その3:撃墜王と憧憬の三冠

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 本作品は、全て架空ですので、実在の人物、場所、団体等と一切の関係がありません。まったくこれっぽっちも関係ないです。気のせいです。


 某ゲームが大流行しているので、その大波に乗るべくして書いたパロディーですので、誤字や不出来な文章には優しい心で見逃して頂けると助かります。


 関係各所からお怒りがあったらすぐに削除する予定なので許しておくんなまし。

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 11着、6着、20着。

 クシナダエンプレスの3冠レースの軌跡である。

 世間――反カタストロフィックブラッド勢力の老害――の中では、悪魔の被害者とされている。


というのも、接戦の相手がマイル王と名高いヤマトタケルビクトリー、聖剣記念を制したリンドウホログラム、初のEXⅠである魔剣記念を制した際の2着サーキットコイン(翌年に雪辱を果たす魔剣記念制覇するが、それは未来の話)と名だたる面子が並ぶ事が根拠らしい。


 後出しジャンケンも甚だしい上に、彼らの主張するカタストロフィックブラッドの対戦相手が弱すぎたと散々侮辱していた事を棚に上げている事に気が付いているのだろうか?


 当のクシナダエンプレスはといえば、鏡都新聞杯、菊華賞で2度の手のひら返し目の当たりにして目が覚めたと語っている。



「あの菊華賞の坂でオレの走りって何だろうなって思わされた。その上で馬鹿共の暴言が続けばさ、流石に今の歪さに気が付くって。相棒も目が覚めたって言ってるぜ」



 そうコメントを残したクシナダエンプレスはトレーナーを伴い、再調整を理由にJCC(ジャンクションクラウンカップ)、聖剣記念を回避して心機一転アドバンスに臨むと宣言したのである。


 そして、その宣言通りにアドバンス戦線に殴り込みを開始すると、アドバンス初戦の鳴虎記念(EXⅡ)芝2,500mは4着と及ばなかったが、EXⅡの敷居は高いのではと言う外野の声を一蹴すべく2戦目太閤杯(EXⅡ)芝2,000mを快勝する。その勢いのまま鏡坂杯(EXⅢ)芝2,000mをなんなく勝利すると上半期の総決算である魔剣記念(EXⅠ)芝2,200mに挑む。


 極3冠覇者カタストロフィックブラッド不在であり、ファン心理としては物足りないと言われていたが、接戦を繰り返しているサーキットコインを筆頭にクシナダ陣営が回避した天王賞(春)の覇者や前々年の菊華賞覇者も参戦してきており、相応の盛り上がりを見せていた。そんな中でクシナダエンプレスは1番人気に支持される。ステイヤー色の強い面々よりもスピードに溢れた中距離で躍進している彼女をファンは推したのである。


「言い方は悪いが、オレの目標はココじゃないし、勝ちたい奴もココにはいない」


 レースの最終調整日に放ったコメントが原因で当日の坂震フィールドは険悪な空気に包まれていたが、いざ、蓋を開けてみれば、クシナダエンプレスの教科書の載るような好スタート、好位置、好スパートで圧巻の勝利を飾る。ここ数レース以上に特定の層には喜ばれそうなレース運びだったが、菊華賞後のコメントに期待していたファンにはがっかりな内容だった。それでも中距離の安定感と強さはアドバンスにおいて最上位ではないかという評価を得た。


 が、何を考えたのか普通であれば秋に備えて休養なのだが、『走り足りない』という理由で高翔宮杯(EXⅡ)芝2,000mに参戦。フィールドコンディションが重という悪条件下で5着に沈むと、騒ぐ外野の声を黙殺して休養に入ると宣言。




 そして迎える秋、クシナダエンプレスは万全の仕上がりを見せるが、旭日チャレンジカップを直前に回避すると発表。非公式にどこかに連絡を取っていたという情報もあり、各紙も取材を繰り返すが何もつかめないままに数日が経つと、舞日桜冠に出ると公式発表された。

 

 これには専門誌が疑問の記事を上げる。


“クシナダ陣営迷走!?”

