勇者の理由とボクの決意②

 なんでボクが恩賜品なの!?

 そのことについて、城内に用意された部屋へと向かう途中で勇者様に抗議した。

 部屋への案内は、侍女さんがしてくれている。

 ボクは勇者様の後を追い、取り消してもらえるように頼み込んだ。ところが、本人は「マスコットみたいで可愛いから」とか言ってはぐらかすんだよ?

 おかしいよね?

 ボクは聖者候補生で魔力量はあれど、それほど役に立つとは思えない。

 むしろ、役立たずだと思うんだ。



「勇者様、なんでボクなんですか? 納得がいきません‼」

「なんでって……。勇者一行に加われるんだよ? 物語の主役になれたみたいでいいじゃないか」

「それは確かに憧れますが、だからと言って『ボクが恩賜品』だなんて……」



 と言いかけた途端、勇者様が振り向いた。

 どうしたのかと尋ねるようとしたけど、それよりも早く口許に人差し指をあてがわれてしまう。

 それは、黙るようにとの勇者様からのお達しだった。



「確かにあの場では不躾ぶしつけだったかもしれない。だけど、ある意味キミが私をこの世界に呼んだんだよ?」

「……ボクが?」

「あの状況をよく思い出してほしい。キミは、みんなが魔族に襲われて、勇者召喚もできなくなる状況でキョーカと共に召喚を敢行した」

「そうです。そして、アナタが呼ばれた」

「つまり、召喚の中心的な役割を果たしたのは言うまでもなくヨシムだよね?」

「それはそうですが――」



 勇者様の言うとおりかもしれない。

 ボクが「儀式を続けましょう」なんて提案しなければ、この人がこちらの世界に来る事なんてなかった。

 だから、それに対して勇者様は怒っているのかもしれないし、責任を求めているのかもしれない。

 ボクは返す言葉もなく、つい黙り込んでしまった……。

 ところが数秒して、なぜか頭を撫でられた。ボクを撫でたのは、言うまでもなく奈緒様で、落ち込んでいるボクを励ましてるみたいだった。



「心配しないで。私は、ヨシムを責めてるわけじゃないんだ」

「じゃあ、どうして……?」

「最初に言ったでしょ? 現実……つまり、私が私の世界での暮らしに退屈してって」

「そういえば……。アレって、どういう意味なんですか?」



 ボクが尋ねると、勇者様は口許に人差し指を当て、「うーん、そうだね」と考え込む仕草を見せた。

 でも、その瞳は別の何かを見ている。

 ボクには、それがなんなのかまったくわからない。けど、勇者様はまるで此方の世界に来れたことを喜んでいるみたいだった。

 勇者様がチラリと侍女さんの方を見る。

 かと思えば、ボクの方を向き直って何かを言わんとしていた。



「とりあえず、話の続きは部屋でしようか」






 たどり着いた部屋は、ボクの部屋なんかより立派だった。

 さすがは、お城の客室。

 カーテンから調度品にいたるまですべてがゴージャスだよ。

そんな部屋を見回しながら、勇者様が部屋の中央へと突き進む。

メイドさんは必要最低限のことを告げると、



「では、ごゆっくり」



と言って扉を閉めて去っていった。

 ボクは勇者様に付き従う形で部屋の中央へと進み、スラリとした肢体の真横に立った。

 チラッと勇者様を見る。

 改めて見る勇者様は、チビなボクと比べて身長も高く、身体の肉付きだっていい。

 これで男の子じゃなくて、女の子だって言うんだから、うらやましい限りだよ。

 対面に立ったボクは「あの……」とさっきの話をせかすように切り出した。



「私ってさ、顔がいいじゃない?」

「ご自分でおっしゃるんですか、それ」

「アハハハ、まあいいじゃない……。とにかく、そういうこともあって周囲の黄色い声が耐えなかったんだよね」

「それのどこがいけないんですか」

「うーん、みんな私の見た目ばかりで、中身を知ろうとしないことかな」



 その話をした途端、勇者様は右手の窓を向いた。

 背後からのぞき見るその顔は、どこかはるか遠い場所を見ているようにも思える。

 それで、ボクは気付いてしまった。



 ああ、そうか。

 この人は空虚だったんだ。

 この人は寂しかったんだ。



 ――と。

 でも、どうしてそれがボクを欲することと繋がるんだろう?

 やっぱり、わからないや。

 続けざまに勇者様が語りかける。



「ウチはさ、こっちの世界で言うところのお貴族様みたいな金持ちで使用人なんかもいる家だったんだ」

「それだけ聞くと、なんだか嫌みにしか聞こえないですよ」

「最後まで話を聞くものだよ。とにかく、両親も優しい人で不自由はしなかったんだけど」

「……だけど?」

「なんというか、みんなに見てほしい部分を見てもらえなかったんだよね」



 それだけ聞くと、恵まれているのに満足していないことのように思える。

 とはいえ、勇者様にとっては違うのかもしれない。



「例えば、宝石や金細工でかたどった箱があるとするじゃない? でも、それは外見の話であって、中身は何かを入れるかで変わる」

「勇者様の箱には、何が入っているんです?」

「ないよ」

「……え?」

「何もない。装飾された私の心という宝箱には、何にも入っていないのさ」



 勇者様がそう告げた途端、寂しそうな顔が浮かんだ。

 さっきボクが思ったとおり、この人は向こうの世界で何かあったのかもしれない。そして、その何かに耐えきれず、ボクたちに召喚された。

 しかも、不条理なはずの『勇者になる』というボクたちの願いを簡単に受け入れて……。

 それが「現実に退屈していた」という理由につながっているんだと思う。

 ボクは、勇者様が抱えている事情の一端を垣間見たようで、なんだか複雑な気分になった。



「これでわかったでしょ? 私が現実を退屈だって理由」

「わかりましたけど……」

「けど? まだ何かあるかい?」

「勇者様はそれで良いのですか? 向こうにいる家族や友人の皆様が心配してらっしゃるのではないですか!?」

「……誰も心配なんかしてないよ」



 不意に冷めた声が発せられる。

 その顔には、凍てつく氷のような表情が浮かんでいる。さっきまでのボクをからかうひょうきんさはまったく感じられない。

 それほどまでにあっちの世界に興味がないということなのかな?



「ついては、ヨシム。キミには、私が勇者になる理由になって欲しい」

「ボクがですか?」

「さっきも言ったけど、キミが私をこの世界に召喚した以上、その責任は果たされなければならない」

「責任……」

「だから、キミも魔王討伐に参加する義務がある―― 一緒に来てもらうよ」



 そう言われて、ボクは人生最大の決断を迫られた。

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