第7話 裏切りの水面


「さぁ行こう。今この瞬間、反撃の狼煙は上がった。我々一般人が、ギフテッドたちを一掃するためのプレリュード。人類置換計画の始まりだ」


 マークの出した右手をユウはゆっくりと握った。ユウのその姿を見てマークが鷹揚にゆったりとした笑みを見せる。


「そうだ、それでいいのだよ。ユウくん。ふははははは、レーくん、メグくん、残念だったな。ユウくんは我々の社会的責任CSRにご賛同いただけたようだ。さあ、ユウくん。メグくんから例の服をもらってきてくれたまえ」

「絶対渡さないし、ユウちゃんもきっと受け取らな、うぐっ!」


 ボックに取り押さえられたメグの腹に、デス代の回し蹴りが突き刺さった。メグは腹をおさえてうずくまる。うさ耳がお辞儀をするかのように前に垂れる。

 ユウはふらふらと幽鬼のようにメグに近づいて、まるで意思のこもっていない瞳で見下ろしている。


「ユウちゃん! そんなやつの言うことなんか、全部でたらめだよ!」


 メグは声が枯れんばかりに叫ぶ。ボックの腕をふりほどこうともがくが、羽交締めにされていては圧倒的な体格差で手も足も出せない。


「ユウ! ダメよ!」


 レーは声をあげてユウの元に駆け寄ろうとした。素早い駆け出しで地面を蹴る。ところがデス代の方が素早さでは上だった。レーの前に立ちふさがると、デス代は地面に向かって腕を振り下ろした。びしっと音を立てて床のコンクリにたまった埃が舞い上がり、モーゼの海割れのような筋ができる。電撃鞭だ。


「少しは静かにしなさい。それとも痛い目を見ないと分からないのかしら?」


 デス代のドスの効いた声が響いた。レーは一歩も前に進むことができない。さすがのレーも悔しさに奥歯を噛みしめる。


「くそっ、これじゃまったく手出しができない……」

「ユウちゃん!」


 光彩のなくなった瞳を見開いたユウは、黙ってメグのバニー装束の胸の谷間に手を突っ込んだ。


「ダメだよ! この服を渡してはダメ! 離せ! この×××ヤロー!」


 メグはボックに羽交い絞めにされている。せめて身体をくねらせて抵抗の意思を示すが、それはあまりにささやかすぎた。ユウはいともたやすくメグの胸の谷間からピンクの布を引きずり出してしまった。


「ユウちゃん、やめて! 渡さないで!」

「ユウ、やめなさい! それを渡したら……」


 メグとレーの悲愴な叫び声の中、ピンクの布の塊を手にしたユウは、唇の端だけでうっすらと笑い、そしてつぶやいた。


「この服が胸の谷間に収まるなんて、……そんなことができるメグには、分からないのよ」

「ふふふふ、そうだ。ユウくん、キミとキミのそのアーマードスーツで、世界のことわりを変えていこうじゃないか。ギフテッドたちが闊歩するのではない、普通の人の努力が、普通に報われる、レフトビハインド普通の人々のための世界を作ろうではないか!」


 マークの朗々とした声が工場の中にエコーする。ユウがふらふらとした足取りをマークに向けた。幽霊のように垂れ下がった左手で、ピンクの服を地面に引きずりながら。


「さあ、我々の未来に祝福あれ!」


 ユウはマークの前まで来た。

 レーを電撃鞭で牽制するデス代。メグを羽交い絞めにするボック。二人とも警戒を怠っていない。反撃の隙はみじんもなく、既にデス代とボックの瞳は勝利を確信していた。

 メグは絶望にうなだれた。レーは悔しさに唇を血が滲むほど噛み締めてうめき続ける。

 ユウの左手で引きずる服が、マークの差し出す右手に触れようとした。

 その時。


「きゃっ!」


 これまでいかなる時も周囲にはりつめた警戒の眼を欠かさず、なおかつ余裕を持って行動していたデス代が、驚きの声をあげた。

 

 カラン。


 倉庫の床に電撃鞭が転がる音が響いた。デス代の腕には、手をはたかれた疼痛だけが残る。


「ドーしたんですか、デス代。電撃鞭を、取り落とすなんてらしくナイですネ。う、うぐ!」


 メグを羽交い絞めにしていたボックは、一瞬のうちに脇腹に叩き込まれた打撃に顔を歪める。しかも一撃ではなく、右脇腹、左脇腹、背面の三連撃だ。どれも構える前とは言え鋼鉄の筋肉に武装されたボックが呼吸困難になるほどの衝撃だった。ボックのメグを締める力が緩んだ。


