?豚だとか牛だとかは今じゃ手に入り辛いし、かといって鶏は毎朝の卵のためにも中々捌き辛い。そもそもの話、健康を気にするのなら野菜ばかりお肉ばかりというのも宜しくないのだから、結局どこかでお肉を融通しなきゃいけないわけで。なら、こうして幸運にも手に入れる機会を得られたのなら。与えられた自然の恵みに感謝して丁重に頂く、というのはなんら悪くない、寧ろ自然なことだと私は思うのです。

そ、れ、か、ら。──晩酌のつまみとか、欲しいでしょ?」



 身振り手振りを交えながら力説するサラ。

 男の側としてもタンパク質が欲しい・具体的には肉食べたい、なんてことは常々思っているので、彼女の言葉には素直に頷かされるところがあった。──もっとも、最後に付け加えられた言葉には別の意味で目を輝かせていたが。



「おまっ、そんなん欲しいに決まってんじゃねーかっ!」

「そうでしょうそうでしょう。日々の労働へのごほうびは大切ですもの、わかるわかる」



 仕事後の贅沢としてちびちびと酒を飲む、というのは男の密かな、そして唯一の楽しみだった。それを彼女が知っていたのかは不明だが──、どちらにせよ、酒のつまみにジャーキーとか何かしらの肴が欲しい、と思うのはいつの時代の酒飲みにも変わらない願望らしい。


 なお、ウサギ肉は暫くの間(三日間ほど)冷やしておかないとガスが出て肉に臭いがついてしまうという特徴があるため、実際にジャーキーとして加工できるようになるのはもう少し経ってからだったりするが、その辺りは些細ささいな話。



「あー、でもそうするとどうするかねぇ……」

「あれ?もしかしてこれじゃあ足りなかったりする?」



 と、突然男が困ったように顎を掻き、その様子にサラは小さく首を傾げた。無論、サラの言葉のようにお代が足りないわけではない、その逆である。



「寧ろ足りすぎな部類だよ、なんてったって毛皮付きだからなぁ」

「………あっ」



 例えノウサギ──何かしらの野性動物でなくとも、生き物の『肉』と『皮』というのは、共にあれこれと使いようのあるもの。こうして店にサラが持ち込んだノウサギは既に下処理の済んだものであるが、同時にあくまでも終わっているのは『下処理』のみ。

 ……毛皮がまるまる残った一羽分のノウサギ、言い換えると『ノウサギの毛皮』と『ノウサギの肉』の二品を持ち込んだことになるため、さすがにアスパラガス一束では(それがある程度値の張るものでもない限り)、双方のつりあいが取れているとは言えないだろう、というのが店の主人たる男の主張であった。



「いやー、でもほら、でもほら?ノウサギはあくまで取ろうと思わなきゃ取れないわけで、野菜とかしっかり農家の方が育てている以上掛かる労力が違うといいますか?そもそも自然の恵みとして大地からわけて貰っているこのお肉と、人が自身で育てて作る野菜とかの価値っていうのは、それを適切に測らないと価値に目が眩んだ人々の自然環境への大規模な搾取が起きかねないから、自然側を不必要に高く見積り過ぎるのはシスター的にはNGといいますか」



 唐突にあれこれと言葉を捲し立てる(そして都合よくシスターぶる)サラと、その姿を見て訝しむ様子を隠そうともしない男。やがて彼は、彼女が何をそんなに慌てているのかの根本的な理由に気が付き、ぽんと小さく手を打った。その表情は悪戯を思い付いた悪ガキのような笑みで。



「お前さん、まーた婆さんに黙ってやらかしたんだな、それ?」

「なななななんのことでしょううふふふふ」



 男はにやにやと笑いながら指摘する。

 対するサラ、図星の顔であった。視線が泳ぎまくっているのでバレバレである。そしてそういう時のサラは、いつもとは逆にいじられ役となるのがお決まりで。



「そんじゃあ遠慮なく物々交換させて貰おうかねぇ?えっと玉ねぎニンジンジャガイモにんにくそれからそれから……」

「あああやめてやめて適正価格にするのやーめーてー!!ばーれーるー!!」



 泣いて懇願する彼女の前で悪鬼羅刹愉快犯と化した男は、あれこれと野菜を見繕ってサラのかごに次々突っ込んでいくのだった。

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