その2:三冠の価値と苦悩、そして新しい出逢い

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 本作品は、全て架空ですので、実在の人物、場所、団体等と一切の関係がありません。まったくこれっぽっちも関係ないです。気のせいです。


 某ゲームが大流行しているので、その大波に乗るべくして書いたパロディーですので、誤字や不出来な文章には優しい心で見逃して頂けると助かります。


 関係各所からお怒りがあったらすぐに削除する予定なので許しておくんなまし。

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 三冠、それはバトルターフ史において最たる偉業とされる称号。

 数多の者が挑み、そして散っていった極限の頂であり、そして新たな始まりを告げる称号でもあった。


 エクストラ(EX)タイトルには、フロンティア(2年目)、クラシック(3年目)、アドバンス(4年目以降)と3段階に分かれている。機会が一度しかないフロンティアやクラシックに比べ引退しなければ何度も挑めるアドバンスは、一部の者からは価値が低い、難易度が低いと思われているが大きな間違いである。


 各世代の意地が集う場所、大器晩成の英傑が生まれる場所、そして、苦悩と恥辱から生まれる傷だらけの栄光が存在する場所、それがアドバンスである。


“届かなかった栄冠を持つ者への挑戦”

“比較され貶められた栄冠を取り戻す為”

“許されなかった本来の道へ”

“走ることが叶わなかった想いを胸に前へ”


 最速とは何か? 最強とは何か?

 その答えは出ている。求められるステージにおいて勝利する事であり、レコードホルダーである事でもあり、誰よりも速く、誰にも負けない事であった。しかし、同時に複数が許される存在でもあるのだと理解されている。


 1,200m最速最強と2,400mの最速最強対決をさせろとは誰も言わないだろう。何故なら、それぞれの得意の土俵でそれぞれが勝つだけだと分かっているからだ。


 では、三冠はどうなのであろうか?

 まず、三冠とはどのようなレースを勝利したものに与えられる称号なのかをおさらいする事から始めよう。


 1冠目

王花賞(芝1,600m)

砂月賞(ダート2,000m)


 2冠目

オケアノスオークス(ダート2,400m)※オークスとも呼ばれる

エルドラドダービー(芝2,400m)※ダービーとも呼ばれる


 3冠目

ワールドエンプレス杯(芝2,000m)※女帝杯とも呼ばれる

菊華賞(芝3,000m)


 6つもあれば3冠なんて簡単に達成出来ると思う、いや、バトルターフ初心者にはありがちな勘違いでもあるので無理はないし、実際に3つの栄冠を手にすることは可能であるし、達成した者もいる。では、何故、3冠が特別視され、達成者が長年不在とされて来たのか?


 6つの内どれでも3つ取れば3冠だと認められる訳ではないと言う事である。

 1冠目、2冠目、3冠目と指定のあるものを制覇して初めて認められる。そして、更に重要なのは、芝戦のみでも3冠とは認められない。


 例に挙げて見よう。

 例1:王花賞、砂月賞、女帝杯=3冠ではない

 例2:王花賞、女帝杯、菊華賞=3冠ではない

 例3:砂月賞、オークス、女帝杯=3冠である。


 という事になる。

 つまり、3冠には複数の達成方法が存在する。

その中で主催者指定レース3つを制覇すると極3冠と呼ばれ、世代最強と称されるのである。

 極三冠指定① 砂月賞、ダービー、菊華賞

 極三冠指定② 王花賞、オークス、女帝杯


 3冠の価値は理解頂けただろう。

 複数のステージで勝利を求められ続ける存在が3冠制覇者である。


 ようやく、本題に入ろうと思う。


 過去のセントラルステイブルは菊華賞後に引退(最低着順は3着)、ニューマウントコネクトはアドバンスにおいても全て2着以内であり聖剣記念を1着にて引退と3冠制覇者における最低戦績は3着であった。つまり勝利投票券に全て絡んでいる。


 だが、19年ぶりの極三冠制覇者は既に4着という無様を晒しているというのが有識者の認識で“八百長疑惑”“相手が弱かった”“フィールド管理が事故を招いた”などと周囲にまで暴言を放つ始末であった。咎められないことが不思議な程の熱量で。


 あの熱狂はどこに行ったのか?

