第37話 絡まり合う過去と現在と心情
七月も後半戦に差し掛かり、うだるような猛暑を乗り切る為の洋服を求められ、今日も店内は人の熱気に満ち溢れていた。
就活を終えた
本当に可愛げの塊みたいな彼女に対し、何故かいまだに引っ付いている邪魔者が目障りで、素直に喜ぶ気にもなれない。
「千紗さん、さっきのご案内出来ました」
「お、
「はい。千紗さんの足を引っ張らないように努力してます。
あと
「おい待て待て。
うるさいってなんだよ」
業務に関する会話くらいは多めに見るが、彼女に対して媚びを売るセリフと、何故か出てきた俺の悪口は看過出来ん。多少見直してもすぐにこれだからこいつは。
二人の間に割って入り、ありったけの眼光で白百合を睨みつけた。
「だっていちいち細かいですよ」
「その細かい部分が出来て初めて一人前なんだよ」
「でも僕商品整理なら二色さんの二倍は速いです」
「それで出来ない事が帳消しになるとでも思ってるのか?」
「じゃあ二色さんはなんでも出来るんですか?」
「あ、あのー……」
気まずそうに声を出した千紗を見て、自分の
しかしこいつが相手だとどうも頭に血が昇るし、あの事故の後も俺を敵対視する姿勢に変化が無い。もう少し反省してくれたと思ったのだが。
いがみ合う姿を遠くから見られたらしく、
「まーた喧嘩してんのかお前ら。
営業中なんだし程々にしてくれ」
「僕何も悪い事してません。
千紗さんに業務の報告をしただけです」
「いやお前さぁ、人の陰口まで叩いててどの口が……」
「もういいや、二人ともバックルームに来い。
岸田さん、少しの間売り場頼むわ」
「は、はーい」
呆れた千智に鎮静されて渋々売り場を離れる。
白百合は相変わらずの鉄仮面を崩さないが、恐らく俺の顔面は不機嫌さが露呈しているだろう。何が悲しくて昔の自分に呼び出し食らわなきゃならんのだ。
誰もいない静かなバックルームに到着すると、振り返った千智が先に口を開く。
「どうしたんだよ
普段は人一倍真面目に働くお前が、浜倉の前だと全然集中出来てないぞ」
「それはこいつに言ってくれ。
いちいち突っ掛かってくる」
「周りから見ればお前も十分突っ掛かってるよ」
「………人のこと気にする前に自分の心配してろお前は」
「はあ? いきなりなんの話しだよ」
つい口が滑ってしまった。
告白すると宣言はしたものの、あれからお互いに意識し過ぎている二人は、ギクシャクして目も当てられなくなっている。それがモヤモヤしていたのか、説教たれてる千智に対して思わず感情的になってしまったのだ。
千智は苛立ちを
「お二人で喧嘩するなら僕戻りますけど」
白百合のひと言が良い意味で場を白けさせた。
反論出来ない指摘に私情を挟んだ俺も、本来の目的を見失っていた千智も、とりあえずこのやり取りが無意味であると気が付く。
下手に感受性が豊かな奴だったら、余計ややこしくなっていただろう。
「悪いな浜倉。
まぁ売り場での会話は少し注意してくれ」
「わかりました」
それだけ言い残した千智は、頭を掻きながらバックルームを後にする。
何食わぬ顔で自分も去ろうとした白百合だが、俺の顔を横目で見る視線が無機質過ぎて腹立たしい。
「千紗の事で歯向かってるのか?」
「それはないです。
千紗さんは優しいお姉さんとして見てますから」
「じゃあ俺に対して感じ悪いのは気のせいか?」
「被害妄想です。
むしろ先に敵視してきたのは二色さんですし、僕も面倒に思ってました」
「……俺が敵視した?」
心当たりが無いわけではなかった。
白百合が千紗に懐く事も、錬次とぶつかってばかりだったのも、全て千智として見ている。だからこそ警戒してかかったし、千紗の負担にならないよう白百合の仕事ぶりには目を光らせた。
だが今の状況から考えると、白百合と不仲になった原因はこちらにあるとしか思えない。
「浮気しないでね……」
「するわけないだろ。君だっているのに」
その日の仕事後は直接千紗の家に向かい、今日の白百合とのやり取りやここ最近の違和感について話し合っていた。
じっくりと俺の意見を聞いていた彼女は、あからさまに不安感が表面化している。
「でも最近の出来事って、錬次くんが知ってて行動した上で同じ結果になってるよね」
「まぁあの事故とかまさにそうだったね」
回避しようと行動する事まで組み込んだ結果が、あの事故に繋がっていたように。
「白百合くんの事もそうだと思う。
相性が悪いという記憶が先入観になってしまって、その通りになったみたいな」
「やっぱりそう思うよな。
何も知らなければこんな風にならなかった気がしてる」
「もしこの予想が正しければ、今のあなたの意志には関係無く、将来的に浮気も事故も起こってしまうんだよ?」
「最悪千智をなんとかするよ。
俺の正体をバラすとか」
「未来のあなたがそう考えなかったとは思えないけど……」
結局いくら頭で考えても分からない。ただひとつハッキリしたのは、呑気に構えてる余裕など最初から無かったという事だ。
何か手を打ちたいのだが、これからは
「そういえば錬次くんって、このまま大杉店で社員になるの?」
「え、千智はあと一年くらいで昇格するけど……」
俺が未来で社員昇格試験を受けようかと話した際、錬次は他のブランドでも経験を積みたいと言っていた。そして一ヶ月も経たない内に、あいつはあっさり店を辞めてしまったんだ。
それからは連絡のやり取りはしても、一度も顔を合わせていない。
浮気現場を目撃したあの日までは。
「錬次くん? 何か思い出したの?」
「あぁ、思い出したよ。
錬次は来年の七月手前ぐらいに店を辞めるんだ」
「え、その理由重要だよね」
「他のアパレルブランドで働くって言ってた。
それなら俺は何があっても、今のまま大杉店に残る!」
「……それ、上手くいくかな?」
「うーむ、分からん……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます