第48話 繋がり始める前世と今生の宿命

 不安と恐怖に踏ん切りをつけ、手術をする決意を固めてから病院へ行くと、日取りが一週間後に決まった。前日から事前準備の検査をする為に入院するらしく、大杉店で働けるのも残り五日となる。

 思えば過去の世界に来た始まりもこの店のバックルームだし、千智ちさと錬次れんじの出逢い、そして一美ひとみとの出逢いと再会も全てこの場所だ。

 俺の人生を大きく左右してきた職場を離れるというのは、心にぽっかりと穴が空いた空虚な気分になる。

 


「せんぱーい! 錬次先輩!」

 

「おう一美、どうした?」

 

「先輩が辞めちゃうって本当ですか⁉︎」

 


 この子とももう会えなくなるのか。

 妻としても別れ、友人としても別れる。

 結局一美と結ばれる運命は最初から無かったのだろう。

 


「あぁ、本当だよ。

 そんなタチの悪い嘘は吐かない」

 

「そんなぁ……。私寂しいです」

 

「君には千智が居るだろ? 

 あいつが大切にしてくれるよ」

 

「それはそうですけど……。

 少しくらい相談して欲しかったです。

 千紗ちさちゃんも居なくなって、錬次先輩まで居なくなったら私……」

 

「おい泣くなよ。

 一生会えなくなるわけじゃないって」

 

「でも先輩だって泣いてるじゃないですかぁ!」

 


 最近無自覚に涙が流れ過ぎて困る。

 涙腺ゆるゆるなんだよなぁもう。

 一度でも本気で愛した人との別れなのだから、平然となんてしていられるわけがない。

 だけど今泣いたら尚更辛くなるじゃないか。

 無理矢理にでも笑顔を作れ。

 


「君とまた出逢えて、この店で一緒に仕事が出来て、本当に幸せな日々だった。ありがとう」

 

「そんなこと言わないで下さい! 

 もう一生会えないみたいじゃないですか!」

 

「大丈夫、また会えるよ。

 結婚式の時は必ず招待するからさ」

 


 俺の結婚式に錬次は来なかった。

 どうしても外せない仕事があると蹴られたのだが、今になって考えれば深い事情があったのだろう。

 そこもなんとかして変えてみたいものだ。

 


「私、必ず幸せになりますから……」

 

「あぁ」

 

「必ず千智くんと幸せになりますから!」

 

「そうしてもらえると俺も嬉しい。

 あいつを裏切らないでやってくれ」

 


 お世話になった人達への挨拶を一通り済ませ、病気の件は絶対に一美と千智に漏れないよう念を押しておいた。

 白百合さゆりは口が固そうなので二人の今後を見守るようお願いしたが、まずは自分の心配と、次に千紗を優先するよう一蹴されてしまう。

 感情表現は苦手でも、なんだかんだまともな奴だった。

 


「明日と明後日はお休みもらえたから、うちも近くにいるからね。

 必ず元気になって、この家に戻ってこよう」

 

「ありがとう千紗ちゃん。お仕事頑張って」

 


 最後の出勤日を前日に終え、今日から入院生活になる。

 明日の手術が済んでも、術後の経過を見る為に二週間は入院が必要らしい。

 とりあえず無事に癌細胞が取り除かれる事を願うだけだ。

 


二色にしきさんの病室はこちらになります」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 


 病院に着くなり案内された部屋は、四人部屋でなかなか広さのある空間だった。荷物をしまう棚もあるし、隣との間隔もゆったりしていて、それほど苦痛は感じないかもしれない。

 片付けを済ませるとすぐに全身を入念に検査され、全てが終わった頃には夕方になっていた。

 ベッドに戻って本を読もうと開くが、一人になるとどうしても不安になってしまい、内容が頭に入ってこない。

 仕方無く布団を被って、無理にでも目を瞑った。

 



「ごめんな千智」

 


 なんだ? 旅行の時に見ていた夢の続きか?