 いや、ファンの中ではまだあの光景が焼き付いている。


 それでも批判の為の批判が日に日に激しくなっていくのには大きな理由があった。




【5連勝目を砂月賞で飾る!! シンギュラリティルーナ】


【2冠達成、無傷のダービー制覇!! シンギュラリティルーナ】




 専門誌に留まらず、全国紙のトップを飾る事態にまでなっていた。暗躍する専門家や忖度する業界人が居なかったと誰が信じるだろうか。例年ではあり得ない事態だが、奇しくも前年に19年ぶりの偉業を成し遂げた存在がバトルターフの認知度を飛躍的に高めてしまった結果である。




――カタコンベ研究所内医療施設


 菊華賞後、カタストロフィックブラッドは研究所で退屈な日々を送っていた。全治1年と診断されていた怪我であったが、最先端の治療と本人の回復力が良い意味で作用しあってレースには出られないが日常生活に苦労するようなことな無くなっていた。


「所長ぉー、退屈ぅー。もう出てっていいでしょ?」


 生みの親である所長に背後から覆いかぶさるカタストロフィックブラッドに苦笑いを浮かべながら対応する所長が居た。


「CB、無茶を言ってはいけません。治ったといっても日常生活レベルでの話です。レースどころかトレーニングなどもってのほかですよ」

「えー、大丈夫だよ? ゆっくりだったら走れるよ?」

「駄目駄目。それに今戻ってもトレーナー君の邪魔になるだけだよ。彼も君を大成させた実力を見込まれて大事な時期だ。半病人のCBが押しかけたらどうなると思うね?」

「うぅぅぅぅ」


 所長の正論に打ちのめされるカタストロフィックブラッドであるが、彼女とて彼女なりの言い分があるのだ。


「でも、でも、所長、あのね――」

「CB、誹謗中傷など気にしなくていい。彼らが何を言おうがCBとトレーナー君が打ち立てた金字塔は崩せやしない。それにCBだって、彼らに認められたい訳じゃないだろう?」

「そ、それは、そ、そうだけど……」


 流石は生みの親である。

 カタストロフィックブラッドの不満も理解しているし、燻っている想いを理解もしてやれる。


「そうだね……CBが今抱えている感情はなんだか理解しているかね?」

「え? えーと、怒り?」

「ふむ。それも間違いではないが、それはどうでもいい輩に対するものであって、君の大切な事に対する感情ではないだろう?」

「……あ、焦り?」


 カタストロフィックブラッドは少し考えて答えを出してみると、少しだけ気が楽になったように思えたが足りないのだろう。もやもやしたものが表情に出ている。


「正解だね。でも、100%じゃぁない。CBはというよりも、君達は造られたが故に成長の過程がかなり駆け足になっている。研究所によっては、その抱えている感情は不要だと考える者もいるぐらいに不安定なものだが、私はそれこそが偉大なDNAに眠る力を蘇らせる鍵だと信じている」

