バトルターフ ~常識を破壊せよ~

惜帝竜王と夢の盾

カタストロフィックブラッド(◁◁◁◀)1番人気

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 本作品は、全て架空ですので、実在の人物、場所、団体等と一切の関係がありません。まったくこれっぽっちも関係ないです。気のせいです。


 某ゲームが大流行しているので、その大波に乗るべくして書いたパロディーですので、誤字や不出来な文章には優しい心で見逃して頂けると助かります。


 関係各所からお怒りがあったらすぐに削除する予定なので許しておくんなまし。

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 鏡都フィールドに集まった観衆は収容客数である15万人を超えていた。東西南北のスタンドに据え付けられている大型ビジョンには今日のメインレースの情報が流され続けている。


 菊華賞(EXⅠ)3,000m 性別不問 3年目限定


 鏡都フィールドは極限クラシックレース3冠目の開催地。

 コースは楕円形の片側が膨らんでいる洋梨型とでも言えばいいだろうか、膨らんだ側のコーナーが最大高低差6mという最大の難所である。それを目前に控えた位置にゲートを設置する菊華賞は、参加する者達が体験する未知の距離3,000mと二度の最凶の坂である。



 極3冠レースの最後の1冠でもあり、もとより人気ではあるのだが、本日は更に人々の関心を集めている存在があった。

異界との接続により世界の理が変化して千年弱、新造人種が生まれバトルターフが開催されるようになり数百年。その間に生まれた極三冠達成者はたったの2名。その歴史に新たな挑戦者が現れた。


 そして何よりも話題の人物のレースぶりはバトルターフファンの心を震わせるスタイルだったのだ。道中最後方にあって、相手をごぼう抜きする圧巻の末脚は常識の埒外だった。安定して勝つ事さえ怪しい戦法であり、今日の舞台に立つまでに2度の敗北を戦績に刻んでいる。

ダービーポジションと言われるくらいには好位置からレースが常識とされるエルドラドダービーも後方からの強襲で勝ち切った事で人気は沸騰したが、その反面、評論家や関係者に多くのアンチを抱えているのは周知事実となっている。


 その主役の名は、カタストロフィックブラッド。

 太古の昔、天極馬と称賛された馬のDNAを持つ新造人種の娘である。



――少し時間は巻戻る


 大型ビジョンに映し出される着順、そこには勝利投票券が紙吹雪となる原因があった。

 

 1着 クシナダエンプレス 

 2着 リンドウホログラム

 3着 ブロンズアローアイランド

 4着 カタストロフィックブラッド

 5着 ―――


 大事な菊華賞に向けての前哨戦、鏡都新聞杯(EXⅢ)。

 ファンは休み明けでもカタストロフィックブラッドの快勝を見たかったし、評論家、関係者の大半は彼女の――いや彼女達の失速、失墜を願っていた。彼らにとっては横車を押し続けていると信じてやまないが、結果を出し続けているので腹立たしかったのだ。

 そんな中での敗戦である。鏡都新聞杯終了後、メディアはこぞってカタストロフィクブラッドのトレーナーを叩いた。


“無策の後方待機指示”

“明らかな調整不足、トレーナー失格”

“常識を軽視した反動か?”

“後方一気なんてものは無理の極み”


 ファンの中には敗戦を残念がる声もあったが、それ以上にメディアは大物と呼ばれる評論家達やOBに忖度して、これまでの戦績すら“マグレ”と断じた。レースとは、如何にして好スタートを切り、好位置につけ、最後にスパートして勝つ、これが評論家や大半の関係者の正義であり、常識であった。

 この理屈であれば【逃げ】ですら異端なのだが、彼らは逃げはレースの質を保つペースメーカーであるとか、勝てば能力が高すぎて高レベルの【先行】策であると嘯くのだ。



「ねぇ、トレーナー」

「なんだCB?」

「私の走りって、そんなに駄目なのかなぁ?」



 普段は滅多に見せない弱気な姿を見せる彼女にトレーナーは自分の不甲斐なさを悔やむ。そして師匠の言葉を思い出す。『彼女は澄んだ硝子のような才能と心を持った娘だ。何かあればお前が守り導いてやるのだぞ』と。


 1年目、基礎トレーニング期間を二人三脚で乗り切ったことでカタコンベ研究所の所長以外で初めて彼女カタストロフックブラッドから『トレーナーは私の事CBって呼んでいいよ』と言われた。これはカタコンベの略称と同じになるように所長が名付けたことで彼女が認めた人間にしか許さない絶対のルールだった。


