第10話 通常営業でサプライズデー

 九月も終盤に差し掛かってきた今日この頃、俺は仕事もプライベートも順調にこなしており、千智ちさととの関係性も良好だった。

 


「おーい一二いちにぃコンビ先輩!

 どっちでも良いのでこれ運ぶの手伝って下さい!」

 

三隅みすみさん、どっちでもいいって何だよ……。

 せめてどちらか決めてから呼んでくれ」

 

「えー……、指名料を請求したりしませんか? 

 今の私は先輩達に払える余分なお金なんてありませんよ?」

 


 何よりも一美ひとみに避けられていた時間が嘘のように消えて、一緒に働く仲間として当たり前の日常を過ごせるのはすごく大きい。

 そんな俺達の関係に千智も安心したのか、以前にも増して真剣な態度で仕事に向き合ってるのが分かる。

 


「千智、この茶番に付き合う時間が無駄だから、お前はやろうとしてた業務に入ってくれ。

 こっちは引き受ける」

 

「おう、頼んだぞ錬次れんじ

 


 八月直前の出来事から、千紗ちさとの交際もスタートさせていた俺は、一美との接し方にも以前とは違った余裕を持てている。

 妹ができたと考えれば、大した違和感もなかったのだ。

 


二色にしきさん二色さん、二色さんと壱谷いちたにさんって、昔からお知り合いだったんですか?」

 

「え? いや、俺があいつと出会ったのはこの店だよ」

 

「そうでしたかぁ。

 なーんか普段から息が合ってたので、幼馴染とかそのぐらいの仲良しさんなのかなぁと思いまして」

 


 まぁ俺からしたら幼馴染どころの関係性ではないからな。

 しかし意外と直感が鋭くて、たまにドキッとさせるのが怖いんだよな一美は。

 


「おい錬次ー、それ終わったらやっぱこっち手伝ってくれ。

 品出しが全然追い付いてない」

 


 季節の変わり目は洋服の売れ行きも伸び、遅番の主力になっていた俺達は毎日店内を駆けずり回っていた。

 


「お疲れー! 今日も働いたなぁ。

 パッキン運んだ数なら錬次にも絶対負けてねぇぞ!」

 

「あははっ! 

 なんかその言い方だと、他は全部二色さんにボロ負けみたいですね!」

 

「こら三隅、気にしてる事をはっきり指摘するな!」

 


 仕事終わりでくたくただった俺は、一美の提案で千智を含めた三人揃ってラーメン屋に来ている。

 この店は駅から近くてテーブル席もあり、錬次の体になってからもすでに顔馴染みになりつつある。

 軽く酒が飲めて腹も膨れる上に、お財布に優しいコスパ良好店なので、とにかく気楽に来られるのがありがたい。

 


「はいこれ。

 私から二色さんへのプレゼントですよん」

 


 突然一美から小包みを差し出され、俺は何事かと首を傾げる。

 


「明日はシフト入ってないんです、私。

 二色さんのお誕生日、明日の二十日ですよね? 

 二十三歳おめでとうございます!」

 


 そう言えばそうだった。

 千智だった俺も、入社してすぐに同い年の錬次とは誕生日の話題になって、夏頃には話しの流れで一美にも伝えてたんだっけ。

 転生した時点で確認イベントは過ぎてたから、錬次の誕生日なんてすっぽり記憶から抜け落ちてた。

 というか色々あり過ぎてそれどころじゃなかったし……

 


「ありがとな一美。

 十一月一日にはちゃんとお返しするから」

 


 思いがけず転生前のノリで対応してしまった俺に、二人は目を丸くしたまま凍りついてしまう。

 一美はだんだんと紅潮していき、真っ赤な顔であわあわと戸惑い始めた。

 


「どど、どうして、に、にぃ、二色さんが、わ、私の誕生日を、し、知ってるんですかぁー⁉︎」

 

「三隅さんさすがにテンパり過ぎな。

 でも本当になんで錬次は知ってたんだ?

 誰かに聞いたとか?」

 


 そりゃ六回は祝ってるからなぁなんて言えるわけがない。

 適当な理由を付けなければ。

 


「面接の日にたまたま履歴書が見えちゃったんだよ。

 プライバシーなのにすまんな」

 

「な、なるほど……。

 そういう事でしたか………」

 


 なんとか誕生日の件は上手く誤魔化せたみたいだが、彼女の火照った顔はほとんど冷める気配を見せない。

 


「じゃあ三隅さんのことをいきなり下の名前で呼んだのは、一体どういう風の吹き回しなんだ?」

 

「あー、それな。うん、それなぁ……。

 なんか妹に誕プレもらったような感覚で、嬉しくなってついノリでな」

 

「お前兄貴しかいないじゃん。

 まぁこれ以上余計な詮索はしないけどさ」

 


 苦し紛れの言い訳に千智は完全に疑いの目を向けてきてるが、俯いている一美は前髪に隠れて表情も確認できない。

 いたたまれなくなった俺は、優しくさとすように声をかけた。

 


「びっくりさせてごめんね、三隅さん。

 サプライズのお返しだったんだけど、悪ノリし過ぎたよ。

 これ開けても良いかな?」

 

「はい。あと、名前でいいです……」

 


 ほんの少し顔を上げた一美は、恥ずかしがりながらも決して不機嫌そうではなく、上目遣いでボソッと呟いている。

 


「えーっと、『一美』って名前で呼んでくれってこと?」

 


 恐る恐る再確認する俺に、彼女は黙ったまま何度も頷く。

 その様子を横目で見ている千智は、腹が立つほどのニヤけづらだ。

 気を取り直してプレゼントの包みを慎重に開くと、中には綺麗な柄の青いハンカチとメッセージカードが入っている。

 


「良い色のハンカチだね。

 ありがとう。大切に使うよ」

 

「はい、妹だと思って可愛がってやって下さい……」

 


 もごもご言ってて聞き取りづらいが、内容も意味不明だ。

 


「そ、そうだね……。

 せっかくだから妹からのお手紙も、ここで音読した方がいいかい?」

 

「ちょっと‼︎ 

 それはホントにやめて下さい!」

 


 一美はテーブルを叩きながら、慌てふためいて立ち上がる。

 少し茶化してやればこの通りいつもの調子だ。

 こうした切り替えの早さも、彼女の魅力のひとつだろう。

 

 その後千智からもついでのようにプレゼントを貰い、その日は気分良く解散した。

 思い返せば錬次は割と早くから一美を名前で呼んでいたが、キッカケがこんな形だったかは正直定かではない。

 帰宅後にメッセージカードを開けると、いかにも彼女らしい言葉がつづられており、なんだか暖かい気持ちになった。

 


『二色さん、お誕生日おめでとうございます。先輩にはいつも助けてもらってばかりでごめんなさい。でも先輩が居てくれるから、私は楽しい日々を送れています。私も先輩を楽しませてあげられていればいいのですが……。何はともあれ、これからもよろしくお願いします! 可愛い後輩より』

 

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