“足りない思慮と1ハロン”

“破綻者vs復讐者”


「面白い記事書いてる奴がいるな、オレは復讐者らしいぞ、相棒」


 クシナダエンプレスは悪意の記事を指差し嘲笑う。

 そんな様子を見て彼女の相棒たるトレーナーは苦笑を浮かべながら切り返すのだった。


「仕方ないんじゃないのかい? 実際、私に無理やり連絡を取らせて復帰戦の情報を確認させたじゃないか」

「いやいや、そもそもが相棒がアイツの復帰戦の最有力候補がチャレンジカップだっていうから登録してたのに影も形も見えないんじゃ、責任取るのが筋ってもんでしょうよ」

「うっ。それを言われると辛いけど、天王賞(秋)を見据えて彼女の怪我から逆算すればチャレンジカップが普通だと思ったんだけど違ったみたいだね」

「おいおい、その普通ってのが曲者だってあの日に学んだろ?」

「そうだね。でも、色んな意味で少し短いかなとはクーだって思ってるんでしょ?」

「ああ。でもそんな些細な事よりも、変わったオレがアイツにどこまで通用するか試したい!」


 彼女の中ではEXⅠよりも好敵手――カタストロフィックブラッドとのレースの方が価値あると考えている節がある。鏡都新聞杯では確かに勝ってはいる。でも、3冠レースにおいては惨敗、3冠目の菊華賞においては全てを砕かれたといっても過言ではない。


「まあ、クーの好きにすればいいよ。彼女達にはまだ及ばないかもしれなけれど、私達は彼女達よりも先んじてアドバンスを戦い抜いて来た自負がある」

「そうだ。全てのレースで馬鹿みたいなあの末脚を想定して走っていたんだ。休養明けというほぼ同条件に落とし込んだ前哨戦、どこまでやれるか楽しみだ」





――舞日桜冠当日


 フィールドに立つ選手達は、ゲートに入るまでの時間を各々のルーチンに従って時間を使っている。この時間で調子を崩す選手も少なくはない。それほどにレースは過酷であるし、その緊張感は何度経験しても慣れることはないと大半の選手は思っている。


 そんな中、少数派であるクシナダエンプレスは、瞑想を終えたように見えるカタストロフィックブラッドに声を掛けた。


「よう、足はもういいのかい?」

「え?」

「全力は出せるのかって聞いてるんだよ」

「う、うん。大丈夫、今日も楽しんで勝つつもりでいる」


 気さくなクシナダエンプレスだが、カタストロフィックブラッドが自分を誰だか分かっていない様な気がして確認をすることにした。


「オレが誰だか分かってる?」

「勿論。鏡都新聞杯で凄い強かったよね。トレーナーも貴女には気を付けるように言われているから。アドバンスでのレース映像も全部見たよ」

「!?」


 クシナダエンプレスは思いもよらない返答に息を詰まらせる。見向きもされていないと思っていた。見返すと同時に今後意識させてやると意気込んでさえいたのだ。


「ならなんでさっきは驚いた顔をしたんだ?」

「え? だって私を嫌っている人達の好きそうなレースをするから、きっと私の事は大嫌いなんだろうなって思ってて――」

「待て待て待て」

「え?」

「待ってくれ! それだけは止めてくれ。オレはアンタを嫌っている連中が大嫌いなんだ。あのアホ共はアンタの偉業を、オレ達のレースを走りを侮辱しやがった。確かにオレの走りは行儀よくみえるかもしれないが違うんだ。オレはオレと相棒は、アンタにアンタ達に勝ちたくて試行錯誤して来た。アドバンスに入ってからのレースは全部アンタと走っている想定でレースをこなしてきた。そして、オレの頭の中では全部アンタに勝っている。例え実際のレースで敗けていても、頭の中じゃオレが2着、アンタが1着だった」


 クシナダエンプレスは、一気に捲し立てる。

 絶対に訂正しなくてはならないと思ったからだ。あんな老害と一緒にされては、そんな気持ちで走られては、何のために今日という再戦を迎えたのかが分からなくなる。


「えーと。ごめんなさい? 嫌われていると言う前提で話さないと色々と迷惑をかけるかなって思ってて貴女がそこまで怒るなんて思ってなくて、ごめんなさい」


 カタストロフィックブラッドは、正直に言えば楽しく走れて、トレーナーが褒めてくれればそれでいいと思うようになっていた。それに変に親し気に話すことで相手にも迷惑をかけると思っていたので、どうしても変な対応になってしまっていた。


「くそったれが!!!」


 クシナダエンプレスは、悪夢のような現実を叩きつけられた気分だった。自分達の世代の誇れる極3冠覇者が、こんなにも心を閉ざしていることに憤りを感じたのだ。そんな状況に追い込んだ愚か者共と変わったと自負しながらも距離を置いてしまっていた自分に。


