第49話 先に見えた結果なら理をも覆す
目が覚めた病室のベッドの脇には、仕事帰りの
変な夢から覚めたばかりで頭が痛むが、内容はハッキリと覚えている。
しかし未来を変えろと言われても、体が長く保たないならどうやって……?
「また夢の中で
「よく分かったね。
今度は色々聞き出せたよ」
「色々? 何か分かったの?」
錬次からの説明をまとめて聞かせると、彼女は何かを考え始めた。
俺も明日の手術の不安など忘れて、夢の内容だけで頭がいっぱいになっている。
あいつが死にかけた時に見た三つの映像とは、一体なんの意味を持っていたのだろうか。
「一番悲しい未来からあなたが連れてこられたのかぁ」
「まぁ聞いた話からはそう感じるね」
「なんかシュレディンガーの猫みたいだね」
「シュレディンガーの猫?
どういうこと?」
聞いた事はあるが詳しくは知らない。
確か量子力学の概念を証明する為の、思考実験のひとつだったと記憶している。
それが俺の置かれている状況とどう関係するのだろうか。
「箱の中の猫は放射線と毒を使った実験装置によって、開けて観測するまで、生きてる状態と死んでる状態が重なってるの」
「その概念はなんとなく知ってる」
「二色さんの見た三つの映像は、言ってみれば
脚立から落ちて昏睡状態のままの二色さんに会う未来と、あなたが体験した結婚後に事故で夫を失う未来。
最後は事故死せずに二人で幸せになる未来じゃない?」
錬次の話と照らし合わせてもしっくりくる。つまりあいつはどこかで分岐する三つの未来を先に知って、悲しい未来を変えたくなったんだ。
それで俺がこちらに来たのは、その光景に俺が居たからか、もしくは死に切れない俺自身の思いがそうさせたのか。
「もっと言えば、先に箱を開けてしまった二色さんは、結果の世界からあなただけを連れて来た気がする」
「結果の世界?」
千紗の考察をまとめると、まだ存在しない過程の先にある三つの結果を錬次は見た。
その世界はどれも一美の未来だが、そこには俺も存在している。
今の俺はあくまで、もしも死にかけた錬次がこの選択をしたらと仮定された結果の住人で、いわば蓋を開ける前の想定に過ぎない状態の猫。
錬次が二番目の映像を選んだ上で世界が進み、事故死までの運命を変えられなければ、
三番目の未来にも転生した俺が居たのかどうかは分からないが、転生がなければ一番目に繋がりそうなので、幸せな未来への分岐点はまだあると考えられるそうだ。
「ごめん、難しくて半分も理解出来てない気がする……。
だけど千紗ちゃんはよくこんな発想が出てきたね」
「だって不思議だったんだもん。
あなたが死んだ事実はここでは誰にも証明出来ない。
でもあなたは確かに未来を知っている。
もしかしたらその記憶だけが体に宿っていて、実際は転生とは違うものなのかもとか、色々考えちゃうよ」
「でもそういう事考えてたら、俺の存在自体があやふや過ぎるよな。
自分でも俺って何者なんだろうって不安になるよ」
途端に千紗はゾッとした表情になり、優しく抱き着いてきた。
「ごめん、今のはすごく嫌な言い方だったよね。
あなたはちゃんとここに居るし、うちにとって誰よりも大切な人だから」
「分かってるよ。全く怖くないと言えば嘘になるけど、そんな事で挫ける程やわな人生送ってないから」
「良かった。あと二色さんに聞いた話しはまだあるでしょ?」
「……なんで分かったの?」
「夢の内容を説明してる時、なんか言葉を選びながら話してる感じがしたから。もっと悪い内容も聞いたのかなって」
怖いくらいの洞察力だ。
俺の事に関しては本当に俺よりも詳しそう。
する気はないが、浮気なんてしたら絶対にバレるな。
「なんかさ、この体の寿命も長くないらしい」
一瞬で千紗が固まった。
目を見開きながら口に手を当てて、顔がどんどん青ざめていく。
手術前でお互い気が気じゃないのに、これ以上のショックは本当なら与えたくなかった。
「……それって、今の体調もやっぱり関係してるのかな?」
「俺はそう思ってるよ。
だからこのタイミングで錬次も出てきたのかなって」
「でも、あなたは浮気相手に二色さんの姿を見たんだから、少なくともそれまでは大丈夫だよね?」
すっかり忘れていた。今から考えて三年半後にまだ錬次は存在しているはず。だったらその前に死ぬ事は考えにくい。
「そうだね。最低でも三年以上は生きていられるはずだよ」
「ちゃんと病気治して、健康的な生活を送っていれば、きっと長生き出来るよね?
ずっと一緒にいられるよね?」
俺は返事が出来なかった。今回の手術が成功しても再発の恐れはあるだろうし、今だって色が見えにくくなるようなガタが来ている。この先何があるかなんて、正直予想も出来ない。
「ごめん、また無神経な言い方しちゃったね。
うちよりも錬次くんの方がずっと辛いのに。
今は明日の手術に専念しよ」
「あぁ。きっと君のもとに帰ってくるよ」
その晩は千紗を家に帰し、ずっと明日の事を考えていた。
もし手術が失敗すれば、二度と目覚めなかったりするのだろうか。
俺の知ってる未来に錬次は生きていたが、すでに分岐点を超えていて何かしら変化しているとすれば、俺の将来なんて未定も同然。
全て同じように進んでいるなんて保証はないと思える。
翌日は早くから千紗が会いに来てくれて、続いて錬次の両親も病室に顔を出した。
三人に見送られながら手術室へと運ばれたが、千紗と母さんの不安そうな顔が頭から離れない。
そのまま全身麻酔によって深い眠りについた。
「あ、錬次が起きたわよ千紗ちゃん!」
「錬次くん! うちのこと分かる⁉︎」
二人してずいぶんとテンションが高いな。だがそれだけ心配かけたということだろう。とりあえずまだ色も見えている。
「先に母さんが千紗ちゃんのこと呼んじゃったじゃないか」
「うちの顔見て千紗だって分かるんだね!
よかったぁ」
「千紗ちゃんのこと忘れて生きるなんて地獄だろ」
手術後に無事に目覚められたのは一安心だ。
頭に巻かれた包帯が気になるが、髪の毛を剃る事もなくモサモサしている。
「どのぐらい時間かかったの?」
「大体六時間は手術してたよ。
もう元気な姿が見れないかと思って、不安だったんだから」
「そっか。結構な大手術だったんだな」
そんな会話をしている最中、担当医と看護師が病床に近付いて来た。
若干物々しい雰囲気なのが気になってしまう。
「二色さん、お疲れ様でした。
予定していた手術は無事に成功しました」
「ありがとうございます!
これで目も治りますかね?」
「大変申し上げにくいのですが、色覚が元に戻る見込みは極めて低いかと。
それから内部を見て判明したのですが、画像で想定していた以上に細かい転移が見られ、手術だけでは腫瘍が取り切れませんでした」
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