第15話 真実の為にもお邪魔します

 俺にとって二度目の二〇一六年も残すところあと半月ほど。

 街は綺麗な飾りに彩られ、クリスマスムードもいよいよ本格化し始めているが、今はまるで心に響いてこない。

 もちろん彼女無しのぼっちで迎えるからではなく、二つの大きな壁が楽しい雰囲気を覆い隠しているからだ。

 まず一つ目は数日後に訪れる実家イベント。これは千紗ちさと共になんとか乗り切りたいところだが、果たして上手くいくのか。

 もう一つは錬次れんじ一美ひとみの過去の関係が浮上した件だ。確かに妻だった一美から十年近く地方で暮らし、大学から上京してきたとは聞いていたが、過去に錬次と知り合っていたとまでは聞かされていない。いや、やはり言えない理由があったのか……

 


「あのイルミネーション綺麗だね! 

 錬次くんとの初めてのクリスマスも楽しみだなぁ」

 


 隣で目を輝かせている千紗に対しても、こんな気持ちのままでは申し訳ないし、意見をもらったほうが良さそうだ。

 


「千紗ちゃん、ちょっと相談したい事があるんだけど」

 


 俺は先日電話で聞いた内容をそのまま伝え、今まで一美はそれについて触れていないところまで付け加えて話した。

 しかし彼女には思い当たる節があるのか、さっきの明るさから一転し、神妙な面持ちになって口を開く。

 


「そう……だったんだ……。

 それなら納得がいくかも」

 


 指で顎をつまみボソボソと呟く姿は、まるでどこかの探偵を連想させる佇まいだが、その目には哀しさも滲んでいる。

 


「実はね錬次くん、うちらが付き合いだして間もない頃に、一美ちゃんに言われたの。

 応援しようと思ってたけど、やっぱり無理かもしれないって。

 うちはそれでも友達でいたいんだけど、ずっと距離を置かれててほとんど話せてないの」

 


 言われてみれば八月中旬頃から、二人が仲睦まじく話してるところを見ていないし、それまで機嫌を損ねてた一美は再び絡んでくるようになった。

 つまり俺の知らないところにキッカケがあったのか。

 


「その時の最後に、『私も約束があるから』って言った一美ちゃんが今にも壊れてしまいそうで、何か深い事情がある気がしてたの。

 だから錬次くんと一美ちゃんの関係を疑ったり、うちらの交際を秘密にしたいって言ったんだよ。

 まさか二人が幼馴染だったとは思わなかったけど……」

 


 千紗の話と電話での内容を繋ぎ合わせると、どうやら一美と錬次は相当深い関係があったようで、一美はそれを隠したまま今も俺に接触している。

 理由は分からないが、昔の自分を思い出して欲しいなどと想像する事は出来る。

 それか約束とやらが錬次に関係していて、一美は縛られているのかもしれない。

 これを解決するにはまず外堀から埋めたい。

 その為には六日後に会う親から情報を得るのが、一番確実で手っ取り早いだろう。

 俺と千紗は一美の件を一度保留にする事に決めた。

 


 そして錬次の実家訪問当日。

 緊張のあまり昨夜はほとんど眠れなかったが、俺より眼を充血させている千紗を見ると、自らを鼓舞する事ができる。

 


「ごめんな千紗ちゃん。

 そう言えば人見知りだったもんな」

 

「ううん、うちから言い出したのに、こんな状態で……」

 


 錬次の実家はしっかりとした木造の一戸建てだった。

 インターホンを押して千紗と喋りながら待っていると、すぐに内側から玄関の扉が開いていく。

 


「おかえり錬次。

 あといらっしゃい、えーっとチサちゃん?」

 

「は、はじめまして! 岸田千紗きしだちさと申します!

 いつも錬次くんには、その………た、大切にしてもらってます!」

 


 中から出てきた綺麗なおばさんは、どう見ても四十歳ぐらいにしか見えないのだが、電話の声と同じだった。

 それにしても千紗は相当力んでいるが、これはこれで……

 


「あらあら、聞いてた通りの可愛らしい子ねぇ。

 今日は自分の家だと思ってゆっくりしていってね」

 


 古風な作りの家の中は、和を感じる置物が至る所に飾られている。

 通された居間も畳がずらっと並び、ちりひとつ無いほど綺麗だ。

 


「錬次くんのお家すごいね。

 お母さんも錬次くんとそっくりだし、優しくて人当たりが良さそう」

 

「あぁ、俺もびっくりしてる。

 長男産んだのいくつだよ? ってぐらい若々しい母親だった」

 


 母親がお茶を準備するまで待ってると、先に部屋に入ってきたのは作務衣さむいのような部屋着を着た中年男性。

 体は細いがなんとなく威圧感を感じるその男は、恐らく錬次の父親であろう。

 


「おかえり」

 

「あ、あぁ、ただいま父さん」

 

「ん……」

 


 仏頂面で響くような低い声を出す父親は、ゆっくりと腰を下ろした。

 なぜか不機嫌そうなその態度に、千紗も相当固くなっている。

 


「そちらのお嬢さんがお前の彼女さんか」

 


 千紗はさっきよりもガチガチのまま慌てて自己紹介をしたが、父親は様相を崩す事なく黙って聞いていた。

 


「お父さん、あんまり脅かさないの!

 千紗ちゃんが怖がってるじゃない!」

 

「いや、そんなつもりはないんだが……」

 


 よくよく見るとどうやらこの父親、千紗に負けず劣らずの人見知りで、機嫌が悪いのではなく緊張しているらしい。

 戻ってきた女房には頭が上がらないのか、割と可愛い一面も見せる。

 その場の約二名が若干プルプルしたままだが、錬次の両親との会話は思いの外弾んだ。

 食事を挟んで慣れてきた千紗も、仕事中の俺の様子を語ったり、幼少期から学生時代の話題に仕向けたりと、順調に錬次の人物像が脳内に補完されていく。

 


「なんだかあんたずいぶん逞しくなったのね。

 前は基本消極的だったのに、自分から他の人の面倒見にいくなんて。

 体も少し筋肉質になったし、いい男に成長してるんじゃないのー?」

 

「そうなんですか? 

 錬次くんはいつもみんなに頼りにされてますよ」

 


 本当に違和感無く会話が成立してて、逆に違和感だ……。

 だいぶ場も和んでいるので、そろそろ本題に入ろう。

 


「あのさ母さん、実はうちのスタッフの中に三隅一美みすみひとみがいるんだ」

 


 それを聞いた瞬間、母親は唖然となり動きを停止させた。

 


「そっか……。

 十一年ぶりだけど、少しは約束も守れたんだね」

 

「……! その約束ってどういうものですか?

 錬次くんはうちがいくら聞いても教えてくれなくて……」

 


 千紗からのそれらしい理由を絡めた質問に対して、母親はニヤニヤしながら天井を指差し、気分良くヒントをくれる。

 


「あんたでも一応彼女さんには気を遣うのね。

 錬次の使ってた机の引き出し、そのままにしてあるから手紙も残ってるわよ」

 


 約束は手紙に書かれた物なのか。

 いよいよ正体が判明するとなれば、自然と身体にも力が入るが、その中身を知らない事には何も始まらない。

 俺と千紗は二階にある錬次の部屋に入ると、壁際に置かれた古い学習机を発見し、引き出しを震える手でゆっくりと引いた。

 

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