第3話 会話

電車に揺られて、俺は車窓から見える海を眺めていた。


車体の振動と同時に、掴んでいる吊革が少し揺れる。


ドアの周囲に固まっている数人の女子高生。制服を見る限り、阿賀宮高校ではない。他校生だ。


他には、吊革を掴む手とは逆の手で、スマホを操作して、画面を熱心に見ているサラリーマン。

OLは化粧をしている。あまり顔立ちは良くないのが分かるが、それを見て、「どうせ無駄ですよ。化粧なんかしたって」と言う非常識な奴はいない。


全てが当たり前の日常。


よく歌の歌詞には日常に感謝を謳うものが多いが、わざわざ、そんなことするやつは、現実世界ではなかなかいないだろう。結局、そんなもんだ。失って初めて、痛みとともに、後悔とともに、日常に感謝するんだ。


停車駅に着いた。


俺は意味のない妄想をやめて、歩き出した。電車から降りようとする人流と一緒に。




駅の改札を出ると、ゆらゆらと目の前に桜の花弁が舞い落ちた。


「——凛君」


甘い声に反応して、俺は振り向く。そこには竜華が微笑みながら立っていた。


改めて、竜華の神出鬼没に驚く。ミステリアスのかけらも無いはずで、どっちかというと秘密を持っていなさそうな印象を俺は受けていた……。でも思った。何か秘密があるのではないか、と。会うたびにニコニコと笑う。なぜか初対面から俺の名前を知っていたことを念頭に置いて考えてみる……だが馬鹿な俺には分からない。人の裏すら考えられないアホな俺の思考力にはそもそも限界がある。


かと言って、聞いてみる度胸はなく。


「おはよ、竜華先輩」


「うん、おはよ。凛君」


と、挨拶を交わした。


いっときの沈黙が訪れる。


「一緒に、学校に登校しませんか?」


竜華は照れる素振りすら見せず、そう言った。俺は躊躇った。理由としては一緒に登校したい気持ちとやめておきたい気持ちが半分ずつあったからだ。

初めてできた好きな人。その人と一緒に登校するというのは学生が皆抱いている、夢の一つではないだろうか。もちろん、俺もその夢を持っている。

遠慮しておきたいのはなぜかというと、理由は簡単。校内で変な噂が流れるてしまうのを避けたいからだ。かなり美人な竜華。隣で歩いているだけで目立ってしまう可能性はあった。俺はなるべく波風立たせずに普通の学校生活を送りたいのだ。


で、しばし考えた。そして出た答えが、「校門までなら一緒に登校できる」というもの。校門までなら、生徒の数も少ないからだ。


「わかった。じゃあ早速行こうよ」


歩き出す。俺は竜華の歩くスピードに合わせる。自分は少しこのペースが遅いと感じているが、竜華はそのことを気にも留めず、話し出した。


「私、桜が好きなんだよ」


ふと、横顔がとても綺麗だった。滑らかな肌に濡れた瞳。整った全てのパーツは改めて目を引くものがあった。


「僕も好きですよ。桃色の優しい色と蕾がいいですよね」


その言葉に同意するように頷く竜華。


「私、好きな人がいたの。その人は交際五年目で、結婚の約束までしていたのに、私を残して死んだ」


「……」


竜華は少し俯き、手を握りしめる。悲しみの波が過ぎ去るのをぐっと待っているかのようだ。


「こんな話、凛君が初めて」


竜華はそう言って無理やり笑顔を作る。俺はその表情を見て、かける言葉を失った。


「凛君は、好きな人とかいるの?」


唐突な質問。俺は少し考える素振りを見せる。


正直にあなたが好きだと告白をする。とか、そんな勇気はないから……だったら嘘をついたらいい。


「いない。気になってる人ならいますけど」


「——そう」


校門の前に着いた。


「じゃ、また」


俺に手を振る竜華。こちらも振り返す。


天から一枚の桜の花弁が降ってくる。それを掴む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る