最終話 わたしたちのジャッジメント(前編)


「……おっぱいチャージ、レベル。これが私のーージャッジメントよ!」


 ユウの叫び声が矢場杉産業本社ビルの屋上に響く。

 遠くに見える山並み。

 青い空に浮かぶ飛行機雲。

 降り注ぐ太陽の光。

 これらの宇宙の恵みを護れるならば、それが正義。ユウは確信していた。


 ーー正義の執行であるならば、その手段は問われないはず。目的は手段を正当化するはず。迷ってはいけない。

 ーー今まで、わたしの心には迷いがあった。ギフテッドもどきであることへの後ろめたさ、それがわたしの迷いだった!

 ーー戦闘においてTOVICはまさに無敵だった。わたしが一声叫べば、戦況はすべて意のままになる。それは麻薬のように甘美で、二次会の後のラーメンのように蠱惑的だった。

 ーーいつしかわたしは自分が正義の審判員になったかのような勘違いをしていた……。

 ーーしかし、違ったのよ! 万能のTOVICを操る能力、それこそがわたしに与えられたギフト! それを正義のために使ってこそ意味がある! 


「正義には時として痛みが伴う! 亡くなったパパが、傷ついたママが、わたしのチャージのためにサポートしてくれたレーちゃんとメグが、それを望んだのなら……、わたしは、みんなの想いをこの胸に込めるだけ! それが、それこそが、わたしのジャッジメント!」


 両手の拳を握り、両足で踏ん張るユウの胸はたわわに実っていた。空に向かって両手をかざし、それを勢いよくマークに向けて突き出して、ユウは高らかに叫んだ。


「くらいなさい! 正義の光を! おっぱいビーム、オーバーローデッドォォォォォオオォォ!!」


 まばゆい光がユウを包み、徐々に胸の双丘に輝きが収束していく。それがユウの身体全体を照らす光の円盤から、目がくらむほど明るい二つの星にまで集約された途端、咆哮とともに二本の光線となって解放された。


「Iまでチャージしたのは初めてなんだから!」


 マークは仁王立ちのまま、身じろぎもせずに突進してくる二筋の光の束を正面から受け止めた。圧倒的な光量がマークを蹂躙する。


「むむ、ぐっ!」


 身体の真正面からビームを浴びて、マークは後ずさる。マークの身体が白く輝く光に埋没した。ユウの背後から二人の対峙を見守っていた三人が口々に声を上げる。


「ユウ!」

「やったわ、ユウちゃん!」

「すごい破壊力なのです!」


 やがて、光が途切れ、視界が晴れる。

 目が慣れて来たユウの視界が、周囲の映像をゆっくりと映しだしてきた。


 そこには一人の男、マークがゆらりと立ちはだかっていた。マークは言葉を途切れさせながら、苦しい息遣いで、ユウに語りかけた。


「ふふふ。ユウくん、……いい攻撃だったよ。……人を捨てたこの私に、これほどのダメージを……与える……とは」


 マークは幽霊のように片足を踏み出しかけて、ずさっと膝をつく。しかし、そこからゆっくりとマークは再度立ち上がって、声を上げた。


「この勝負、……私の勝ちだ……。私は、倒れない。私は、退かない。私は、省みない。そう誓ったのだ。アネハ姉さん、押紹散師匠、デス代、ボック、散って行った者たちのためにも……、私は、私は、進まなければならないのだああああ!」


 くわっと目をむくと、人外の形相と化して、マークは一気に間合いを詰めて来た。恐ろしい気迫。レベルIまでチャージしたおっぱいビームが真正面から直撃しても、なお立ち上がってくる気力。


「戦いとは、破壊力の大小ではない。ましてや能力の多寡でもない。純粋な気力の有無なのだよ、ユウくん。純粋な想いの量で勝負が決まるのだ。キミの攻撃はしょせんTOVICにより生み出される機械エネルギーの一つでしかない。そんなものに、何人もの無念が叩きこまれた私の気迫が、負けると思ったかね? 見なさい。これが、私の、デス・ジャッジメント・クリアランスだ! うおりゃああああ!」

「あのビームをかわしたの? ま、まさかあれを真っ正面から受けきったというの! あれが受けきられたら、わたし、どうしたらいいの!」


 ユウは完全に負けたと思った。迫りくるマークの気迫に、逃げる気も起きなかった。


「レーちゃん、メグ、ママ。ごめん、わたし、勝てなかった……。しょせんわたしの力は偽物……、なんの想いもこもっていないまがいもなのよ」

「なに言ってるの、ユウちゃん! リチャージして! もう一回ビームを当てれば勝てるから」

「メグ、無理だうよ。もう、間に合わないよ」

「そうだ、ユウくん、キミの、キミたちの負けなのだ。想いの量で私には勝てないのだ! 観念したまえ! そのTOVICスーツ、いただく!」


 ついにマークの腕がユウのレオタードを掴もうとした刹那。レーの声が凛と響きわたる。


「勝負はまだだよ、おっさん!」


 高らかに叫んだパンツ一丁のレーは、おもむろにパンツに手をかけると、するりと脱いでそれを投げ捨てた。屋上を吹き抜ける風がレーのビキニパンツを連れ去って行く。


「ありがたく思うのね。私をここまで脱がせたのはあんたが最初。行くわよ! メグ、サポートして!」


 レーが叫び声とともに高く高く跳躍した。放物線の頂点からマークに向かって鋭角に飛び蹴りを放つ。


「そんなもん、この私には効かぬ!」


 マークは突進をやめて一旦立ち止まると、中空から飛んできたレーの蹴りを、足首からがしっと鷲づかみした。


「うおっ、なんだ、これは!」


 マークは今日初めて狼狽した声をあげた。レーの足首を握力五百キログラムまで増強されたマークの腕が掴むことすらできなかったのだ。正確に言うと一度は掴んだ足首だったが、いともたやすくするりと引き抜かれたのだった。


