第33話 避けられぬ痛みに苦悩する
「
「はーい、今行きますね」
「千紗さん、端末の使い方で質問が」
「ん? どれどれ?」
「千紗さん、この資材はどこに片付ければ……」
「おい浜倉!」
Wデートから三日が過ぎた今日、数日ぶりに千紗とシフトが被って喜んでいたのだが、不運にも
気分転換された千紗はせっかく調子が良さそうなのに、この厄介者に構い過ぎるとまた鬱憤が溜まってしまう。
俺はなるべく
「……なんですか?」
「なんですかじゃない。
さっきから十分に一回は聞きに来てるけど、岸田さんに頼り過ぎじゃないか?」
「分からない事は聞いてって言われました」
「なら俺も教えてやれるから、存分に聞いていいぞ」
「僕に選択権は無いんですか……?」
無表情ながらも嫌そうな目をしているのはハッキリ分かる。
ああ言えばこう言うで腹が立つし、結局千紗の優しさにつけ込んでいるだけじゃないか。
「あのさ、君がやってるのは自分の仕事を他人に押し付けてるのと同じだぞ。
それが原因で岸田さんの業務が遅れたらどうするの?」
「……分かりません」
肩を落として引き返す白百合を見ると少しだけ心も痛むが、間違った指摘はしていない。先輩スタッフは大勢いるのだから、彼女だけに負担を強いるのは違うと自覚してもらわねば。
それからしばらく奴の姿が見えないまま休憩室に入ると、テーブルを挟んで松本さんと話している無愛想な
「あ、
あんたまた白百合くんいじめたのぉ?」
「なんですかそれ、人聞きの悪い」
「でも白百合くん落ち込んでるんだけどねぇ」
俯いたまま目も合わせようとしないが、白百合の顔色からは全く心情が読めない。落ち込んでいるのかどうかも疑わしい。
「言い方がキツかったのは認めるけど、あれは事実だぞ」
「はい。
僕は千紗さんに仕事を押し付けてました」
「分かったならやり方を変えればいい。
卑屈になってても解決なんてしないからな」
「出来るだけ善処します」
声も表情もメリハリが無さ過ぎて、本当に理解しているのか不安になるが、一応こいつなりに反省はしているらしい。
とりあえず様子見しておこうと決めて、今は疲れた身体を休める事にした。
「そうだ二色くんよぉ、来週の話聞いたかい?」
「来週? 特に聞いてないですが」
「売り場のレイアウトを大きく変えるよん。
夏に向けての模様替えか。年に二・三回はやるけど、非力な錬次の体だと大変なんだよな。
憂鬱な気分で休憩していると、不意に嫌な記憶が脳裏をかすめる。それは模様替え時に起こった、千紗と白百合に関係する出来事だった。
だがこれはある意味未来を変える為の予行練習になるかもしれない。
仕事が終わった後で千紗にも報告しなくては。
「
今日は売り上げイマイチだったねぇ」
「まぁこの時期は仕方ないさ。
それより来週の事でちょっと話しがしたいんだけど」
「来週に何かあるの?」
不思議そうな目で見つめる千紗に、俺は記憶を辿りながら忠告を促す。
「うん。売り場のレイアウトを変更する為に、閉店後にたくさんの資材を運ぶ事になる。
その時君は絶対に白百合を手伝わないで欲しいんだ」
「……手伝ったら何か起こるの?」
「君が怪我をする。
白百合と運んでた資材を落として」
服が並べられる什器は、棚や支柱などたくさんのパーツで組み立てられている。そのままでは重くて動かせないので、移動の際はパーツを分解して運ぶのだが、その一つ一つも結構な重量だ。
大きな部品なら数人で移動させ、小さな柱の部品等は何本かまとめて持つ事もある。
そして柱数本を白百合と協力して運ぶ最中、彼女は脚に傷を負ってしまうのだ。
「そうなんだ。大きな怪我なの?」
「いや、怪我自体はそれほどでもなかったはず。
俺も棚を運んでる途中で、ほとんど見えてなかったんだけど」
「わかった。
もしこれでうちに何も無ければ、未来は変えられるって証明出来るもんね!」
「察しが早くて助かる。
でも油断して他の原因で怪我したりしないでくれよ」
「大丈夫。ちゃんと気を付けるから」
レイアウト変更当日。
力自慢の
ここまでは問題無い。見過ごせないのはここからだ。
「千智せんぱーい、あっちの重いのから先にお願いしたいって、松本さんが言ってますよー!」
「わかった
「錬次先輩は非力なんで、とりあえず細かいのを台車にちまちま乗せてくれれば良いそうですよー」
「あ、はい」
言い方とこの扱いの差はなんだ。筋トレでもするか。
「錬次くん、白百合くんも一生懸命やってるね。
なんか頑張ってるのが伝わってくるよ」
たぶんこの間の指摘を律儀に守って、他人任せにしないように気を付けてるんだろうな。
持ち前の超極端思考を働かせて。
「あいつは一人前どころか、将来的に三人前ぐらい仕事出来る逸材だからね。
接客を除けば……」
「コミュニケーション能力はそんなに成長ないんだ……」
台車に限界まで乗せた部品は俺が資材室に片すとして、残り六本の支柱を運べば什器の移動も完了だ。一人で二・三本ずつ持てるし、誰か手が空きそうな人はいるかな?
「千紗ちゃん、それ終わったらこの棒二本だけ運んでくれる?
重いから気を付けて」
「うん、やっておくね」
最後まで千紗の様子を見ながら、なるべく白百合と別行動を取らせていたので一安心。
俺は台車を押して資材室に入り、使わないパーツを全て片付けた。
空になった台車を気分良く引きながら売り場に戻るが、その直後物凄く耳障りな金属音が鳴り響く。
金属の棒同士を打ち付け合い、床に思い切り叩きつけたようなその音は、先日呼び覚まされた記憶と全く同じもの。
掴んでいた台車を放り出して、音の出どころを目指して全力で走った。
「千紗ちゃん大丈夫⁉︎」
「一美ちゃん、ちょっとぶつけただけだから平気だよ」
その場に座り込んだ千紗のスカートは一部が破れていて、左膝の辺りから血が流れている。
いち早く駆けつけたのは一美だが、正面には呆然と立ち尽くす白百合の姿が。
迂闊だった。
最後の一本を運び終えるまで離れるべきではなかった。
床に散らばった四本の柱を二人で運ぼうとしてしまったんだ。
結局同じになってしまったじゃないか。
今更悔しがってももうどうにもならない……。
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