第4話 桜の大樹

いつも通りにすすむ授業。


教師のどうでもいい雑談話。今日は、「自分が経験した旅行先での失敗談」という誰も聞きたくない話を、授業の合間合間に語り出す。


うざったいな。そう強く思う。


授業が面倒臭くなり、ノートを綴る手を止めて、朝の出来事を思い出す。


脳裏に焼きついた、竜華の横顔——それを思い出したとき、ある映像が視界に現れた。





ここは……。


見たことがない光景の中を旅をしているかのような感覚だった。だが、映像を俯瞰で見下ろす幽体離脱みたいな状況だった。


見えるのは居酒屋。サラリーマンやOL、大学生などが、酒を片手に談笑している。


その中に二人、俺のよく知る人物がいた。


一人目は竜華だ。カッターシャツとスーツのパンツ姿という服装。顔もかなり大人っぽいし、酒を煽っているので……もしかすると社会人かもしれない。


二人目は——俺だ。気怠げな表情で竜華の雑談に付き合っている。カッターシャツに青のネクタイ。焼き鳥を口に入れながらビールを飲んでいる。竜華と同様、社会人なのだろう。


竜華と俺の会話の内容が聞こえる。


「今度のデート、場所どこにしますか先輩?」


「そうねー。無難に浅草とか?」


「無難すぎませんか?」


「じゃあ神奈川とか行く?」


「いや……夜桜を見に行きませんか」


「いいかもね……夜桜」


そんな会話を楽しそうにしていた。





「おい、起きろよ。安東」


教師の声で目覚める。俺は机に突っ伏して寝ていたようだ。


……夢だったのか。


でもあの臨場感……あれが明晰夢というやつか。

たしか明晰夢って睡眠中に自分が夢を見ていると自覚しているもの……だったはずだ。人生初の体験に驚いた。


そして俺は後悔した。その理由は眠っていたせいで三限の授業が終了してしまっていたからである。

——ここの問題……テストに出る確率結構高いんだけどな……。


テストの点数は絶対に学年上位十位以内でないといけない。そのわけは将来、国家公務員になりたいと考えているからだ。一流大学に行くために勉学を励まなければならない。いい大学には高い学力が絶対条件である。


「そんなんじゃ一流は無理だぞ。いいとこ二流だな」

他の生徒が大きく笑った。

人のことを馬鹿にして楽しいのか。奴らは面白ければなんでもいいのか。その場の空気に合わせて楽しいのか。

歯を食いしばって湧き上がる怒りをぐっと堪える。



全ての授業が終わったので俺は鞄に荷物を詰め、帰る準備をしていた。


「なぁ、凛。少し話いいか?」


声をかけてきたのは坂上だった。深刻そうな表情をしている。


「いや、無理だ。帰って今日の復習をやらないとさ。ほら授業中眠ったからさ……一流大学目指してんのに居眠りとかありえないだろ?  だから帰って勉強しないとさ」


言い終えると坂上は俺の手首を持って引っ張った。


「いいから来い」


教室を出て廊下の人垣を避ける。坂上は俺を


屋上へ連れていくために階段を登った。


「ちょっ。いつまで手首掴んでんだよ!」


坂上は扉を開けると新鮮な空気が顔面に触れた。


ようやく手首を解放した。俺はきつく坂上を

睨む。


「見ろよ、あれ」


坂上が指をさした方向をなぞるように見る

と、桜の大樹がなぜか屋上に現れていた。


綺麗な桃色の花。タイルの上にはツタが這っている。


不思議な現象に俺は息を呑んだ。


「これを見つけたのは恵美だ。屋上に飯を食べに行くときに見つけたんだとさ。そのとき一緒にいた友人には見えていなかったらしい」


「ほんとかよ」


「これが嘘に見えるか?」

俺は目を何度も擦るが、桜が消えることはなかった。








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