「鍵?」

「あー、うん。話が逸れてしまったね。CB、君の足りない答えは不安、嫉妬と言われるものだ」

「不安? 嫉妬?」


 カタストロフィックブラッドは分かったような分からない様な表情を浮かべる。そんな様子を愛おしいと思う所長は我が子にかいつまんで説明することにした。


 世間を賑わせている話題の選手がカタストロフィックブラッドの戦績を軽く上回りながら極限クラシックを駆け抜けている事が心を騒めかせている。

 自身が療養でトレーナーから離れているのに、他の研究所から依頼で新しい選手を指導している事で自分の事を忘れてしまうのではないかと思ってしまった。

 そういった感情を認識していなかったが、それを心が漠然と感じていたことで、とにかく早くトレーナーの元へと戻りたいと無思慮に行動してしまった。


「CBは今、心が成長している、と私は考えるがどうだろう?」

 所長は背中に感じるカタストロフィックブラッドの温もりがずっと続くようにと背後から伸ばされている手をギュッと握ってあげるのだった。


「……いつなら戻れるの?」

「そうだねぇ……初夏には戻れるといいね。トレーナー君も色々と苦戦しているみたいだし、その時にはCBも助けてあげるといい」


 カタストロフィックブラッドは所長の言葉を聞くと『わかった』と短く答えて大人しく医療施設に戻っていった。所長は思う。


「CBも変わったねぇ。まあ、彼女達新造人種の生き様を狭めている私が言うのもなんだが、幸せに生き抜いて欲しいねぇ」

 所長は持っているタブレットに何かを入力する。そして、画面を切り替えると元の仕事へと戻るのであった。




――時間は、菊華賞後にまで遡る


 トレーナーは、カタストロフィックブラッドが長期休養を余儀なくされ、復帰後の彼女の力となるべく自身を見直そうとしていた筈だったのだが、とある依頼から新しい選手の基礎トレーニングにつきっきりであった。過去二人目の極三冠制覇者のDNAを受け継いだ期待の選手子である。


 “だった”


 そう過去形で語られるには訳がある。

 過去そのDNAも継承した選手の戦績が低迷を続けていた事、彼女自身が恵まれた身体ではなかった事、そして、専属トレーナーが決まってすぐに病気になった事で、『縁起が悪い』と専属トレーナーが契約を破棄するという不祥事が発覚。彼女の評価がどん底にまで落ち込んだのである。


 そんな中で常識外れのトレーナーとして名を馳せてしまったことで、くだんの十字研究所から依頼が舞い込んだのである。

 当初、否定的であったのだが、その依頼内容が『勝たせてやれないか?』ではなく、『怪我なく、悪評なく選手生命を全うさせてくれないか?』だったことで頭に血が上ってしまい、カタストロフィックブラッドの復帰を最優先で待っていたにも関わらず条件付きで引き受けてしまった。


『絶対はないが、万全を期すつもりではいる。だから、否定的な感情は彼女に見せないことが依頼を受ける条件だ』とトレーナーは強く言い放った。


 嫌われ者の自覚があったトレーナーだが、そんな自分の所にくるくらいであるのだから崖っぷちなのだろうとの判断からだ。それに研究所関係者の口ぶりから、どうにも嫌な感じを受けたというのも一因である。


 そして、交渉が実を結び彼女がやって来た。


「ぼ、ボクはミコノスクレストと言います。よ、よろしくお願いします!!」

 どこかぼんやりした感じではあるが、鈍くさいと言う感じもしない。纏まり切らない風格が才能を包み隠しているといった感じである。これで壊れた作り笑顔が無ければ、引く手あまただったであろうとトレーナーは思った。


「ああ、よろしく。君のことは色々と聞いているから安心すると良いよ」

 トレーナーの言葉にビクッとするのは、今まで色々と心無い言葉を投げつけられてきたのだろう。だが、トレーナーは言葉を続ける。


「何、心配はいらない。何故なら君以上に俺は悪評に塗れているし、常識外れやら無能やら散々に言われている。だからといって安心出来ないかもしれないが、君が君でいられる場所になることは断言するよ。ようこそ、バトルターフの世界へ」

 トレーナーは笑顔で手を差し出した。


 ミコノスクエストは、なんだか心が温かくなった気がした。疫病神だの偽造DNAだの聞こえるように言われ続けた陰口がここではないのだと思えた。だから、もう一度だけ信じてみようとゆっくりとトレーナーの手を握った。


 それからトレーナーとミコノスクレストとの練習の日々が始まった。


 だが、躓きの連続で幕を開ける事となった。

 過去の出来事のせいなのだろう精神面で不安定さを露呈する事になる。体調不良に始まり、トレーニング中の過呼吸など、訓練どころか軽い調整もままならないのである。狂いそうになる日程は、座学に優先的に消化することで調整を行ったものの、やはり体力的な問題が付いて回ることになった。


「ミコ、無理するな」

「で、でも、練習量が足りないです。このままじゃデビューが……」


 そう、一般的に夏デビューが普通で、遅くとも晩秋にはデビュー戦を済ませるものだと言われているが、年末や年明けデビューが無い訳じゃない。ただ、クラシックにおける活躍する選手が、そういった環境では少ないと言うだけである。


