第54話 偶然な様で必然とも思える状況

錬次れんじくーん! 遊びに来ましたよー!」

 

「久しぶりだな一美ひとみ

 でも職場でその呼び方はやめてくれ」

 

「すみません。嬉しくてつい!」

 

「元気そうで何よりだけどさ」

 


 五月の半ば。

 GWゴールデンウィークを過ぎて、アパレル業界にとっての閑散期に入り始めたこの時期に、一美は嬉々として俺の職場へとやって来た。

 まぁ事前に連絡を取り、こちらとしても待ち構えていたわけだが、唐突な馴れ馴れしさは要らぬ誤解を招く。俺に千紗ちさという彼女がいるのは周知の事実だし、特に後ろの人は疑うだろう。

 


「一美ちゃん、めっちゃ久しぶり! 

 いい感じに可愛く成長したなぁおい! 

 俺の嫁になってくれ!」

 

「おい社長兄貴。

 そろそろ目ん玉くり抜きますよ?」

 


 俺との関係性を見る以前に、一美の成長っぷりをいやらしい目で背後から見ていたみたいだが。

 どこまで本気か分からんコイツ。

 


「え、もしかしてお兄ちゃんのお兄さん⁉︎

 すんごいご無沙汰じゃないですかー! 

 元気してました?」

 

「もう見ての通りよ! 

 錬次に分けてやりたいぐらい、元気が有り余ってるさぁ! てかその呼び方も懐かしいなー」

 

「あんたからエネルギー貰うくらいなら自決しますわ。

 あとお兄ちゃんのお兄さんって、すげぇアホっぽいぞ」

 

「あはは! ずっとこう呼んでたんですよー。

 全然変わらないですねぇ遼一りょういちお兄さんは!」

 

「昔っからこんなんなのかよ。弟が不憫だわ」

 

「毒突くねぇ錬次。

 一美ちゃんが来てくれて上機嫌じゃん」

 

「そんなんじゃないですけど……」

 


 本当に他人のペースを乱すというか、良くも悪くもブレない人だ。兄貴と一美が揃うと、うるささも倍増しそうだな。

 


「新卒社員としても少しは慣れてきたか?」

 

「そうですねー。やっぱり数字や機械見てるよりも、売り場でワイワイやりたいのになぁとは四六時中思ってます!」

 

 そりゃそうだろうな。入りたての頃からは成長していても、彼女の持ち味はその人柄だし、裏方では退屈もするだろう。

 その割には来た瞬間から変わりなくて、なんだか拍子抜けだ。

 


「そうか。でもあと二ヶ月ちょいでまた現場仕事も多くなるはずだから、もう少し頑張れよ。君なら大丈夫だから」

 

「はい! 

 錬次くんが言うなら間違いないですね!」

 

「その辺の占い師よりは当てにしてくれていいぞ」

 

「占い師のお仕事取っちゃダメですよー!」

 


 こうして笑い合うのは何ヶ月ぶりだろう。退院後も一度だけ千紗を交えてお茶したけど、その時の俺はまだ若干落ち込んでいた。色の見えない世界の退屈さと、それによって千紗に気を遣わせているのが申し訳なくて。

 またこんな風に自然に笑えるようになったのは、しゃくだけど兄貴の影響が大きい。

 


「へー、なんか二人ともあんま変わんないなぁ」

 

「ん? なにがっすか?」

 

「俺の見てきた子ども時代の二人とだよ。

 一美ちゃんがあんまり変わらないのは理解出来るけど、錬次からの接し方も本当に兄妹愛みたいな雰囲気がある。不思議なもんだなぁ」

 


 だから妹として割り切ってると言っているのに。それを疑いたくなる気持ちも分かるけど、客観的に見てもそうなら何も問題は無い。そう言い切れる日もきっと来る。

 


「私にとってはやっぱりお兄ちゃんですからねー。

 あ、遼一お兄さんは違いますけど」

 

「え、なんで⁉︎ 俺なんかした⁉︎」

 

「やっぱりお兄ちゃんたるもの、落ち着きがあって誠実な心構えが大事ですよねー! 

 頼りがいがあります!」

 

「あー、もうかすりもしてないじゃん兄さんなんて」

 

「ひどい! 俺だってムードメーカーとして頑張ってるよ⁉︎」

 


 一美と兄貴の関係性についてもある程度分かってきた。恐らくお互いに程々の距離感は残したい感じだ。


 こんなやり取りを暇な営業中に続けていると、唐突に兄貴から視察の依頼が入る。

 


「そうだ錬次。

 ちょうどお前の目で見てきて欲しい家がある」

 

「お、いいですよ。どの辺りですか?」

 

「ちょっと遠いんだ。

 ここからだと九駅分かな?」

 

「電車で片道三十分くらいですかね。

 たしかにそこそこ遠いですね」

 

「だから一美ちゃんと一緒に見て来てくれ。

 錬次一人だと心配だし、駅からも少し離れた場所にあるんだ」

 


 そう言って渡された書類に目を向け、瞬時に驚愕した。

 色を失った俺でも、写真に映る色彩が鮮やかに浮かび上がっている。

 


「……なんで、ここに一美と?」

 

「あん? まだ話したいだろうけど一応仕事中だし、これなら二人が見てきた感想が聞けるだろ? 

 それだけなんだが」

 

「本当ですよね? 

 あんたも弟みたいに、何か特別な能力持ってるとか言いませんよね?」

 

「言わないよ? 俺ただの凡人だもん。

 そんなすごいことしたの?」

 


 ただの凡人? これが偶然なのか? いや、この出来事があったからこそ、俺の記憶にある未来に繋がった可能性が高いか。

 


「詳しい話は戻ってきたらします。

 一美も一緒に行けそうか?」

 

「もちろんですとも! 

 なんだかワクワクしてきました!」

 

「じゃあ付き添い頼むわ。

 とんでもない所に踏み込んでたりしたら、すぐに警告してくれ」

 

「はい! 私が錬次くんの目になります!」

 

「いや見えてないってわけじゃないからな」

 


 疑念を残したまま営業所を出るが、僅かばかりの胸の高鳴りも感じている。この場所に行くのは転生後初めてだし、現状ではどうなっているのか。

 まだ千智ちさととして知る前のこの時期に。

 


「どうしたんですか? 

 その深刻そうな顔も見慣れましたけど」

 

「深刻に見えたか?」

 

「えぇ、そこそこ。

 これから行くお家、ご存知なんですか?」

 

「あぁ、よく知ってるよ。

 思い出深い場所だからな」

 


 俺の人生の中で、これほど記憶に刻み込まれた家はない。

 千智としての俺が最後に暮らしてた場所。結婚半年前から同棲を始め、妻との新婚生活を共に過ごした我が家。それが今から視察に行く家だ。

 そこに一美と二人で出向くなんて、正直ただの偶然だと割り切るのも難しいが、今はただあの場所に帰りたい。

 

「おーい、錬次くん? 

 大丈夫ですか? 

 とりあえず前見て歩かないと危ないですよ」

 

「すまん、考え事してたわ」

 

「昔住んでたお家なんですか?」

 

「惜しいな。未来で住んでた家だよ」

 

「それ錬次くんにとっては同じ意味じゃないですか!

 屁理屈だー! むぅー!」

 

「そんなにほっぺ膨らましたって、可愛いだけだぞ?」

 

「ふーん! 可愛く見せてるんですよーだ」

 


 すでに築半年近く過ぎているが、立地が良くないせいか借家のまま残っている。一美達が同棲するまでに少なくとも半年以上の期間があるわけだが、このまま誰も住まないなんて事があるのか?

 そんな疑問も抱きつつ、駅のホームで電車を待っていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る