「ど、どういうことだ」


 スタッと屋上に着地した全裸のレーが振り向いてドヤ顔をする。


「さすが矢場杉産業薬品部の最高級チューブワセリン、お徳用ビッグサイズ百グラム入りね。このぬめりとすべり、最高だわ。お尻の穴にもぴったりだね」


 そういうとレーはワセリンのチューブをユウにむかって思い切り振り絞った。ユウのTOVICスーツがワセリンまみれになる。


「これで時間は稼げた! ユウ、がんばってクイックチャージするのよ! 諦めちゃダメ! 今よ、メグ、スリッパリー・アタックを!」

「マジカル・ミラクル・リリカル・バニー! この世で一番ぬめるものでユウちゃんを護れー」


 メグが呪文を唱えると、召喚獣が雨のように降り注いで、マークを取り囲んだ。それは大量のうなぎだった。


「うお! このぬめりはなんだ!」


 マークは叫びながら一歩踏み出そうとするが、足の裏が地面を掴み切れずに滑って転んでしまう。気持ちばかりが前のめりになって、身体が進まなくなってしまった。


「残念でしたー。最高にぬめる浜名湖産うなぎに来てもらっちゃったのでしたー♡ 一匹二万円もする超高級うなぎなんだから、あんまり踏みつぶさないでよね。あとでレーちゃんが使う、いや、食べるんだから。ユウちゃん、今のうち! もう一回チャージして! それが、私たちの唯一の勝ち筋! ユウちゃんが諦めたら終わりなんだよ?」

「で、でもまだCまでしかチャージできてない……」


 メグの声援にユウはまだ不安の表情を崩さない。そのあまりに頼りないユウの表情を見て、ミサがずいっと前に出た。脇腹の傷はメグに治癒魔法かけてもらったのか、いくばくかの血の跡を残してほぼ回復している。


「ユウ、よく聞くのです! おっぱいビームは単純に言うとメカニカルな光線エネルギー攻撃なのです。あの男に物理攻撃は効かない。となれば、何か別の攻撃が必要なのです!」

「じゃ、じゃあ、どうすればいいの!」

「自分で考えるのです! TOVICの仕様はユウでなければ分からないのです! ただ普通のビーム攻撃では、Iまでオーバーロードチャージしてもあの男は倒しきれなかった。それが事実なのです!」


 そうこうしているうちに、何度もぬめる地面に足を取られながらマークがユウの側に来てTOVICの裾に手を伸ばす。

 しかし、すでにたっぷりとワセリンを塗布されたユウのTOVICを掴むことすらできない。マークはなんとかグリップを得ようと悪戦苦闘する。そこに全裸のレーがショルダータックルをかました。マークはふんばることができず、あっさりと飛ばされた。


「うぐ、す、すべる!」

「ふふふふ。見たか、光の四姉妹グローリアスカルテットのスリッパリー・アタックを!」


 拳を握って振り返るマークに向かってレーは続ける。


「物理打撃攻撃はほとんど無効だよ。なんせ最高級浜名湖産うなぎと最高級ワセリンの相乗効果で圧倒的にすべるからね。まあ私たちからの物理打撃攻撃も無効になっちゃうのが玉に傷なんだけどさ。ユウ、今のうちだよ! 早く!」

「レーちゃん、無理だよ! リチャージは最初よりも時間がかかるもん。まだDだよ」


 不安の表情を再び見せるユウに、ミサが言った。


「ユウ、普通のビームに想いがこもっていないなら、想いを込めたビームを放てばいいのです。想いがこもっていればDでも十分なのです!」

「おねーちゃん、いや、ママ、そんな簡単に言わないで。想いをこめたビームってなんなのよ」

「それは自分で考えるのです!」

「えー、丸投げやめてー」


 と言いながらもユウは必死で頭を巡らせていた。想いをこめたビーム、胸から放つ、愛しさをこめて、胸を、開く……。


「そうか! 分かったわ! たしかにDでも十分だわ! むしろIとか邪魔でしかない! ママ、レーちゃん、メグ、離れて!」


 ユウは再びマークの前に立った。


「もう、わたしは、負けないわ。想いの量でもね」



【後編へつづく】


 ◇


 薮坂さんに業務放送。

 あー、ちょっと終わり切れませんでした。

 もう一話俺が書きますね。戦闘シーンはあと1000字ぐらいで決着が付きます。

 で、エピローグ的なもの、どうします?

 それも俺が書きます?

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