「デビューなんて出来る時にすればいい。俺は少なくともそう考えている。いつも言っているだろう?」

「『自分らしく、最善を尽くすこと』ですか?」

「そうだ。誰かが言ったからとか、今までがこうだったからとか、そんなのは過去の出来事だし、他人の事であって、ミコの事じゃないだろ?」

「で、でも……」

 トレーナーの言葉に嘘はないと分かって入るミコノスクレストではあるのだが、自分の中にあるものせいで、自分が不甲斐ないせいで、トレーナーの評価が下がるのを恐れているのだ。


「うーん。ミコってアレだな。CBにどこか似てるな」

「カタストロフィックブラッド先輩にですか?」

「ああ。多分だけど、ここに来た頃は別にして、今は、自分の事より俺の評判の方を気にしているだろ?」

「え? い、いえ、あの……」

「だろうと思ったよ。前にも言ったけど、俺の評判なんてドロドロの泥まみれで地に落ちてる。これ以上酷くなりようなんてないさ。俺にしてみたらどうでもいい評判を気にされて、俺の事を信じてくれないミコの方が困る」

「そ、そんなことはありません!! 信じてますし! 絶対絶対!!」

 大人しいボクっ子が感情を爆発させて言い寄って来るのには流石に困ったようで、トレーナーは表情が強張る。


「い、いや、分かってくれるならそれでいい。極端な話、フロンティアどころか、クラシックだって棒に振って構わないんだぞ? それがミコの最善の成長速度なら俺は一緒に歩んでやる。それにだ、誰がクラシックに間に合わないって決めたんだ? 3戦目でEXⅠを取ったって不思議じゃない。今まで存在しないってのは、やる奴が居なかっただけで出来ない訳じゃない。自慢じゃないがCBと共に常識を破ったんだ。ミコと一緒に出来ない筈がないだろ?」

「は、はいっ!!」


 トレーナは笑いながらミコノスクレストの頭を撫でて今日の練習は終了だと告げる。やれる時にやれるだけの練習を積み重ねて前に進めばいい。歩む道も違えば、歩む速度も違うのが普通なのだと。


 万人共通の理想のローテーションなどトレーナーに言わせれば、それこそが狂気の沙汰である。だから連闘だろうが、中1週の強行軍だろうが否定しない。休養明けのEXⅠ挑戦だけは流石に怖くて未だに出来そうにもないが、それとて、そうすることが選手にとって最善だと思えば躊躇なく推し進めると考えるようになっていた。




 少しばかり時は流れる。


 “カタストロフィックブラッド復帰”


 紙面は踊った。

 レース復帰はまだ時間が掛かりそうだとではあったが、トレーニングを再開したという情報が流れるとファンから、とある声が少しずつ上がり始める。それは小さな声であったが、確実に大きくなるだろう事はファンならば理解していたし、期待もしていた。


 当然、悪意ある声もまた大きくなる。


 “割れた硝子の靴”

 “忘却の三冠”


 快進撃を続ける選手が優等生であるが故に、悪意の声が望む常識と正義を体現したかのような走りがファンを分断していった。扇動者がいるのではと思えるぐらいにはファンの間で険悪な空気が漂い始める。


「これは参ったな」

 トレーナーの第一声である。


 専門誌に特集を組まれ、その姿が掲載されているのを見てトレーナーは諦めた。これが不正であったり、悪意そのものであったら声を大にして反論しただろう。だが、映っている彼女を見て『本物』だと思うと同時に理不尽だとも思った。これが運命だとするのであれば、神はなんと残酷なのだろうと。


「CBが劣っているとは思わない」


 口にして、スッと心に入って来るのだからトレーナーは自分自身が取り繕っていないのだと確信出来た。今後対決することになった時、能力ではない、その相性の悪さが着順として現れてしまうことだけを懸念するトレーナーであった。



