第63話 心残りは積もるばかり
しかしこればかりは忘れたり出来ない。ずっと運命を変える日を待ち望んできたのだから。
初夢に出た
そして
「明日はできる限り家に居たいから、今日プレゼントを探しに行こうか」
「えー、今年は用意してくれてないの?」
「一昨年のネックレスや去年の腕時計は、今も大事に着けてくれてるし、今年はそれに合いそうな色の物を、千紗ちゃんの目で選んで欲しいんだ。来年はまた俺が準備しておくから」
二人の絆を強める為に、俺が温めていた提案である。材質や形だけでしか選択出来ない俺に、千紗が見た彩りが組み合わさる事で、贈り物の価値を高めていく。あえて時間を掛けていけば、翌年の期待感に二人で生きる希望も湧いてくる。
そんな俺の思惑など彼女は瞬時に見抜き、良い笑顔を見せてくれた。
「それいいね! じゃあ今日はうちが候補を探すから、最後は一緒に決めようよ!」
「うん、そうしようか」
こうして街へ繰り出し、二時間程で千紗に良く似合うピアスを購入できた。
だが店を出た直後、不意に強烈なめまいに見舞われ、その場に倒れ込んでしまう。
前兆など何も無く、疲れが溜まるような動き方もしていない。視界がチカチカと点滅するように光り始め、全身に力が入らなくなり、床にうつ伏せになっていた。
次に意識が戻った時には、しばらく世話になった病室におり、ベッドでもたれ掛かって眠る千紗は、プレゼントを握りながら涙の跡を残していた。
また再発でもしたのだろうか。
「うぅ……ん。
あ、錬次くん! 体調はどう⁉︎」
「おはよう千紗ちゃん。
ちょっと頭がぼーっとするくらいだよ」
「よかったぁー。
突然倒れたから、本当にびっくりしたよ」
「俺は救急車で運ばれたのか?」
「うん。うちが呼んだの。
一時的に脈がすごく弱まってて、危なかったんだよ」
彼女によると、身体を調べても異常は無く、腫瘍も再発していないらしい。
ただ心拍数が急激に弱くなり、衰弱しそうな状態だったという。
この事態を起こしそうな原因はひとつしかない。
「錬次が消えたのかも……」
「二色さん、
彼の意識が消えたら、肉体にも影響が出るのかな?」
「分からないけど、それ以外に思い当たる節が無い」
「そうだね。
とりあえず今日は入院で、明日また検査するって」
「………ごめん。明日は君の誕生日なのに」
「あなたは気にしなくていいの!
また明日もここに来るから。
そしたら一緒に帰ろ?」
もしこれが錬次に関係してるなら、先日の時点で大人しく消えてくれればと、本気でそう思った。
なんでこんなにピンポイントなタイミングで、入院なんてしなきゃならないんだよ……
「君はなんでいつも、そんなに聞き分けがいいんだ?
少し不安になってくるよ」
「わがままを言った方が、あなたは救われる?」
「……どんな君でもいいよ。
千紗ちゃんさえそばに居てくれれば、それが救いだから」
「じゃあうちの好きにする。一番好きでいられる自分で、ずっとあなたのそばに居る。だから不安にならないで」
「千紗ちゃん……愛してる」
「うちもあなたを愛してるよ。
そんなに泣かないで……」
こんなに一途に想ってくれてるのに、涙を堪えるなんて無理だった。嬉しいのはもちろんだし、肝心な時に崩れてしまう自分が悔しい。
強く抱きしめ合っているこの時間が、そう長くは続かないと思うと、離す事なんて出来なかった。
この苦しみや恐怖が生まれ変わりの代償だとしたら、あまりにも大き過ぎる。
「生まれ変わってここにこられて、本当に良かった……」
それでもこの一言が最も本音に近く、今の千紗に伝えたい言葉だった。
聞いた彼女は身体を震わせ、初めて耳にする子どもみたいな高い声で大号泣し始める。
どれだけ我慢させてきたかを考えれば、まだ吐き出し切れたりはしないだろう。
「錬次くん、うち……今、心の底から嬉しい。
頑張ったこと、全部、報われた気がする……」
涙を零しながらも、彼女はまだ俺の為に嘘をついている。それはどんな慰めよりもあたたかくて、とても優しい嘘だった。
「まだ報われてなんかいないだろ。その指輪の約束と、シワシワになった君の姿も見せてくれよ」
「……ばか」
そう言いながらキスをしてきた彼女の顔は、目の下に黒いスジができるくらい、メイクが溶けてしまっている。
病室の鏡で化粧を直した彼女は、また明日と言って帰っていった。
病院のベッドで過ごす夜は心細い。いつまで経ってもこの時間だけは慣れない。
だから毎回布団を頭まで被り、まぶたを強く閉じる。
「まだ消えてはいなかったか、錬次」
「ごめんな
「いや、お前のせいにするしかなかっただけだ」
「あと一日。いや、数時間かな」
「お前が残れる時間か?」
「あぁ。俺の余命だな」
またも夢の中に出現した錬次は、この前よりも儚い気配が確かにあった。本当にこれで終わりなのだろう。
この場にありもしない空を見上げ、目の前の男は独り言のように呟き始めた。
「最期に
「そんな風に自分の希望を語るのは珍しいな」
「すまん、忘れてくれ。
もう死ぬのだと思ったら、ついな」
「いや、叶えてやるよ。最期の望みくらい」
浮気の真相はほとんど判明したようなものだ。錬次と一美が大杉店の前に二人で居た理由。それは消えかかっている本物の錬次の願いだったのだろう。
錬次が俺をこの世界に呼び出したおかげで、千紗という最愛の人と巡り逢えた。再び元気だった妻と楽しい時間を過ごせた。これだけで充分、彼に恩返しをする理由になる。
なんとしてでもそれくらいは叶えてやりたい。
「叶えるって、どうするつもりだよ?」
「俺が知ってる未来に逆らわずに動く。
お前と一美が一緒に居る光景を、俺は知っているからな」
「それじゃ最悪の未来に向かわないか?」
「すでに命日の予定は変えてある。
この世界の千智は死なないはずだ」
「……すまない。ありがとう千智」
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