第45話 影から忍び寄っていた異常事態
二月も半ばに突入し、俺と
元々住んでいた
家財道具を二人分合わせてもまだスペースには余裕があり、それでいて錬次の部屋の家賃と大差無く済んだ。
無理に不便になった点を挙げるなら、周囲の住宅にペット連れの家庭が多く、犬の吠える声が多少耳に障るくらいだろうか。あと築年数は経っているので、細かいシミや汚れはある。
何はともあれ順風満帆な新生活をスタートさせていた。
「なんか近過ぎて引っ越した気がしないね」
「それはあるかも。
まぁお陰で荷物の移動もレンタカーの往復で済んだし、身を固めるまではお金も貯めておこう」
「身を固めるつもりがあるんだね」
「千紗ちゃんはないの?」
「この嬉しい表情を見て察してよー」
幸せいっぱいの始まりではあるが、千紗が今のバイトを続けられるのも残り一ヶ月。
楽しい日々は決して立ち止まりはせず、むしろ加速する勢いであっという間に最終日を迎える。
仲の良いスタッフ達を集めて送別会も開いたが、あれだけ懐いていた
「白百合くん。これからも頑張ってね」
「はい。千紗さんもお仕事頑張って下さい」
会場となった居酒屋を出て、
その表情はいつもの仏頂面ではなく、感情のあるあたたかみが感じられた。
「珍しいな。今日のお前は人間に見えるぞ」
「その言い方はさすがに失礼ですよ」
「すまんすまん。
白百合にとって彼女は本当に良い先輩だったんだなって思ってさ」
「当然ですよ。
僕がバイトを楽しめてるのは、千紗さんのおかげですから」
「そっか。伝えておくよ」
「結構です。
また千紗さんがお店に来た時にでも、態度で示しますから」
誇らしげに言い切った白百合は、バイトを始めたばかりの頃とはまるで違う。俺を救ってくれた彼女は、こんなところでもう一人の人生にも大きな影響を与えていたのだ。そう考えると感慨深いものがある。
もっと別の形で白百合と出逢えていたら、俺達には同じ支えによって生まれる、強い絆で結ばれたのだろうか。もしくはライバルとして競い合ったのか。
「千紗さんを悲しませないで下さいね」
「当然だろ。
これ以上彼女の涙を見たら、俺の心が先に壊れちまう」
「そんなに泣かせたんですか。最低ですね」
「最低な俺だから、彼女に励まされて登り続けてるんだよ」
「………その気持ちは少し分かります」
こうして千紗は約二年間共に過ごした仲間達に別れを告げ、卒業した大学の友人達と最後の思い出作りに勤しんだ。
そして迎えた新たな年度明け。
恒例の健康診断では前回と数値があまり変わらず、二十代男性としては健康体と言い難い状態が続いている。
とりあえず基準値外の項目は無いのだが、食生活も改善したのに吸収されるものが少ないのだろうか。
その程度の意識で通常通り仕事をしていたが、間も無く異変が襲いかかってくる。
「なんか妙に目が疲れるなぁ」
「どした錬次? ゲームのやり過ぎか?」
「いや休日しかやってないよ。
そんなに目を使うことしてないんだけどなぁ」
「店の照明かなり明るいし、長い時間過ごせばそういう事もあるんじゃね?」
「そんなもんかねぇ……」
四月の下旬に入ってからというもの、画面に齧り付いているわけでもないのに、何故か疲れ目の状態になり易い。視力が落ちたのか見え辛さがあって、目を凝らす状態が多いせいだろう。ボヤけているわけではなく、なんとなく認識が困難なのだ。
まぁ業務に大きな支障があるわけでもなく、痛みがくる事もない。なるべく眼球への負担減らしながら、仕事をこなしていた。
「
さっきのお客様が探してたの、この色じゃなかったそうですよ」
「マジか! すぐ正しい物持って行くわ」
「いえ、もう僕が対応済ませました」
「すまん白百合。助かったよ」
「それは構いませんけど、このミス最近だけで三回目ですよ。
もしかして二色さん、色見えてないんじゃないですか?」
「え……? そんなはずは……」
眼の異常を感じてから一ヶ月以上経過し、俺としては特に問題無く出来ているつもりだった。しかし三度も同じ間違いをすれば、ただ事では無いと気が付く。その度に白百合がフォローに入ってくれていた。
言われてみれば最近、同じような色の商品ばかりで迷う事が多い。なんで似たようなカラーバリエーションばかり用意するのか、疑問を感じるレベルだった。
それがまさか自分の眼のせいだなんて、想像するはずがない。
「二色さん、このグリーンとこっちのブルー系の色、どっちの色が濃く見えますか?」
「ん? そりゃどう見てもブルーの方だろ」
「二色さん、本気で眼科行って下さい。
これブルーじゃなくてパープルです」
「は? 嘘だろ……?」
タグで色品番を確認すると、確かにパープルだった。
隣に並ぶブルーとの差がほとんど分からない。
一体俺の視力に何が起こっているのか。
「なんでこの二択を出したんだ?」
「だって二色さんが畳んだこの部分、ブルーの中に何枚もパープルが混ざってますから」
「そんなに違うのか?」
「似てはいますが、近くで見て分からない程ではないです」
「そうか………。
すまん、ちょっと売り場任せるわ」
「はい。大丈夫です」
店長に判断を仰ぎに行き、簡単に見え方のチェックをしても異常は明らかだった。
眼科に行く為すぐに早退すると、とりあえず信号機が正しく認識できているのか不安になる。
青信号は問題無い。ちゃんと緑色に見えている。
ところが赤信号に関しては、赤だと思っているから赤にも見えるが、若干黄色と見分けにくい。
血の気が引く思いで、店の近くの病院へと向かった。
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