第19話 不可解な行動と水面下の思惑
唐突な
動揺した俺は即座に周囲を見回すが、付近に
しかし女性は確認しても、男の姿にまでは意識が向けられていない。
「おう、久しぶりだな
今日帰って来たのか!」
「矢野さん、お邪魔してます。
成人式終わってすぐに来ました!」
「そうかそうか。
それはお疲れ様だな。
そんで、
急に背後に現れた矢野さんは会話から察するに、どうやらさっきのやり取りまでは聞こえてなかったらしい。それには一安心だが、この二人に対して穏便に済ませる返答はどこにあるのやら。
「聞いてください矢野さん。
さっき私が、成人祝いにまた
これどう思います?」
「なんだよ、行けばいいじゃないか。
お前ら休みの日とかよく遊びに行ってるんだろ?
早く返事してさっさと仕事に戻れ」
そう言い残して矢野さんはバックルームの方へ去って行ったが、この一連の流れと一美の話しが飛躍し過ぎて腑に落ちない。
解説を求める為に彼女の顔に視線を移すと、困っているとも寂しそうとも受け取れる表情でこちらを眺めている。
「すみません、仕事中の私語はさすがにまずかったですね。
終わった頃にこちらから電話するので、そしたら詳しく!」
「え、ちょっと……って、なんだったんだ?」
去り際にも敬礼を入れて足早に帰っていったが、そもそも電話で済む要件なら、なんであんな大荷物のまま来るんだよ……
「うーん、それは空気を読んで話を変えただけだと思うよ」
千紗には帰りの電車の中で、一美が来た時の内容を相談したが、やはり矢野さんの前での発言よりもデートの誘いの方が本命だと思えてくる。直接顔を見に来たのも、それで辻褄が合うという結論だ。
「やっぱりそうだよなぁ。
電話でも二人きりでって言われたら当然断るけど、千智も一緒にって言われたらどうしようか」
「まぁ今までの感じなら、
しばらく会っていない間に何か心境の変化でもあったのか、それとも成人式を終えて気が大きくなっただけなのか。
考えればいくつかの要因も思い浮かぶが、憶測だけで一美の本心など分かるはずもなく……。
千紗を家まで送った後、一駅歩く余分な時間を使った割には、一向に電話が来る気配がなかった。部屋でくつろぎながら夕食を食べていると、ようやくスマホが振動と共に騒ぎ出す。
しかしそれを取ろうとする手は、決して素直に伸びてはくれない。
「もしもし?
こんな時間にどうしたんだよ千智」
画面に表示された着信相手が、まさかの千智だったからだ。
一美からの連絡と被らないか内心ヒヤヒヤして電話に出たが、急用の可能性も考慮して受話器越しに探りを入れた。
「悪いな。
さっき一美からメッセが来て、成人祝いに三人で遊びたいって言うからさ、お前の予定を確認したかったんだよ」
電話の向こうからの言葉に、俺は開いた口が塞がらない。
二人きりのデートでも本人からの連絡でもなく、千智を間に挟んだ提案とは想定外にも程があった。
彼女は一体何を考えてるんだ?
「そ、そうか。
近日中なら今のところいつでも都合付くぞ」
「となると、直近で三人とも休みなのが十三日の金曜だな。
その日にどっか連れてって祝ってやるかぁ」
「十三日だな、了解。
丸一日空けておくから、詳細も
読めない展開ではあるが、不安だった一美との距離も取れているので、無意識に肩の力も抜けた。
二日後にはシフトが被り多少身構えてしまうが、蓋を開けてみればいつも通りの一美に戻っていて、それはそれで逆に調子が狂う。
そして若干縁起が悪い日付の約束当日。
一月の風はかなり冷たいので、屋内で楽しめる場所から選考した結果、この日はボウリング場に来ている。
一美は運動神経が良いので、これなら喜ぶだろうと俺から提案した。
「おう一美!
今日はまたずいぶんと気合入ってんなぁ。
その恰好で動けるのか?」
「大丈夫ですよ千智先輩!
これでもパンツスタイルですし、上着脱げば結構動き易いんですよー!」
一見スカートと見間違えるワイドパンツに、軽く捲ったコートの下もゆったり目のニットと、確かに彼女の服装はそれなりに動けそうな気がする。
しかしどこか大人っぽくお淑やかな印象を与え、普段とのギャップに千智は少しばかり照れ臭そうだ。
集合と同時に電車で目的地に向かい、平日の日中なので待ち時間も無く遊び始められる。
相変わらずの明るさで場を盛り上げる一美の姿は、珍しい外見に反して通常通りにも見えた。
だが千智がトイレに行くと言って席を立ってところから、俺と一美を取り巻く空気も一転する。
「錬次先輩、これ覚えていませんか?」
そう言って彼女が胸元のチェーンをつまみ上げると、ニットの下から大きめのペンダントが顔を出した。それは妻だった一美も大切に保管していたロケットで、大好きなおばあちゃんの形見だったと記憶している。
しかし何故それを今この場で確認するのか。俺にとっては未来で知る情報だし、下手な発言はできないよなと考え込んでいたが、その
「やっぱり知ってるんですよね!
身に覚えありますよね⁉︎」
正面から身を乗り出して聞いてくる彼女を見ると、このロケットが過去の錬次となんらかの関係があるのは明白だ。ここで知ってる素振りを見せれば、あとで別人だとは言えなくなる。
「いやぁ、大きくて上品なロケットだなぁと思ってさ」
「それは嘘ですー。
ぱっと見ただのペンダントなのに、ちゃんと中が開くロケットだって分かってるじゃないですかぁ」
しまった。誤魔化しのセリフで墓穴を掘ったか……
「よかったぁ。
やっぱりお兄ちゃん、覚えてくれてたんだ」
ここ最近の一美は緊張気味だったのか、心の底から安堵感を得たような、穏やかでごく自然な表情に変化した。
そんな彼女を見ていたら次の言い訳など浮かぶわけもなく、『覚えてた』の対象が彼女自身かロケットについてかだけが気になっている。
「どうしたんだ一美?
いいスコアでも出て喜んでるのか?」
「いえ、このぐらい私には平均点レベルです!
先輩達と遊べて嬉しくなっちゃったんですよ」
千智が戻ってきた途端、あまりにも見事な切り替えに、素直に感心してしまった。しかしこの後どうするか……
俺の心配をよそに、千智の前ではずっと後輩の顔を続けてくれた一美のおかげで、ボウリング後の食事も買い物も違和感無く過ごす事が出来た。その演技力には若干恐怖すら感じる。
「先輩方、今日は本当にありがとうございました。
すっごく楽しかったです!
また遊びましょうね!」
「おう、俺も楽しかったよ!
次はボウリング負けないからな!」
「力押しの千智先輩じゃ、技能派の私には勝てませんよー」
結局その日は別れ際まで、一美が幼馴染に戻る事はなかった。ここ最近の言動は恐らく俺を試してたんだろうけど、掴み所がなくて困惑するばかり。
彼女の目的も求めていたのかも、この日は分からずじまいだ。
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