第三章 知らない過去と秘められた混沌に困惑する日々

第18話 特別な日だからこそ

「おぉー、ここが錬次れんじくんのお部屋かぁ」

 

「そ、俺が選んだわけじゃないけど、無駄に広くて住み心地もそこそこ良い、割とお高めな家賃なりの部屋だよ」

 

「もう、そんなひねくれた言い方しなくていいのに。

 あなたが住み始めて一年近く経つんだし、自分で揃えた物だってあるでしょ」

 


 今日は一月八日で千紗ちさの誕生日。

 日中は軽くショッピングに付き合った後、本当は何処か美味しい店で夕食でもと思っていたのだが、彼女の希望で早めに俺の部屋に来ている。一応片付けはしておいたけど。

 


「本当に良かったの?

 外食の方が思い出になりそうなのに」

 

「うちは錬次くんのお家がいいの。

 二人きりでゆっくりできた方が嬉しいから。

 それにこの映画も早く観たかったし!」

 


 彼女は満面の笑みで、映画のBDブルーレイを顔の横に掲げている。

 プレゼントにそれが欲しいと言われて買ったが、女子大生ってこんなに聞き分けが良くて、手間の掛からない人種だったっけ?

 リビングと寝室は別々にあり、一人の時はこじんまりした寝室でPCをいじってる事も多いのだが、この日ばかりはリビングの大型テレビとソファーの組み合わせに感謝している。

 


「でも皮肉だよね。

 まさか浮気現場を目撃した日が、うちの誕生日と同じ日だったなんて……」

 


 そう、偶然にも今日の日付けは、転生前の結婚記念日三日前でもある。

 なんとなく因縁のようなものを感じずにはいられないが、千紗の誕生日と一美の浮気に関連性などあるわけもないので、あえてこちらからは明言せずにいた。まぁ浮気話を明かした時点で、彼女もすぐに気付いていたようだが。

 


「今日は余計な話は抜きにしよう。

 せっかく千紗ちゃんのおめでたい日なのに、暗くなったらもったいないよ」

 

「それもそうだね。

 じゃあ早速映画を観よう!」

 


 おっとり系の見た目に反して、彼女が好むのは割とアクション系の作品が多い。いや、もしかしたら俺の好みに合わせてくれてるのかもしれないな。

 約二時間ほどモニターにかじり付いた俺達は、余興を楽しむように映画の話題で盛り上がった後、不思議な話に切り替わった。

 


「錬次くんの人生って本当に映画みたいだよね。

 過去の自分に戻るならまだ分かるけど、血の繋がりも無い別の人で、生前に色々と関わりのあった人物に生まれ変わるなんて」

 

「なんなんだろうな。

 本当の錬次がどこに行ったのかも分からないのに、なんか体を乗っ取ってしまった気分だよ」

 

「実は二色にしきさんの人格は深い眠りについてるだけで、まだ体の奥にいたりして……?」

 


 先日実家に帰った時から、その可能性も考えていた。あの時はまるで錬次と一緒に居るみたいだったし、この体を動かしているのが自分以外にもいる気がしたから。

 転生した時点で今更だが、一人の体に二つの魂があるというのはさすがに非科学的だし、もし錬次が目覚めたら俺はどうなるのか。そう思うと怖くなり、あまり考えないようにしていた。

 


「どうなんだろうね?

 でももしその通りだとして、突然錬次が目覚めて俺が消えたりしたら、千紗ちゃんはどうする?」

 


 軽い気持ちで質問したのだが、彼女は途端に真顔で凍りつき、あからさまにショックを受けているのが分かる。小さく開いた口はピクリともせず、見るからに放心状態だったので、ちょっと心配になってきた。

 


「ごめんごめん。

 あくまでも可能性の話しだし、そんなに動揺しないで。

 俺はここに居るからさ」

 


 次の瞬間、微動だにしない彼女の左眼から、一滴の雫が頬を伝った。それを皮切りに両眼とも潤んでいき、表情を歪めながらぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。

 


「ちょっと、そんな本気にしなくていいよ。

 俺はずっと千紗ちゃんのそばに居るから」

 

「だって、想像したらすごく怖かったんだもん。

 突然あなたが消えて二度と会えなくなったら、しかもその体で別の人が生きてたらって考えたら、本当に怖いよ……」

 


 そう言って涙をぬぐう千紗を見ていて、ものすごく複雑な気持ちになった。

 


「それってさ、一美ひとみにとっての錬次の状態だよな……」

 


 全く同じ状況とは言えないが、昔好きだった人と再会できたのに、実は中身が別人だなんてあいつが知ったらどうなるのか。

 まだ知り合って九ヶ月程度の千紗でさえ、想像しただけで泣き出すほどのショックを受けている。

 なのに一美にとっては、現実に起こっている悲劇なんだ。

 


「そうだよね……。

 一美ちゃんが知ればその辛さに耐え続ける事になるし、もしかしたらあなたの事を恨むかもしれない。

 だから絶対に言わない方がいいと思う」

 


 その後気持ちを切り替えて二人で夕飯を作り、着替えも準備してきた彼女は俺の部屋に泊まった。

 二人で一緒にベッドを使うのは少々狭かったが、その分密着出来ると喜ぶ千紗に、抱きしめる腕にも力が入る。

 

 翌日は成人の日。

 凍えるような寒さの中を、晴れ着姿で歩く若者達が目に付くが、もう遠い昔の話として懐かしむばかり。

 


「今年の成人式は一美ちゃんも出てるんだよね。

 あ、帰省してそっちで参加するんだっけ?」

 

「うん、だから一美は大晦日から帰って来てないよ。

 確か式が終わったらすぐこっちに来るはず」

 


 千紗も今日は同じ時間にシフトが入ってるので、家から一緒に通勤している最中だ。

 しかしもう一年早く出逢えていれば、千紗の晴れ着も見られたのか。少し悔しい気もする。

 


「うちの去年の写真あるよ。

 今度見てみる?」

 

「なんで俺の心の中読めてんの⁉︎ 

 千紗ちゃんエスパー⁉︎」

 

「この数ヶ月で色々あったし、表情見ればなんとなく分かるよ。

 でも嬉しいなぁ。

 うちにそんなに関心持ってくれて」

 


 店に着くと祝日なりの賑わいで、正月程ではなくてもそれなりに忙しい一日を覚悟した。


 成人式後のお祭りテンションの若者に多少手を焼きながらも、無事に営業終了を迎えようとしていた矢先、右からの聞き慣れた元気な声に反射的に体の向きが変わる。

 


「錬次先輩。

 三隅一美みすみひとみ、ただいま帰還しました!」

 


 大荷物を抱えて、いかにも新幹線を降りたばかりですみたいな一美が、閉店間際にわざわざ店まで来たらしい。

 肩に下げた可愛い柄のボストンバッグに似つかわしくない、勇ましい敬礼姿である。

 


「お勤めご苦労。

 無事に親孝行と成人の儀は執り行えたか?」

 

「滞り無く遂行して参りました!

 なので先輩、可愛い妹に成人祝いとご褒美をください!」

 


 何言ってんだコイツ。成人祝いを新成人にたかられるなんて、さすがに人生初体験だぞ。

 満面の笑みで両手の手のひらを向けられるが、一体どうしたものか。

 


「何が欲しいんだよ。

 生涯一度切りのめでたい日だから、一応祝ってやる」

 

「わーい!

 じゃあデートしてください!」

 

「はぁあ⁉︎」

 

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