第六章 運命に抗う術無く絶望との対面は引けず
第44話 彼ら彼女らの別れ道はここから
風邪が治り、
それと言うのも、二人で居る時は本当に仲睦まじいカップルなのだが、千智が居ないと時折一美の挙動が狂ってしまうのだ。
本人にも調節が難しいらしく、こちらから指摘して距離感を戻すのが、現時点での対抗策になっている。
いきなり腕をガバッと掴まれたりすると結構心臓に悪い。
「今年は実家に帰らなくていいのか?」
「はい!
お店の人手も足りないみたいなので、落ち着いてからちょこっと新年の挨拶に帰ります!」
「一美があの激務に耐えられるかなぁ?」
「千智も前回ヒーヒー言ってたもんな」
大晦日前日の今日は、
軽く酒が入り上機嫌な千智だが、何も知らずにこうしている姿を見てると、気を遣いまくってるこちらまでアホらしい。
「おい
見える世界が変わるぞー?」
「うっせぇわボケ」
「ちょっと千智くん飲み過ぎ!
寝ちゃったら置いてくからね」
「嫌だぁ。置いてかないでくれ一美ぃ」
人の気も知らないでこのガキは。
そんなんで俺の恨みを買えば、勝手に過去まで飛ばされる運命だからな。
というかこれ本当に危ないフラグ立ってないか?
「錬次先輩、この人大丈夫なんですかね?」
「知らん。寝たら駅までは蹴り転がしてやる」
「割と辛辣ですね……」
そんなこんなで相変わらずと言って良いのか悩む二〇一七年があっさり終わり、正月も目が回る勢いで過ぎ去っていく。
気付けば千紗の誕生日を迎え、昨年と同じく二人きりで祝った。
「やっぱり映画館の迫力はすごいね!」
「去年は俺の部屋で映画観たからな」
「あれからもう一年かぁ。
あっという間だったけど、すごく楽しかったよ。
うち何か成長したところあるかな?」
「うーん、積極性と色気は増したよね。
千紗ちゃんも二十二歳だし、当然っちゃ当然だけど」
「それは錬次くんにとって嬉しい変化?」
そんなの当たり前だろ。彼女の魅力が増して喜ばない男はいない。
なぜ過去の俺は、彼女を目立たない存在と思っていたのか疑問なくらいだ。
たぶん一美ばっかり見ていたのだが。
「嬉しいけどちょっと心配かな。
他の男が近寄りそうで」
「おー! 錬次くん百点!」
「え、何が?」
「うちにとって最高の彼氏って事だよ」
なんだこの可愛い生き物。年甲斐も無く激しい胸の鼓動が鳴り止まないじゃないか。
小悪魔的な魅力だけじゃなく、純真な愛嬌まで持ち合わせているとか、高スペック過ぎるだろ君。
「一美ちゃんは大丈夫かなぁ」
「多少は俺に甘えるのもセーブ出来るようになってきたよ。
俺も一美を妻じゃないと割り切るまで、だいぶ苦労したからな」
「たぶん一時的なものだとは思うけどね。
あなたと違って、ちゃんと目の前に彼氏が居るんだから」
確かに一美の場合はどうにもならない切なさなんてない。
愛する人が側に居て、その人と同一の存在も近くに居るだけ。
別段寂しくなる理由も無いし、単に愛情を向ける先が混乱しているだけだろう。
時間が解決してくれるはず。
「それより千紗ちゃんと働けるのもあと三ヶ月ちょいだよな」
「うん。もう少ししたら会える時間も減っちゃうね」
「もしよかったらさ、一緒に住む?」
「……同棲ってこと?」
「そう。職場も新しい環境になるから、一気に変えるのはしんどいかと思ったんだけど、千紗ちゃんの都合が良ければ」
言うかどうか悩んだけど、決して彼女にとってもデメリットばかりではないと思う。
分担すれば家事も楽になるし、金銭的な節約だって出来る。
社会人一年目の不安も、帰りを待つ人間がいれば和らぐだろう。
彼女は少し考え込んだ様子を見せるが、突然何かにツボったように笑い出した。
「え、なんで笑ってんの?
何か面白い話ししたっけ?」
「ううん、違うの。
考えてたら面白くなってきちゃって」
「んー?
今の流れで何を考えたらそうなるわけ?」
「このタイミングで同棲を提案した理由。
錬次くん寂しくなっちゃったんでしょ?」
完全に図星だった。
こちらの世界に来て一番近くで支えてくれた彼女が、どんどん遠くに行ってしまう気がして、寂しくて仕方がない。
彼女の為というより、ほとんど自分の為だ。
「本当なら、君とは片時も離れたくない」
「そうだね。うちも同じ気持ちだよ」
「じゃあ部屋探そう!
今住んでる近辺から!」
こうして同棲する事に決めた俺達は、時間を見付けては新居をネットで漁り、二週間強で候補をまとめた。
そして迎えた三度目の一月二十五日。
今度こそ錬次に旅行の日の詳細を問いただそうと、意気込んで床に着いたのだが、夢を見る事すらないまま朝を迎えていた。
しっかりと睡眠は取ったのだが、むしろ熟睡し過ぎてしまったのだろうか。
この日にあいつに会えないとなると、手掛かりを掴むキッカケさえ思い付かない。
「錬次先輩、私面接受けて来ましたよ!」
「面接? なんの?」
「就職活動です!」
「あぁ、本社行ってきたのか」
肩を落としたまま出勤すると、一美から得意げな顔で話しかけられた。
このまま社員になる意志を固めた彼女は、大学三年生の間にうちのブランドの説明会にも出向き、先日の面接を経て年度明けには内定をもらうはず。
社員として働くのは当然卒業後からだが、なんだかんだ安定した人生を歩むんだよな。
「これで卒業まで遊び放題ですー!」
「いや、入社前の研修が何回かあるし、新卒社員は習得する事が山ほどあるぞ?」
「そうなんですか⁉︎
身の振り方を決めるのが早すぎましたぁ」
「そう残念そうにするな。
君はこの仕事が好きなんだろ?」
「はい! 大好きです!」
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