2年目、師匠から独立してまだ数年の若造だったトレーナーは、彼女の才能に助けられ3戦2勝の戦績でデビュー年を乗り切った。逆を言えば、彼女の才能なくしては勝つことすら危ういという程度のトレーナーだと事実を突きつけられた年でもあったのだ。


 3年目、昨年の最終戦で師匠の言う硝子の才能の一端を見落とし、境道通信杯を辛勝。奇しくも前走で負けた選手にリベンジを果たすことになるが喜んでいられる状況ではなかった。カタストロフィックブラッドの足の爪が酷い割れ方をして出血していたのだ。並外れた脚力を支えコントロールする指の力に対してあまりにも爪が脆いことが判明する。


 この時、ドクターとの話し合いでトレーナーはある決意を固める。

 これまでは、なんとか好位置につけるようにスタートダッシュの練習を重ね、苦手な序盤をどうにか乗り切ることに力を注いでいたが、それを全て破棄する事にしたのである。

 落ち込んでいたカタストロフィックブラッドにも自身の考えを丁寧にメリットとデメリットを説明し、彼女の爪の状況と意志を確認した上での方針大転換であった。


 スタートはそっと足に負担を掛けないように出る。その結果、出遅れようが、序盤にどんなに離されようが構わない。彼女の爪が耐えられる時間だけ全力を出すという前代未聞の後方大強襲策である。いや、策と言えるものではなく、彼女の類まれなる脚力に頼った乾坤一擲の大博打。それを今後、毎レース続けようと言うのである。正気の沙汰ではない。


 だが、これが彼女の才能を完全に引き出した。

 才能の欠片で辛うじて勝ち上がっていた姿はなく、信頼を胸に走る彼女は猛々しくも美しかった。4連勝を成し、極限クラシック砂月賞(ダート2,000m)、エルドラドダービー(芝2,400m)を快勝、2冠を成し遂げた。



 トレーナーは、不安げな彼女の頭をそっと撫でてやる。


「トレーナー?」

「CB、俺達は何も間違っちゃいない。言わせたい奴には言わせておけばいいさ。フィールドに個性があるように選手にも個性がある。CBの場合は爪の不安から少し人と違う走りになっただけだろ?」

「う、うん」


 CBは嬉しかった。

 実のところトレーナーから見ないところで色々と言われていたのだ。


“邪道ですわね、貴女の走り”

“綺麗にスタート出来ない癖にいい気になるなよ”


 等々、少なからず嫉妬も混じっていた事にCBも気付いてはいたが、事実、誰もが意識しているスタートが綺麗にきれないことには恥ずかしさもあったから辛かったのだ。選手は誰もが基礎トレーニング期間に学ぶ基礎技術がスタートやコーナリングや走路変更である。それは他者への妨害を防ぐと同時に、興行であることで少なからず公正さや見た目を求められるからである。初年度にゲート試験が義務付けられているのもこの一環である。


「誰かから何か言われてるのか?」

「……う、うん」

「そうか……、ならこう考えてくれ」


 トレーナーはカタストロフィックブラッドへの気配りがまだまだ不足していたと後悔するが、今はそれよりも大事な事があると微笑みながらカタストロフィックブラッドに語り掛ける。


「CBが酷い事を言われているのは、多分羨ましいからだと思う」

「う、羨ましい?」

「そうだ。羨ましいんだ。考えてもみろ、俺達以外は、『こうでないとおかしい』『こうするのが普通だ』『今までずっとこうしてきた』って言葉に縛られている。トレーナーは伝統に縛られ、選手は研究所の意向に縛られる。果ては、評論家のご機嫌伺いだ」


 CBはハッと気づく。所長からは特に何かを言われた記憶がない事、トレーナーからは怪我をしてからスタート練習とか皆がしていることをしなくていいと言われた事。


「CB、レースは楽しいか?」


 トレーナーの問いかけにCBは間髪入れず返事する。


「楽しい!!」

「そう俺達は楽しんでいる。だからファンも喜んでくれるし、応援してくれている」

「ほかの子は楽しくないの?」

「さあ、どうだろう? 俺のかつての教え子達には聞いてみたいとは思う。もしかしたら憎まれているかもしれないが、彼女達が何を望んで、何を目指していたのかを俺はCBを出会うまで気にしたことが――いや、気にする余裕がなかった。ただ、『勝たないといけない』『なぜ勝てない?』『セオリーを何故守れない?』と。今思えば、彼女達に心無い言葉を投げつけていたのかもしれないな」


