第31話 更なる進展を追い求めて

「おー、結構降ってきたなぁ」

 

「大丈夫ですよ千智ちさと先輩!

 中に入ればもーっと水だらけです!」

 


 本格的な梅雨入りを果たした六月十日。

 昨日からキレの悪い雨と蒸し暑さが続き、あまり外出に適した陽気ではなかったが、四人の都合を考慮してこの日に水族館に来ている。

 駅から目的地までの間に更に降雨量が増していく中、土曜という事もあり決して人の量も少なくない。

 念願が叶い浮かれている一美ひとみは見ていて愉快なものだが、話しも聞かずに突っ走りそうなのが少し心配だ。

 


「中も結構混雑してますねー」

 

「そうだね。はぐれないように気を付けないと」

 


 千智に関係がバレないよう、千紗ちさとはお互いよそよそしさを演じているが、本音を言えば物凄く窮屈である。

 早く二人きりになりたい。

 全員分のチケットを購入し、展示エリア前のロビーに戻れば、いよいよ本題に入れる。

 


「千智、一つ提案があるんだが」

 

「おう、聞こうじゃないか錬次れんじ

 

「この人混みじゃ四人で固まってると何かと動きにくい。

 そこで二人一組になるのが良いと思うんだ」

 

「確かに合理的だな。そうするか」

 

「そんじゃ一美のおり頼むわ」

 


 完璧な流れだ。全く疑問を抱かせずに誘導出来た。

 満足感に酔いしれていたのも束の間、まさかの一美が頬を膨らませて騒ぎ出す。

 


「ちょっと! 私を子ども扱いしないで下さい!

 こう見えても二十歳過ぎてますし、お守りなんて必要ありません!」

 


 論点そこじゃないんだけどなぁ……。

 もしかしてこの段階ではあまり乗り気じゃなかったのか?

 


「それならさ、男女で分けた方が良いんじゃないか?

 その方が一美と岸田さんも楽しめるだろ」

 


 何言ってんの昔の俺は?

 野郎二人で水族館巡りするほど魚に興味無いだろお前。

 記憶ではちゃんと千智と一美ペアで回るはずなんだが、一美に真実を知られて過去が改変されてしまったのだろうか。

 


「あ、うちは錬次さんと話しもしたいので大丈夫ですよ。

 一美ちゃんも嫌がってるわけじゃないですし」

 

「そうなのか一美?」

 

「え? 

 まぁ千智先輩とペアなのは嫌ではないです」

 


 ほんの僅かにもじもじしてるようにも見えるが、単に気恥ずかしいだけにも見える。

 


「それより錬次先輩の言い方です! 

 発言の撤回を求めます!」

 

「あーすまん。じゃあ千智の事よろしくな一美」

 

「お任せ下さい! 

 千智先輩のお目付役は私が承ります!」

 

「なんで今度は俺がガキ扱いなんだよ!」

 


 入館直後に一悶着あったが、なんとか予定通りの陣形で展示エリアに突入する事ができた。

 先に一美達を行かせて後ろから千紗と追尾するまでがこの戦術だが、中は通路を移動するにも一苦労な混雑ぶり。

 見失わずに追うだけで精一杯だった。

 


「見て下さい千智先輩!

 このドジョウすごく綺麗な色ですね!」

 

「いやそれチンアナゴな」

 

「なるほど! 

 どうりで動きが変だと思いました!」

 

「動き以前に違いが多過ぎると思うのは俺だけか?」

 


 人口密度の高さに比べ館内は割と静かで、一美の高くてデカい声は比較的拾いやすい。それを辿れば視認出来ない位置からでも追跡は出来そうだ。

 向こうからは見えにくい場所に張れるので、俺の左手は千紗の手としっかり繋がれている。

 


「なんか良い雰囲気だね。

 錬次くんよりも距離が近過ぎない感じで」

 

「まぁ一美との距離感は難しかったからね。

 お互いに」

 


 本当に再会当初から考えると、今の関係を続けているだけでも奇跡みたいなものだ。一美もよく切り替えられたと思う。

 


「ん? 

 一美、そのペンダント前にも付けてたよな」

 

「あぁこれですか? 

 おばあちゃんの形見なんです。

 中のこの写真の人が、大好きだったおばあちゃんですよー」

 

「そうだったのか。

 それは大切にしないとな」

 


 おもむろに開かれたロケットには、手紙ではなく小さな写真だけが収まっていた。

 遠目でハッキリとは見えないが、約束の手紙はもうそこには見当たらない。

 千紗と軽く顔を見合わせ首を傾げていると、一美達が移動を再開したので慌てて尾行した。


 広い空間に抜けてからは二人のペースも緩み、自分達も多様な水槽と魚を鑑賞しながら進んで行くと、半分近く見終えた所に売店と休憩スペースが用意されている。

 前の二人ともそこで合流し、一旦全員で休憩を挟むことにした。

 


「うち飲み物買いに行ってきますね。

 みんな何にする?」

 

「あ、じゃあ俺も行くよ。

 岸田さん一人じゃ大変だろうし」

 


 千紗が千智と売店に向かい、この場には俺と一美だけが残っている。この状況はついさっき千紗に提案され作られたものだ。

 


「念願の水族館、楽しめてるか?」

 

「はい、楽しいですよ! 

 千智先輩と二人で歩くのは、まだ少し変な気分ですが」

 


 思ったよりも素直な照れ笑いで、案外満喫しているらしい。

 


「まぁじきに慣れるだろ。

 あと気になったんだが、ロケットの中身変えてたんだな」

 

「あはは、見られてましたか。

 あの手紙は家にしまってあります」

 

「それは何か心境の変化か?」

 

「そうですね。

 前にも言いましたが、お兄ちゃんにはいつも見守られてる気がしますし、先輩の顔を見てるだけで色々思い出せるんですよ。

 だから持ち歩かなくてもいいかなって」

 


 そう語る彼女は、子どもみたいに純粋で優しい笑顔をしていた。

 それまで叶う事なく溜め続けた、青く切ない想いから解放され、これからの人生に期待を抱いているようにも見える。

 彼女は本当に幼馴染と再会を果たし、その感情が兄妹愛に近いものだと気付いたのかも知れない。

 


「俺もずっと見守ってるよ。

 君が幸せになる日まで」

 

「急にどうしたんですか⁉︎ 

 なんだか本当にお兄ちゃんみたいですよ」

 

「そうかもな。

 俺にとっても妹みたいなものだから」

 


 一美との会話がひと段落した頃、飲み物を調達しに行った二人もご機嫌な様子で帰ってくる。

 それにしても千紗の瞳が異様にキラキラして見えるのは何故だろう。

 


「ねぇねぇ、お店の前でポスター見たんだけど、あと三十分くらいで次のイルカショーが始まるみたいなの!」

 

「イルカショーですか⁉︎ 私見たいです!」

 

「うちも見たーい!」

 


 珍しくテンションの高い千紗から察するに、どうやらこれを楽しみにしていたらしい。

 休憩を終えたら席取りも兼ねて、早めにショーの会場まで全員揃って行く事にした。


 どんなショーだったのかは何故かほとんど記憶に無いが……

 

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