第52話 それを知るのは見てきた俺だけ

 突然遼一りょういち兄さんに呼び出されて部屋に入った俺は、彼の第一声から気まずい予感がしていた。

 そして、何食わぬ顔で投げられた質問に対して身体が硬直し、返事に頭を悩ませる。

 親にも気付かれていないはずなのに、いったいどこでボロを出した? 

 兄貴に対する接し方が違ったのか? 

 考えたところで答えは出ず、誤魔化しも無駄だと判断した俺は、気を引き締めて会話に臨んだ。

 


「なんで錬次れんじじゃないと分かったんですか?」

 

「やっぱり別人だよな。

 なんか雰囲気変わったなぁと思ったんだけど、確証は持てなかったよ」

 

「口から出任せだったんですか?」

 

「それもちょっと違うな。

 錬次が特別な奴だと知ってるのは俺だけなんだ」

 

「特別? なんの事ですか?」

 


 飄々ひょうひょうと受け答えする兄の言葉からは、結局俺の求める回答が一向に表に出ない。ただの能天気野郎かと思っていたのだが、意外に食えない男なのかもしれないな。

 そんな疑念の目を向けていると、兄貴は口角を上げながら話し出した。

 


「でも君は錬次の友人か何かだろう?」

 

「まぁ一応。同じ職場で働いてました」

 

「そっかそっか。

 今も錬次は体の中に眠ってるのか?」

 

「そんな事まで知ってるんですか⁉︎」

 

「いや、そんな気がしただけさ。

 なるほど、ついに自分の体でもそれをやったってわけか」

 


 一人で勝手に納得しているが、まるで話は見えてこないままだ。

 しかし一つ分かったのは、錬次の力によって転生させられたのは本当らしいと言うこと。

 その証拠に、この兄貴とは現実離れした会話が成立している。

 この兄弟は何者なんだ……

 


「俺は未来の世界で死んだ直後に、魂だけがこの体に取り憑いたみたいなんですけど、それについて何か分かりますか?」

 

「未来⁉︎ 

 君は未来から来た錬次の同僚なのか⁉︎」

 

「まぁそうですね。

 今より三年ちょい先で事故死しました」

 


 初めて目の前の男が驚いている。

 全て理解しているというわけではないのか、それとも俺のケースが特殊なのか。

 


「あいつはさ、猫が好きだったんだよ」

 

「猫? 錬次がですか?」

 

「そうそう。そんで錬次が小学生になる前と、低学年の頃の二回、あいつの目の前で可愛がってた猫が死にかけたの。どっちも車に撥ねられてな」

 

「はぁ。俺も車に撥ねられました」

 

「それは気の毒だったな。

 でも錬次が虫の息の猫を抱き抱えると、くたばりそうだったのが嘘みたいに走り回ったんだよ。それを見ていたのは俺だけ。

 正直何が起きてたのかは分からん」

 


 開いた口が塞がらなかった。

 二度も死にそうな猫を蘇らせるとか、最初はなっから人間技じゃない。

 そんなとんでも能力、フィクションでしか聞いた事ないぞ。

 


「怪我を治してたんですか?」

 

「まぁ怪我も治ってたけど、ちょっと違う。

 あいつは魂を呼び戻してたんだ」

 

「なんでしたっけそれ? 

 ネクロマンサー?」

 

「あー、当たらずとも遠からずか? 

 でも決して救いのある力ではなく、あいつはが呼び戻せる魂は体の持ち主とは違ったんだよ。死にかける前の猫は俺達に懐いていたのに、いきなり性格が変わったように素っ気なくなってしまったからな」

 


 それで自分が死にかけた時も、本人ではなく俺の魂が引っ張られたのか。

 周りにとって元気な姿を見せられても、中身が別人では確かに誰も報われない。

 強いて言えば俺だけはとりあえず救われているが。

 


「それって死にかけてた猫も、可愛がってた錬次だって嬉しくないですよね」

 

「あぁ。だから力を使うのを辞めさせた。

 でも君に対しては使わざるを得なかったんだろうな。何か未練があったんだろう」

 

「たぶん一美ひとみへの想いですね。

 同じ職場で働いた後、未来の俺は一美と結婚したんですよ」

 


 またもしっくりきたような顔をした兄貴は、ポンと拳と手のひらを打ち鳴らす。

 


「そういえば一美ちゃんが帰ってきてるって言ってたな。

 なるほどなるほど。弟が力を使った理由と、君が選ばれた要因が少し分かったよ」

 

「だから未練なのでは?」

 

「ただの未練じゃない。

 あいつは誰かの幸せを願って、その力に頼るんだ。

 元気にしてやった猫はどちらも他人の飼い猫で、匂いで分かるのかちゃんと住んでた家には帰ってた。

 飼い主にとっては喜ばしいだろ?」

 

「でも中身が別なら飼い主だって……」

 

「それが君と同じだったらどうだ? 

 未来で飼われてて死んだ猫なら、同じ飼い主にも懐く。自分の行動で喜ぶ人が居るなら、あいつは嬉しいんだ。

 今回は一美ちゃんの為だったんだろうな」

 

「まぁ、一美の未来を変えたいとは強く言ってました」

 


 思い切り猫と同等に扱われていてなんだか腑に落ちないが、錬次が一美の幸せを願っているのは間違いない。そしてそれは俺の願いでもある。今すぐにこれ以上追求する必要も無いだろう。

 


「できればこの事は内密にして頂きたいです」

 

「もちろん誰にも話す気はないよ。

 君は弟の想いを引き継いで頑張ってくれてるんだ。俺も感謝してる」

 

「お兄さん……」

 

「それよりさ、君は仕事を探してるんだろ? 

 俺のところで働かないか?」

 

「え、本当に唐突ですね。

 でも俺、色が見えないんですけど……」

 

「それも承知の上だっての。

 そんな錬次だからこそ任せたい仕事さ」

 


 完全に兄貴モードに入ったのが分かった。

 それにしてもこんな俺でもまともな仕事が出来るのだろうか。

 そもそも兄貴の仕事ってなんだっけ?

 


「あー、俺は不動産会社を経営してるんだけどさ、その受付や現場視察。あとホームページの更新なんかをお願いしたいんだ」

 

「それこそ外観とかちゃんと見れないとキツくないですか?」

 

「逆だよ逆。家を探す人は必ずしも見た目を重視するわけじゃない。周囲の音や匂い、視界がハッキリしないからこその弊害は、君の方がよく分かる。何より接客業をやってたんだし、他人と会話するのも得意だろ?」

 


 言ってる事は分かるし嬉しい提案だが、なんだか口車に乗せられているようでモヤモヤする。

 だがようやく必要とされる職に就けそうで、少しだけ期待感に胸を躍らせるのだった。

 

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