 カタストロフィックブラッドの頭を撫でながら、溜息を吐いてしまう。

 そんなトレーナーの手をカタストロフィックブラッドは両手でギュッと自分の頭に押さえつける。


「駄目だよ! トレーナー、今は私のトレーナー! 昔に何があったかは知らないけど、今は凄く良いトレーナー!! 私は変われた。だから、だから……」


 カタストロフィックブラッドは人見知りが激しいが、その分、心を許した相手にはとても真っ直ぐに向かい合う。不器用な優しさを持っている。


「すまないな。少し話が逸れた。CBはレースを楽しめばいい。CBらしく、CBにしか出来ない走りをすればいい」


 カタストロフィックブラッドは笑いながら『そうだね』と言った。

 トレーナーもカタストロフィックブラッドを見ながら『ありがとう』と心の中で言った。

 


 カタストロフィックブラッドは少しだけ納得がいかない事もあった。


「私の走りは、トレーナーと一緒に育てたの。だから、絶対に認めさせる」

「そう言ってくれるのはトレーナー冥利に尽きるね。それで今回のレースの結果だけど、勝てれば勝ちたかったというのが本音、でも俺達の目標は3冠だろ?」

「うん」

「CBの爪の事もあるから無理はしたくない、けど、休養明けで挑戦して勝てるほど菊華賞は甘くない。だから、爪に負担を掛けない調整で走らせた。だから4着と言う結果は俺の責任でCBの走りのせいじゃない。でも勝算もあった。けど、それ以上に周囲がCBを警戒した結果、前残りの緩い展開になってしまった」


 トレーナーは内心では勝ったクシナダエンプレスには不気味さを感じていた。レース展開でいえば逃げ馬が勝ってしかるべきにもかかわらず、逃げ馬を捉え捻じ伏せた力はカタストロフィックブラッドに近いものを感じていた。眠っていた才能が開花しつつあるのかもしれないと。


「だが、鏡都フィールドの予習も出来たの大きい」

「次は敗けない! 爪も大丈夫!」


 カタストロフィックブラッド、破滅的な血という名を持つ彼女ではあるが、それは自身に齎す破滅ではなく、常識に破滅を齎す血であって欲しいと願うトレーナーである。


「ああ、CBの走りはここにグッとくるからな」

 トレーナーは自身の胸を押さえ微笑む。“たら”“れば”を言えばきりがないのならば、彼女を信じて突き進むのだと改めて誓う。



 後日、地方紙の取材を受けて大いに語り、猛々しく吠えた。

“彼女の走りを穢すな! 俺の事はいくらでも吊し上げればいいさ、だが、お前達の言う常識や歴史は彼女の最高の走りが、ぶっ壊すから覚悟しておけ!”




――そして再び、菊華賞(EXⅠ)当日


 ゼッケン9番、鏡都フィールドに立ったカタストロフィックブラッドは目を瞑っていた。

 他の面子は思い思いにフィールドを確認している中、彼女は何を思うのか?


 大歓声に包まれた鏡都フィールドだったが、徐々に静まり始める。

スタート時間が近づいて来たのである。

菊華賞限定のファンファーレが鳴り響く鏡都フィールド、静まっていた観客から大歓声が巻き起こる。そんな中、カタストロフィックブラッドを筆頭に菊華賞に挑む精鋭がそれぞれゲートに収まっていく。


 そして、その瞬間は訪れた。


 ガシャンッ!


 ゲートが開き一斉に飛び出ていく者達だが、ポツンと取り残されるものが居た。

 観客の誰もが思った彼女だと。

 同時に不安を覗かせる者、期待の眼差しの者、冷ややかな笑みを浮かべる者と数多の視線が彼女に向けられる。普段であれば、誰が先頭に立ったのかと気にする筈が、大半の者達が最後方を気にしていた。それは観客だけではなかった。



 そんな当事者であるカタストロフィックブラッドは笑っていた。

 当人は気が付いていないが、近くに居た者達の視界には入っていただろう。それを苦笑いと捉えるか余裕の笑みと捉えるかは相手次第。


「私は私の信じる走りをするだけ」

 カタストロフィックブラッドに気負いはない。積み重ねたのは勝利だけではなく信頼でもあるからだ。彼女の胸にある絆は砂上の楼閣などでは決してない。それを胸に秘め眼前の坂を睨みつけた。