 デス代はいち早く反応して床に落ちた電撃鞭に手を伸ばした。しかし、つかむ寸前にするりと眼前から電撃鞭が消え去り、工場のはるかかなたの床の上まで飛ばされている。

 それとほぼ同時にダメージから素早く立ち直って反撃のファイティングポーズを取ったボックの顎に、再び強烈な衝撃が加わった。ボックはもんどりうって背中から倒れ込んだ。


「誰なの!」

「レーもメグもまだまだですね! そんな甘っちょろいことしてたんじゃ、光の四姉妹グロリアス・カルテットの名前が泣くのです!」


 甲高い声とともに一人の女の子、いや幼女と言った方がいいだろう、の姿が倉庫の暗闇の中に現われた。


「レーは気合いが足りません! メグは煩悩が多すぎて魔法の威力が落ちています!  修行しなおしなのです!」


 身長130センチぐらいのツインテールの幼女が、地面をふんばって立っていた。


「誰だ、貴様は!」


 これまで鷹揚な態度を崩さなかったマークが始めてうろたえた声を上げる。


「レディに名前を聞くには、まず自分が名乗ってから。それがマナーなのです! えーい!」


 それだけ叫ぶと幼女の姿は消えた。いや、人間の網膜が動きを捉えられなかったと言うのが正しい。そして反撃の蹴りの態勢に入っていたデス代の背後に回り、体落としを食らわせた。デス代は予想もしない背後からの一撃に、うめく暇もなく前につんのめって床に倒れて動かなくなった。


 デス代よりも早く、ボックよりも強い、ツインテールの幼女。


「おねーちゃん!」

「ウソ! おねーちゃんは死んだんじゃなかったの?」


 期せずして同調するレーとメグの声。


「ふふふふ、おねーちゃんは不滅なのです! あれぐらいで死んだりしないのです。レーもユウもメグも、大きくなりましたね。特にメグのその乳、反則なのです!」

「くそっ、デス代、ボック、二人とも何をしているのだ!」


 事態を把握したマークは、旗色の悪さを認識すると、ぼーっと突っ立っているユウの手から服をもぎとった。


「お前たちには用はない。ユウくんとこの服さえあればいいのだ!」

「そうはさせないのです! レー! メグ! 手伝うのです!」


 幼女の声にレーとメグははっと我に返った。


「メグ、とにかく行くわよ」

「うん、レーちゃん分かった」

「それでこそ、光の四姉妹グロリアス・カルテットなのです! 一人足りませんけどね」


 左右から幼女とレーがマークに向かって突進する。中央からは、メグがワセリンのチューブを思い切りふりかざしていた。三人の叫び声が倉庫の中にこだまする。それは熟練度をうかがわせる見事なコンビネーションだった。

「ラビット・ハーデス・スカル・ヘル・アターーック!!」


 その攻撃がヒットする寸前、マークは舌打ちとともに姿を消した。その場にはマークの声だけが残された。


「我々の人類復活計画に賛同いただけなくて残念だ。今日のところは撤退させてもらう。だが我々は諦めない。レフトビハインド普通の人々のための世界は必ずや実現させてもらう」


「おお、いいタイミングなのです! メグ、成長したのです! でも残念ながら取り逃したのです。あと一歩だったのに、悔しいのです!」


 地団駄を踏んで悔しがっている幼女にレーとメグが駆け寄った。


「おねーちゃん!」


 声をあげた縞パンのレーに向かって幼女がびしっと指をさした。


「レーはいつまでパンツ履いているのですか。レーにとって下着は拘束具だと教えたはずなのです。いざという時に脱げないようではダメなのです!」

「おねーちゃん、でも、さすがにこれを脱ぐのは少し抵抗が……」


 そして指先をメグに向けて、幼女は続ける。


「メグもまだまだなのです。せっかくの胸の谷間に武器を何も入れないなんて無防備にもほどがあるのです。次はちゃんと武器を隠し持って行くのです! それよりも」


 マークが消えた倉庫の中で、幼女の説教の声が響き続けた。そこの隅の方では、ユウがピンクの服を持ったままぺたりと床にへたりこんでいた。


「心配なのはユウなのです。ユウは昔から繊細だから、あの程度の精神攻撃ですぐやられてしまうのです」



 つづく


 ◇


 薮坂さん、みなさん、遅くなってごめんなさい。

 ストーリーに苦しんで、結局幼女出してしまいました。名前まだつけてませんので、よしなに。え? lagerさんが書きたいですって? まじですか?




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