「気が変わった。アンタには今日挑戦するつもりだった。だが、オレはアンタの世界に入り込んでやる!! 世界は狭くない! 少なくともアンタとアンタのトレーナーだけのつまんねぇ世界じゃないって教えてやる!」


 クシナダエンプレスは、カタストロフィックブラッドに言葉を叩きつけた。

 彼女にしてみれば、待望の再戦であり、あの菊華賞でみた業火のような信念を身に纏ったカタストロフィックブラッドと競い合いたかったのだ。内面は変わりないのだが、彼女にはそれが見えない。だからこそもどかしく苛立ちをぶつけてしまった。老害と同類に見られたのも嫌だった。



 そんな彼女を時間は待ってくれない。

 ゲートインの時間が来て、苛立ちを抱えたままゲートが開く。


 ガシャン!!


 不幸中の幸いか、苛立ちのあまり神経を尖らせていたことで反応速度はここ最近で一番だったクシナダエンプレスは身体一つ抜けた好スタートを切った。


 凍狂フィールド1,800m、それが舞日王冠(EXⅡ)の舞台である。


 第2コーナー手前から引き込んだ直線のスタートでコーナー特有の紛れが起きにくい環境ではあるが、向こう正面までは下り坂が続くので行き足が利く逃げと先行が有利だと言われている。


 そんな特徴を生かし、逃げ馬を見ながらクシナダエンプレスは徐々にスピードを上げていく。ここで見えない仕掛けを施すのがアドバンスに入ってからのクシナダ流。逃げる選手を翻弄するかのように後ろから突いて行くのだ。逃げる方からすれば出来る限り離したいので迫られるとスピードを上げてしまう。それがフィールドの下りが作用して思う以上にスピードが上がる。


「くっそ……アイツ感情が死んでても走りは健在かよ。最後尾にいるくせにビンビン殺気が飛んで来てるじゃないか。ていうか、他の連中は感じてないのかよ。幻聴で足音が聞こえてきそうなくらいなのによ!!」


 クシナダエンプレスは、逃げ馬が登坂で苦労してスピードダウンしたところに圧力を掛けに行く。一息つきたかった先頭を走る逃げる選手だが、ここでスピードを落としては勝ち目がないので行くしかないが、息も入れられない状況では遅かれ早かれ破綻が目に見えていた。それでも行くしかないと二度目の下りとコーナーを利用してのスピードアップを試みた。


「ハッハッ。脳内戦がいかに甘かったか思い知らされるぜ。菊華賞を思い出す」


 クシナダエンプレスは背後の気配がドンドン大きくなるのを感じ取る。


「こんな馬鹿げた存在から意識を逸らせていたオレは特大のマヌケだぜ。でも、今日は一切気を抜かねぇ。分かるぜ、今から動くんだろ? 鏡都の再現だ。下りを利用してくるんだろうが、そうは問屋が卸さねぇ」


 クシナダエンプレスがあり得ない早仕掛けをすると、逃げていた選手は食い下がれない。二枚腰を使おうにもタイミングを崩されては無理筋である。それ以上に道中圧迫されて息を入れられていないので、例えタイミングよくスパートしてもそれほどスピードは上がらなかっただろう。


「来てる、来てる、来てる!! 背筋が凍るってこんな感じかよ! 菊華賞じゃ、意識の死角から差されて一気に躱されたから感じる暇がなかったが、これは洒落になんねぇよっ!!」


 もうすぐ直線に入ろうかという緩やかな下り坂。

 スピードは緩むどころかますます加速する。いや、している筈なのに聞こえない筈の足音がドンドン大きくなっている。アドバンスで戦っていてこのパターンなればクシナダエンプレスは無敗だった。魔剣記念(EXⅠ)すら完封勝利だった。



「なんなんだよ!! オレはバテてないし、新造破りの坂なんだぞ! くそった――!!!」



 クシナダエンプレスはあまりの恐怖に首を少し捻って視線を背後に向けようとした。

 正確に言えば、首を捻ろうとした瞬間に視界に飛び込んできたのだ。


 カタストロフィックブラッドが。

 口角を少し上げてニヤリと笑うと少しだけ口を動かして何かを言っていた。


「わっかんねぇよ!!」


 クシナダエンプレスは反射的にそう叫んで少し後悔した。背後を確認できる余裕などどこにあったのかと。それが出来る程、望んだ頂きは低かったのかと。


「笑いやがって、楽しいのかよ!!」


 吠えながら限界を超えての加速を試みるクシナダエンプレス。


「楽しいに決まってんだろうが!!!」


 ポロッとでた自分の言葉が真理を突いていたと感じ、更に吠える。カタストロフィックブラッドが小さく呟いた言葉は何だったのか。きっと『楽しいね』だった筈だと思い至る。


「楽しいからこそ! 勝ちたいって思うんだろが!!」


 迫る恐怖を捻じ伏せて一歩。


「菊華賞の後悔を知るからこそ!!」


 後悔を知り、無くしたモノを取り戻すための一歩。


「前哨戦はアンタに勝って次に繋げる!!」


 限界を超えて踏み出す一歩。


「そして、今度こそ、EXⅠでアンタに勝つんだぁぁぁぁぁ!!!」


 クシナダエンプレスは最後まで背後に足音を聞き続けた。

 後年、不屈の撃墜王エースと呼ばれる彼女の心に残るレースとなる。



 繰り広げられた死闘に大歓声が届けられる。

 様々な思惑が入り乱れた舞日桜冠が終わりを告げた。


 舞日桜冠(EXⅡ)芝1,800m

 1着 クシナダエンプレス

 2着 カタストロフィックブラッド





 勝利したクシナダエンプレスは、インタビューでこんな発言を残す。


「これだけは言っておくぜ。最強はアイツ、カタストロフィックブラッドだ」


「オレ達の三冠を否定する奴がいるんだろ?」


「だったら、アンタらが言う真の三冠とかいう人形が“マグレ”で誕生したらボッコボコにしてやるよ」


「だが、オレの目標はアイツで、本番は天王賞(秋)だ!! 今度こそ、オレが勝つからな!!」


 勝利インタビューがまるで敗者コメントのようだったと一躍話題になった。

 また、昨年の菊華賞前を彷彿させる提灯記事が大発生するというバトルターフの闇の一面が浮き彫りになったのである。











――― out of noises of the world ―――





「やはり感情の及ぼす影響は見過ごすには大きすぎるということかね?」


「そうなりますね。あくまでも私の研究所のデータにおいてはですが」


「確かに影響された個体も現れたようですし、感情プログラムをもう一段階進めてもいいのでは?」


「待って頂きたい。新世代の成果が出る前にあまりにも拙速ではないだろうか。感情制御における能力拡張は、感情解放における能力向上に劣るものではない」


「確かに安定性という面から考えれば感情制御の優位性は認められる」


「そうはいうが、感情解放の爆発力は不安定さを補って余りあるものではないか?」


「安定が愚者を生み出し、愚者が多様性を否定する。そう結論付けたからこその感情開放計画の再起動だったことをお忘れか?」


「そう言われれば返す言葉もないが、だが、いや、だからこそ、愚者でも深淵に到達しうる拡張性を付与した感情制御こそが重要ではないのかと愚考する」


「然り。生命の創造と言う領域に踏み出したからこそ、不用意な感情解放がどのようなハレーションを起こすのかを危惧するか」


「それは議論が終わった筈だ。人でありながら人とは違う時間で生命を全うさせるという事で」


「議論が終わった事が真理に到達したと同義ではない。だが、不用意な蒸し返しも生産性がないとも言える。第0080新造人種計画は進行中である。基本骨子は歪めるべきではない」


「そうであるな。些か、性急であったようだ」


「では、私は感情解放のデータ収集に努めることにしますね。使える協力者も出来ましたし、相応の結果はだせると思いますよ。それではまた」


「あれが例の者か?」


「であるな。摩耗して再構築された一番若い管理者であり、感情解放を研究し続けて体系化した者だな」


「まあ、我らが言えた義理ではないが少々やりすぎると前々から問題になっていた」


「成程。それで黴の生えた感情制御が息を吹き返した訳か」


「それは侮辱ととるがよろしいか?」


「そう怒るな。言葉の綾である。そうだな、感情制御に黴が生えているなら、感情解放は呪われし禁忌となるのだろうな」


「我らが禁忌を犯していると?」


「だから言ったであろう、言葉の綾だと」


「新造人種計画は我らの悲願であり、神代の真理、異界の深淵を読み解くことで未来への道標とすること。そこに思考の優劣はなく、手段の貴賤もない、ただ意志だけが存在する」



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