第14話 巻き起こる大嵐の予感

 十二月に入り、街の景色や空気もすっかり冬の色に染まった平凡な週日、勤務中に残されていた一本の着信履歴を見て、身体の芯から凍えてしまいそうになる。

 無かったことにするには少々リスクが大き過ぎる相手だったので、休憩時間の内に店の外に出てかけ直すことにした。

 


「もしもし錬次れんじ? 

 さっき仕事してる最中だった?」

 


 俺は第一声の前からつまずいた。錬次がこの相手をなんて呼んでいたのか分からなかったのだ。

 しかし電話した手前、黙っていれば尚更不審がられるし、今は身近な相手だと思い込んで乗り切るしかない。

 


「あぁ、さっき休憩に入ったとこなんだ。

 それより母さんは何か用事でもあったのか?」

 

「あらそれは悪かったわね。

 でもあんた全然連絡よこさないし、こっちは休日も把握できてないんだから諦めてね。

 要件はもちろん年末年始の話よ」

 


 いつかこんな日が来ると分かってたが、錬次の家族になど会ったこともない。あちらは錬次を産まれた時から知っているが、俺から見れば完全に初対面って、この温度差をどうすりゃいいんだ。

 


「あんたの事だからどうせ元旦から仕事でしょ。

 余裕ある時でいいから、せめて年内中に一度くらい顔見せなさいよ」

 


 錬次の実家は県内だし、住所までは掴めている。

 しかし他人のフリして相手の家族に会うとか、いくらなんでも無理ゲーだろ……

 


「了解。予定確認したらまた連絡するわ」

 


 電話を切ったと同時に、大きなため息が漏れた。最早苦笑いしか出てこない。この無理難題にどう立ち向かえば良いのか。

 肩を落としてとぼとぼと店に戻ると、心配そうに千紗ちさが駆け寄ってきた。こんな展開にもだいぶ慣れてきてしまった自分がいる。

 


「錬次くんどうしたの? 

 なんか落ち込む事あった?」

 


 仕事中なので詳しい話は後にして、帰宅前に伝える約束だけをした。

 あまりに現実離れした内容でも、こうして打ち明けられる相手がいるだけで、なんだかホッとした気分になる。

 


「どうせならうちで聞こうか?

 晩御飯作るよ」

 


 自分の彼女が天使に見えた。

 俺の様子から深刻な要件ではないと察したのか、笑顔で提案してくれた彼女に甘えて、職場から直接千紗の部屋にお邪魔する。

 彼女は料理が得意なのも知っていたが、手持ち無沙汰になると考え込んでしまう為、俺も一緒に料理を手伝って気を紛らわせた。

 そうして完成した夕食を食卓に並べて、いよいよ本題に突入する。

 


「なるほど、錬次くんのご実家に……。

 二色にしきさんの過去を知ってる人に会うのは、今のあなたにとって確かに難問だよね。

 あとうちひとつ気になったんだけど、言ってもいい?」

 

「ん? どしたの?」

 

「今まではその体に二色さんの人格があったはずなのに、今はどこにいるのかな? って思って……」

 


 薄々感じてたけど、正直そこが一番不可解なんだ。

 過去と未来の二人の壱谷千智いちたにちさとが存在している分、この時代の二色錬次が何処かに消えてしまったのか。はたまた現在の千智の中身が、実は錬次と入れ替わってる的な展開なのか……。

 考えても答えなんて出てこないし、俺には知るすべもない。

 


「ごめん、いじわるなこと聞いちゃったね。忘れて。

 それよりご実家の件だけど、ちょっと良い方法思い付いたかも!」

 

「おぉ、それは助かる。どんな方法?」

 

「うちが一緒にお邪魔させてもらうの。

 初対面の彼女が彼氏の実家で昔話を聞きたがるのは、ごくごく自然な流れでしょ?

 そうやって場を持たせながら、色々と過去の情報も拾っていくの!

 どう? 名案じゃない?」

 


 感心して思わず拍手をしながら、途中途中に彼女の頭をわしゃわしゃと撫でる。子どもみたいに照れてる顔が本当に愛しい。

 その方法なら不審に思われずに色々聞けるし、今後家族と関わる時も気楽になりそうだ。

 何かひとつ忘れている気もするが、悩みが減った俺は急激に食欲が湧き、あっという間に食卓の料理を片付けてしまう。

 


「美味かったー! ごちそうさま。

 そう言えば来月の誕生日は休み取れたけど、どこか行きたい所ある?」

 


 千智と一美ひとみの誕生日会は仲のいいメンツを集めて開いたけど、彼女の誕生日ぐらいは二人きりで祝いたい。

 


「ホントに⁉︎ 

 うーん、すぐには決まらないから、ゆっくり考えておくね。

 ありがとう錬次くん」

 


 その夜は千紗の厚意で家に泊めてもらい、恋人らしく幸せなひと時を過ごした。

 


 数日後、月末の予定と千紗の都合が付く日を考慮して日にちを絞った俺は、約束通り母親に連絡を入れる。

 


「もしもーし、どうしたの錬次。

 予定が決まったの?」

 

「あぁ、候補日がいくつかあるから、それはメッセージを読んでくれ。

 あとさ、彼女連れて行ってもいい?」

 


 一般的に考えれば、結婚前提の付き合いみたいに思われるのだろうか。ずっと錬次として生きるならそれもありだが。

 しかし今回のミッションはその件に匹敵する重要度だ。

 下手な事をすれば別人だとバレて、全てを告白する展開だって起こり得る。

 それを知った向こうの家族がどう思うか……

 


「あらまぁ!

 遂にあんたも女の子を連れてくるのね。

 それなら美味しいご飯も用意してもてなさないとねー!」

 


 息子想いの母親らしく、とても気持ちの良い反応をしてくれる。

 しかし錬次はモテそうなのに、今まで女の一人も紹介して無かったのか。やっぱ奥手だったんだな。

 


「そっかそっか。

 あんた一美ちゃんの事しばらく引きずってたからさ、他の女の子に興味持てるかずっと心配してたんだよ」

 

「……は? 母さん、一美って………?」

 


「昔近所に住んでた幼馴染の三隅一美みすみひとみちゃんだよ。

 あんたら本当の兄妹みたいに仲良しで、いっつも二人で遊んでたでしょう。

 あんたが六年生の時に、一美ちゃんの引っ越しが原因で不登校になりかけたのは、さすがに母さんも心配したよ。あんた毎日泣いてたんだもん。

 それから成長しても一切浮いた話も出ないしさぁ」

 


 俺は頭の中が真っ白になった。

 全身の力が抜けてだらりと垂れ下がった腕からは、持っていたスマホの重さもまるで伝わらず、無情にも床に投げ出された母親の声は、室内の環境音の一部と化している……

 

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