 今回の菊華賞は21人が出ている。その全員が頂点を狙える実力者なのだ。先頭をひた走るのはスピード自慢達で、中にはカタストロフィックブラッドを完封した者もいる。過酷な先頭争いはペースにも影響を及ぼす。


 鏡都フィールドのコーナーで要注意である坂にスタートしてすぐに1度目を迎える。抑えて上り、抑えて下らねば自滅すると言う最大高低差6mの超難所であり、その出口もまた急カーブとなっており足への負担は想像を絶するのである。菊華賞ではその坂とコーナーを2度こなさなければならない。


 続々と難所をクリアしていく者に比べて、カタストロフィックブラッドは抑え過ぎてスピードが乗り切らない。辛うじて後方二番手を追走していたが、ここで最後尾になってしまう。正面スタンド前を駆け抜ける時に悲鳴にも似た歓声が上がる。歴史上、このコーナーを最後尾で抜けて勝った者はいないとバトルターフファンならば知っているからだ。



「まだ、まだだ」

 カタストロフィックブラッドは追いかける背中が離れていくのを見ながらも慎重にをクリアしていく。下りの方が辛いのは予習済みで無難に走り抜ける。足への負担も最小限に抑えた。


でよかった。1度目は失敗しちゃったから」

 鏡都新聞杯での経験が蘇る。練習で走った数にも走ったレースにも勝ちにも負けにも全てに意味があると彼女は信じている。人よりも脆い爪のせいで経験は少ないけれど、それが劣っているとは思わない。



 経験を糧に出来ないものは少ないが、すぐに糧に出来るものもまた少ない。経験とはそういうモノだ。1度や2度走った程度で鏡都を克服出来るならば誰も苦労などしない。その上、3年目では初である3,000mという過酷な距離も相まって、数々の猛者達が苦杯を嘗めさせられてきた。


 そして、今回も例外ではなかった。


 向こう正面の直線に入った頃には、坂の毒が回り始めたのだろう。脱落し始める者達がチラホラと。難所の坂を甘く見ていたり、想像以上の負荷だったことに動揺したり、距離に不安を抱えていた者達だ。そんな中で、少しずつ順位を上げるカタストロフィックブラッドだったが、それでもまだまだ後方である。


 先頭が2度目の難所に差し掛かかろうとしても動きを見せていなかったからか、先頭集団の大半がカタストロフィックブラッドは終わったと判断し後方に向けていた意識を外してしまった。

 

 そう、そう外してしまったのである。

 

 あれほどに警戒していたにも関わらず、たかが3コーナー手前で後方集団に位置していると言うだけで。


 ようやく後方集団が難所の坂に差し掛かった時に、観客から大歓声が起こる。ここで先頭集団や中団から押し上げようとしていた者達は、自らが間違いを犯したことに気が付く。聞こえない筈の足音が聞こえてくる。



 そんな常識をものともしない奴が居たのに何故、意識から外したのかと。だが、既に自分達は抑えて下り始めてしまっている。意識の死角から襲ってくる恐怖を抑えるには、あまりにも過酷な場所であった。

 勿論スピードは落ちているが、今ならばまだ加速も可能なのだが誰もが動かない。いや、動けないのか。

 叩きこまれた常識は、押し殺された本能は簡単には戻っては来ない。デメリットだけではない最終コーナーをロスなく回れるスピードになっていると自らを正当化してしまった事こそが彼女達の本当の過ちだった。

 酷使された足が落ちたスピードを最高速にまで届かせるには、どれ程の時間と体力を必要とするのかを無意識に黙殺した。




「もうすぐ、もうすぐ、もう少し耐えるんだ」

 カタストロフィックブラッドは我慢の走りを続けていた。垂れてくる者達を最小限の動きで躱し、順位を上げるとスピードを上げたい欲求にかられるが歯を食いしばり耐える。彼女はトレーナーと約束していた。