「トレーナー、何見てるの?」

「ああ、CBか。これだよ」


 カタストロフィックブラッドがウォームダウンを終えて話しかけて来たので、専門誌を見せるトレーナー。その見出しには大きく書かれていた。


【無敗の極三冠へ視界良好!! シンギュッリティルーナ】と。


「うわぁー、感じ悪ぅい」

 彼女がそう言っているのは、見出しの下にある彼女とトレーナー目の敵にしている専門家のコメントに対してだった。


「あー、これかー『真の極三冠は彼女が達成する。無敗での達成は歴史上初であり、紛い物とは一線を画すであろう』か。本当にこの人は俺達を嫌ってるよな」

「そうだよ。いつも感じ悪し、何時だったか、『好スタート、好位置、好スパート』が出来ない奴は選手として大成しないとか言ってたし」

「あー、鏡都新聞杯の後、そんなこと言ってたっけか。まあ、菊華賞の後、俺達に好意的な記者にこの件を突かれて顔真っ赤にしてたのは良い気味だったな」

「えー、いつ? 私見てないよー?」

「そうか? だったら研究所で医療ポッドに入っていた時だろうな。俺はてっきり医療施設で見ているものだと思っていたよ」


 悔しがっている彼女を宥めつつ、トレーナーは今後のスケジュールを話題にする。


「今後の事だが、舞日桜冠から天王賞でと考えているんだが、どうだ? 少しキツイか? 爪次第では旭日チャレンジカップでも構わないとは思っている」

「うーん」


 カタストロフィックブラッドは馬鹿っぽいとは言われることもなくはないが、本当の意味での馬鹿ではない。以前は彼女自身が考えることを嫌っていた為にそう思われていただけだ。少し考えた後、彼女はハッキリと答えた。


「日程と爪の事を考えたらチャレンジカップから天王賞だと思うけど、今の体調と仕上がり具合から考えるとね、チャレンジカップはレースにならないと思う。天王賞を勝つことだけを目標にするならそれでもいいけど――」

「それじゃあ、レースを楽しめないんだろう?」

「そう!! でも……」

「ああ、少し負担が大きいとは思うが、元々、2戦で終わる予定だし、最悪といっちゃファンに悪いが聖剣記念にファン選出されても3戦目だ。調整次第で乗り切れると思うぞ」

「でも、無理は禁物なんでしょ?」

「ああ、それが分かっているなら問題ない」


 トレーナーは彼女の笑顔を見てホッとする。気にするなとは言っても悪意のある声は心に突き刺さるものだ。それを少しでも緩和するためには信頼関係を深くして、外部との接触を遮断することが唯一の道だから。本来であれば、栄光と共に外部との触れ合いは優しいものになるはずだったのだがと思わないでもないが、それは最早、望めない願いだと知っている。


「そうそう、ミコちゃんがトレーナーに相談したい事があるって言ってたよー」

「そうか、夕食後に落ち着いて話をしよう。それはそれとして、CBはミコと仲良くなったのか? これまで結構避けていただろう?」

「うーん。避けていたって言われると困るんだけど、ただ、どう接していいかわかんなかったの」

「で?」

「この前、トレーナーが講習会?だっけ、に行った時にミコちゃんが話しかけてきてくれて、『ぼ、ボク、先輩の大ファンなんです! 嫌じゃなかったら色々教えてくだにゃい』って」

「噛んだのか?」

「うん。噛んだの。あまりにおかしくって笑ったら、泣き出しちゃってね。どうしていいかわかんなくなっていたら、『色々教えてくれないと許しましぇん』って言われたら、もう仲良くなるしかないもん、でしょ?」

「ま、まあ、そうだな。ミコがCBとも良い関係を結べたなら良い傾向だ。今度、併走でもしてみるか?」

「いいかも!」


 彼女の笑みに俺はつられて笑ってしまう。

 不器用だと自覚するトレーナーは二人同時に面倒を見ることに実は不安が大きかった。だが、それも選手から快勝してくれた。それがトレーナーの力なのか、彼女達の性格なのかは不明だが、それでも小さくて歪な3つの歯車は軋みながらも回転していくのだと思えた。


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