 


「こんな事になるなんて思わなかったんだ」

 


 今度は謝罪だけではないらしい。

 前回は説明も無しに勝手に謝り倒されて、こちとら半年以上モヤモヤしっぱなしだったんだ。

 今日こそは洗いざらい吐いてもらおう。

 


「お前は錬次本人なんだよな?」

 

「あぁ。一月の終わりまで一緒に働いた二色錬次にしきれんじだよ」

 

「そうか。じゃあお前が謝ってる理由はなんだ?」

 


 夢の中の錬次は複雑な表情になり、どうやって説明しようか悩んでいるように見える。その様子を客観で見るのは久しいが、よくこんな風に考え事をする姿も見ていたと懐かしく感じた。

 


「俺のせいで千智は今も苦しんでるんだ。

 俺がお前を呼び寄せてしまったから」

 


 呼び寄せた? 

 一体なにを言ってるんだ錬次は?

 


「その言葉をそのまま解釈するなら、今俺が過去の世界で二色錬次として生きてるのは、お前の仕業だって事になるが?」

 

「その認識で間違い無いよ。

 俺にはいくつか心当たりがある」

 


 何を言ってるんだこいつは。

 これまでも散々現実離れした状況に巻き込まれてきたが、さすがにこの転生が意図的なものだなんて信じられない。

 だが他の理由も考え難いのは事実だ。

 


「心当たりってなんだよ?」

 

「お前は俺と一美の約束を見ただろ? 

 あれを守りたかったんだよ俺は。

 もう一度会って、一美の幸せを見届けたかった」

 

「それじゃ何ひとつ分かんねぇよ。

 どう関係するんだ?」

 

「俺はあの日、仕事中にバックルームで死にかけた。

 脚立でバランス崩してさ、そのまま落ちて後頭部を強打したんだよ」

 


 俺が目覚めた時にパッキンに埋もれていたのは、そういう理由だったのか。

 脚立の上からなら高さもあるし、打ち所が悪ければ或いは……。

 だがこの体に傷なんて残ってなかったぞ?

 


「意識が遠退いていく中、一美の事が何よりも心残りだったんだ。

 今も元気でやってるのか、幸せに暮らせているのか知りたかった。

 そしたら三つの映像が見えたんだよ」

 

「……なんの映像だ?」

 

「未来の一美の姿だよ。

 ベッドで昏睡状態の俺をそばで寂しそうに見つめる一美。

 血塗ちまみれで横たわる千智の隣で大号泣する一美。

 最後は千智と幸せそうに手を取り合う、満面の笑みの一美だ」

 


 ちょっと待て。こいつが二番目に見た光景は、俺が事故死した瞬間と全く同じではないか。

 


「俺はお前の隣に居る彼女の姿に耐えられなかった。

 またどこかで泣いてたら、必ず見付けてやるって約束したからな。

 だからそこに手を伸ばしたんだよ」

 


 過去の記憶を思い返しながら話す錬次は、今もその一美に向けて手を差し伸べているみたいだった。

 


「気付いた時には、暗く深い場所で眠りについていた。

 時々お前が近くに居るのを感じながらな」

 

「じゃあお前はやっぱり体の奥にいるんだな⁉︎ 

 この先俺はどうしたらいい⁉︎ 

 もうお前は戻れないのか⁉︎」

 

「俺の精神と体はだいぶ弱ってきてる。

 先に精神の方が消えるだろうが、強引に千智を繋ぎ止めてるその体も、あまり長くは保たないだろう。

 それなのに辛い役目を任せてごめん」

 

「役目? 役目ってなんだよ!」

 

「もう分かってるだろ。

 一美が悲しまない世界、三番目に見た未来に連れて行ってやってくれ」

 


 無理に明るく笑いながら、錬次の姿がどんどん遠くに離れていく。

 まるで背後の白い光に吸い込まれるように、足も動かしていないのにものすごいスピードだった。

 


「おい待てよ錬次! 

 そんな人任せにすんなよ!」

 



「あ、錬次くん起きた? 

 よく眠ってたね」

 

「千紗ちゃん……。またこのパターンか」

 

「ん? どしたの?」

 

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