『CBいいかい? 3,000mという距離は誰もが初めてで未知の距離だ』

『うん』

『だが、本質的にCBは少し向いていないと思う。走れない訳じゃないけれど、経験を積んだステイヤーがいればかなりの苦戦を強いられるだろう。でも、今回はそうじゃない』

『う、うん』

『何を言いたいかと言えば、CBには適応力の高さという武器がある。ある意味、爪という弱点から生まれたから諸手を挙げて喜べないが今回に限り切札にも成り得る』

『末脚じゃなく?』

『そう、今回の足の使いどころは難所と呼ばれる坂の2回目。上りから全力で行くんだ。鏡都フィールドは予習しただろ? それを生かして全てを覆して来い。楽しんでな』



 目の前の背中たちがスピードを落とし始めるとカタストロフィックブラッドはグッと大地を踏みしめる。ピリッと背筋を突き抜ける感覚は、勝利の予感か、破局を告げる音色か。


「大丈夫!!」

カタストロフィックブラッドは迷いを振り切って笑顔で加速する。


 スピードを落とす者と更に加速し続ける者の差は如実に表れる。あれほどあった差がみるみる縮まっていくのだ。上りでトップギアにいれ加速したカタストロフィックブラッドは、そのまま下りに突入する。当然、下りなのだからスピードは更に上がる。あれほど遠くにあった先頭の背中がすぐそこにあった。


 意識の死角からの強襲に、抜かれた者達は驚きを隠せないものの内心ではあのスピードでは最終コーナーで外に膨らみ過ぎてかなりの距離をロスするだろうから、その時に内を突いて差し返せばいいと思っていた。過去をなぞれば、確かにそうなっただろう。だが、カタストロフィックブラッドが常識を破り続けてきたことを忘れている。前走と今日の1回目で難所の坂を経験し、爆発力のある脚力を支える圧倒的な指の力が彼女の身体を過去や常識、遠心力の呪縛から解き放った。


「前に! 前に行くんだっ!!」


 坂を利用した彼女の末脚は、歴史上最高の輝きを放つ。

 1回目の坂ではだった彼女が、2回目の坂を越えてへと駆け上がる。


 鏡都フィールドのスタンドが湧きたっている。誰もが予想できなかった鏡都フィールドのセオリーの破壊を手土産に一歩一歩19年ぶりの三冠の達成に向けて駆け抜けていく。


 追いすがる相手を鎧袖一触。

 衰え知らぬその末脚は歴史に刻む三冠の足となる。

 大地に弾むその雄姿の代償は鮮血に染まる三冠の足だった。






「やった! 私の――じゃない、私達の走りが勝っ――」


 ゴールを一陣の風の如く駆け抜けたカタストロフィックブラッドだったが、集中力が切れたせいか、それとも割れた爪のせいか、足をもつれさせて転倒する。つんのめるように顔面からのダイビングだったが、怪我はないようですぐに仰向けになると笑いだした。


「――た! 勝った!! 私達の走りは間違ってなんかないんだ!! あはははははははははははは!!!」


 大型ビジョン映される着順。


 1着 カタストロフィックブラッド

 2着 ―――


 自分の着順を確かめるとカタストロフィックブラッドは顔を両手で覆う。

 カタストロフィックブラッドは突然襲って来た涙を抑えきれなかったのだ。嬉しい筈なのに、トレーナーを馬鹿にした奴らを嘲笑ってやりたかったのに、どうしても涙が止まらない。






「CB、いつまでもそんな所で泣いていたら駄目じゃないか。勝利インタビューもあるんだぞ?」

「ト、トレーナー!? フィールドには選手以外は立ち入り禁止なのに……」

「特例だってさ。CBの横を通った選手が手を差し伸べようとしたらCBが泣いてるからって、専属トレーナーが責任を取るべきだってレース参加者全員で関係者に文句を言いに行った結果だよ」

「え? え? どうして皆知ってるの? 顔隠してたのに」

「馬鹿だなぁ。スタンドならまだしも大声で泣いていたら選手は気付くよ。ほら、手を出して。起こすから」

「うぅー、いやだー。目が真っ赤で誰にも見られたくない。トレェナァー、おんぶして連れてって」

「おんぶの方が恥ずかしいだろ?」

「そ、そんなことないもん! あとで足怪我したって誤魔化せるもん! 実際、爪割れて、すっごい痛いもん!!」

「わかった。あとで週刊誌に叩かれても知らないからな?」


 トレーナーはカタストロフィックブラッドに背を向けると屈んで、彼女が乗っかるのを待って立ち上がる。スタンドから歓声以外の声も聞こえるが、2人にまでは届いていない。



 後日、精密検査の結果、カタストロフィックブラッドは足の爪が酷い裂傷の上に、足の指が骨折していたと判明。しかもかなり酷かったようで約一年を棒に振ることになったが彼女は笑って、こう言った。


『楽しかったし、(怪我のことは)後悔してないよ。皆も楽しかったでしょ?』と。



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