第13話 ここから始まる共通認識
十月も残り一週間ちょいとなった日曜日。
この日は珍しく俺と
開店早々安くなった冬服は飛ぶように売れていき、店内は季節外れの熱気に包まれていた。
「せんぱーい、この商品探すの手伝ってくれませんか?」
商品を検索した端末を私物のごとく振り回し、一美がバックルームの奥から大声で呼んでいる。
「おう、今行く。
でも店の機材は大切にな、
「むぅ、一美でいいって言ってるじゃないですかー」
いや勤務時間中はさすがにあかん。
表情で察しろと威圧しながら、首を全力で横に振った。
「二人ともずいぶん仲良くなったんだねー。
初々しいカップルみたいで、見ていてなんだか微笑ましいわ」
俺達の話し声が外まで聞こえたのか、この店一番人気の美人社員も野次馬みたいなノリで会話に参加してくる。
「仕事中なのに遊び半分ですみません。
でも藤田さん、俺達そういう関係じゃないので、あまり冷やかさないでもらえますか」
「あらそうなの?
別に冷やかしたつもりじゃないんだけど」
この場に
あの子は怒ったりはしないだろうけど、気を遣って平静を装いながらも、胸の奥で泣いているタイプだからな。
しかし商品を探しているはずの一美は、なぜか関係無い場所を見ながら手が止まっている。
「どうしたの三隅さん。
探してた商品見付かったの?」
「……私と先輩がカップルなんて、そんな事あるわけないですよねぇ。
もう、何言っちゃってるんですかねぇ藤田さんは」
まだその話を引きずってたのかと呆れたが、こちらを向いた彼女の頬はまるでリンゴのように真っ赤だった。
夕方までの勤務が終わり、遅番の
あまりのやかましさに指で耳を塞ぐが、その上から軽々と鼓膜を打ち付けられるほどだ。
「
これから寄りたい所があるので一緒に付き合って下さい」
「別に構わないけどさ、どこに行くんだ?」
息を切らしてまで走ってきたけど、そんなに大切な用事があるのだろうか。
呼吸を整えてる一美は落ち着きを取り戻すと、ようやく本題を切り出した。
「来週何があるか忘れちゃったんですか?」
「何がって、千智と君の誕生日以外に何かあるのか?」
今月の三十日と来月の一日に起こるイベントだが、これは忘れるわけがない。当たり前過ぎるので他にあるのかもと勘繰っていたが、どうやら深く考える必要は無かったみたいだ。
「む……、模範解答以上の答えを出すとはさすがです。
千智先輩の誕生日プレゼント選びに付き合って欲しいんですよ!
私より錬次先輩の方が、千智先輩の好みを知ってそうですし」
すでに俺から渡す物は用意済みだが、これはかえって好都合かも知れない。なにせ自分の記憶を
こうして俺達は駅から直結してる大型のショッピングモールに足を運んだ。そこならアクセサリーから日用品まで、複数の店から良い贈り物を選べるし、俺も先日一足先にここで購入したのだ。
一美から最初に貰ったプレゼントは、確かスマホケースだったよなぁと思い返していると、隣を歩いていた彼女の姿が消えている。
「先輩! 見て下さいこのワンちゃんのスマホケース!
肉球の部分とかめっちゃ可愛くないですか⁉︎
千智先輩のケース、すこーしボロっちぃんですよねぇ」
「これだよこれ!
これなら千智も絶対喜ぶよ。
あいつの機種も分かるから誕プレこれで良いんじゃない?」
まさかの一店舗目でお目当ての品と遭遇し、これでお役御免だと安心していると、さっきまでご機嫌だったはずの一美は何故かあからさまにムッとしている。
「錬次兄さん、私とお買い物するの嫌なんですか?」
「いやそんな事ないよ。
純粋にそれが良いかと思っただけで」
「そうですか、それならいいです。
では一応他のお店も一周回ってみましょ。
他にめぼしい物が無ければこのワンちゃんに決めます!」
よく分からないまま機嫌を取り戻した一美に引きずられ、全店を制覇する勢いでプレゼント候補を吟味する。
なんだかんだで結局最初の店に舞い戻り、希望通りの物が買えた事には胸を撫で下ろした。
ついでにお詫びだと言ってクレープまで奢らされたが、この喜ぶ顔をワンコインで見られたと考えれば得したとも思える。
「美味しいですよ先輩!
先輩もひと口食べます?」
「クレープってそんなに美味かったっけ?
どれどれ……」
勧められるまま少し
顔も俯き気味で、手元のクレープを見ているだけだった。
「どうした?
お腹いっぱいになっちゃったのか?」
「いえ……考えてみたらこれ、間接キスになっちゃいますね」
さすがの俺でも気が付いた。すでに一美は錬次を異性として意識してしまっている。思い返せば今日一日の彼女の行動だけでも、好感度がかなり高いことくらい分かるじゃないか。
「そんなこと気にしなくていいぞ。
君は俺の妹分だろ?
兄妹のつもりで考えれば、恥ずかしくもなんともないから」
「……そう……ですよね。
別に恥ずかしくないですよね」
その声色からさっきまでの元気の良さは微塵も感じられず、彼女を落ち込ませてしまった罪悪感よりも、応えられない好意の大きさに衝撃を受けている。
気まずさから会話も無くなったままその日は駅で解散したが、後日顔を合わせた時にはすっかり元の懐っこさが戻っていた。
しかしこの距離感を続けるのはお互いにとってデメリットしかないと、改めて関係性を見直す事になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます