2 国外追放ってどういうこと!?
「ちょっと待ってください、私がこの国から永久追放ってどういうことです!?」
あの一件から数日後。
両親が帰ってくるなり、突然自分の国外追放という話を聞いて思わず声を荒げるベルーナ。そうなるのも無理もない。突然の王子の思いつきで結婚前パーティーという様々な賓客達がいる中で婚約破棄を宣言されたあげく、王家の品位を保つためにその辻褄を合わせようと邪魔であるベルーナを追放するというのだからベルーナが憤慨するのも無理はなかった。
ベルーナ自身婚約破棄は望んでいたし多少のケチがつくことは覚悟していたものの、さすがにこれは望んだものではない。この決定はどう考えても理不尽以外の何物でもなく、誰がどう見ても王家の横暴であった。
「すまない、ベルーナ」
「ごめんなさい、ベルーナ。でもこれでもお父様は頑張ったのよ? 最初は貴女を処刑するかどうかというお話まで出てて……」
「しょ、処刑!? 何もしてないのにあんな大勢の前で婚約破棄されるって恥を晒されて、さらに処刑しようとまでするって陛下達の頭の中は一体どうなってるんですか!?」
「こら、ベルーナ。そういうことを言うんじゃない」
「そうですよ。不敬罪で処刑されるなんてことになったらお父様の努力も水の泡です」
「申し訳ありません。でも……っ」
「ベルーナの気持ちはよくわかる。私も王家に対して思うことはたくさんあれど、そうと決まってしまっては何も覆しようがないんだ。悪いが、とにかくそういうことだから近々に家を出る準備をしてくれ」
「そんな……っ」
まさに死刑宣告を受けたような気分だ。
王家に逆らえないとはわかってはいたものの、国を出て何も縁も所縁もない場所に行けと両親から言われることに、ベルーナはあまりのショックで目の前が真っ暗になった。
「ベルーナのことだ。きっと国を出てもどうにかなるだろう」
「えぇ、ベルーナならきっと大丈夫よ。貴女は私達に似ずにとても強い子だし、きっと私達がいなくても生きていけるわ」
(なんて無責任な。我が親ながら、どこからくるのその自信……)
ベルーナは今すぐここでズキズキと痛む頭を抱えて叫び出したい気持ちを抑えながら、「わかりました。近々出られるように致します。早速身支度などをしてきますわ」と両親に言うと、怒りを堪えながら自室へと戻るのだった。
◇
「はぁぁぁ!? 私を追放とか頭おかしいんじゃないの!? 一体全体、どうやったらそんな結論になるのよ!」
ベッドにあったクッションを振り回し、バンバンとベッドに叩きつけるベルーナ。それを見て、従者のウィクトルも何かあったのだと察していつものようにやめるよう促すことなく、その姿を見守っていた。
「随分とまぁ、荒れてますね」
「荒れるなってほうが無理でしょ! 追放よ? 追放! 十六のいたいけな娘を国外追放って! しかも、王家の過失を全部私になすりつけてよ!? 信じられる!??」
「うがー!!」とベルーナが咆哮する。それを「はぁ」と溜め息をつきながらも、「ちょっと落ち着いてください」とウィクトルが鎮静効果のあるハーブティーを出してくれた。ベルーナとしてはやけ酒したい気分であったが、さすがに今飲んだらこの家を破壊しかねないくらいには憤っていたので、渋々用意された席に腰掛け、そのお茶を飲んだ。
「で、どうしたんですか?」
珍しくウィクトルが自らベルーナの隣に腰掛けて手を握ると、いつもよりも優しく話しかけてくれる。それだけでちょっと泣きそうになりながらも、ベルーナは口を開いた。
「どうしたもこうしたもないわよ! 先日の婚約破棄宣言の辻褄を合わせるために私を国外追放するんですって!」
「それはまた、無茶苦茶な」
「でしょう!? 私がいたら都合が悪いし、王家の評判が落ちる可能性があるから全部私に罪をなすりつけるだなんて……。両陛下……特に王妃のほうが王子に甘いから処遇は大して気にしてなかったけど、まさか自分の息子を咎めることもせずに私に尻拭いをさせるなんて、とばっちりどころの話はじゃないわ」
「そもそも国外追放の罪状は何なんです? さすがの王家も理由なしに追放っていうのはできないんじゃありませんか?」
ウィクトルに尋ねられて、なぜか急に押し黙るベルーナ。それを不審に思って「ベルーナ様、どうしたんです?」とウィクトルが追撃する。
だが、それに対してベルーナは「……言えない」と彼女にしては珍しい気弱な言葉を吐き出した。
「なぜ?」
「言えないから」
「ここまで言ってしまったんですから今更でしょう? それに、ベルーナ様が言わないならワタシが奥様に詳細を聞くだけですよ」
「それだけはやめて」
「だったら教えてください」
ウィクトルから目を真っ直ぐに見られて俯くベルーナ。すると、それを許さないとでも言うように、ウィクトルがベルーナの顎を掴んで自分のほうに向くように固定する。
「ちょっと、ウィクトル。やめてよ」
「こうでもしないといつまでも埒があかないので。で? さっさと言ってください」
「ちょ、顔が近い。やめてよ、その顔近づけるの。私の女としての自尊心が……」
「そんなしょうもないこと言ってないで、さっさと言う」
「うぅうううう」
ベルーナは、呻くと観念したように口を開いた。
「私が不貞を働いたって」
「そんなバカな。一体誰と?」
「……ウィクトルと」
まさか自分の名前が出るとは思わなかったウィクトルが珍しく目を見開く。ベルーナも、ウィクトルが普段従者として忠実に職務をこなしてくれていたからこそ、この言いがかりには納得できなかった。
「なぜ俺?」
「周りから見て仲がいいからですって。……幼馴染なんだから当たり前なのに。それとウィクトルが数々の結婚の申し込みを断ってることも含めて、私がウィクトルを好きだから邪魔してるんだって言いがかりをつけられたみたい。両親も抗議したけど、覆らなかったって」
「てことは、俺のせいってことか?」
「違う。ウィクトルのせいじゃない」
「でも、俺が原因だろ」
「だからそうじゃないのよ。あーもー、だから言いたくなかったの!」
ベルーナが頑なに理由を言いたくなかったのは、きっとウィクトルなら無駄に責任を感じてしまうだろう、との配慮だった。実際その通りの事態になってベルーナは溜め息をついた。
「とにかく、悪いのは全部王家。私はそのとばっちり。たまたま都合のいい理由づけがウィクトルだったってだけ。わかった? 私達の誰のせいでもないわ。王家が全部悪いの」
「そうかもしれないが……ベルーナはそれでいいのか?」
動揺してるせいか、いつもの敬語でも様付けでもないウィクトル。普段動揺しない人物が動揺しているのを見ると、憤ってたはずのベルーナもだんだんと落ち着いてきた。
「よくないけど、今更どうやっても何も変わらないなら受け入れるしかないでしょう? はぁ、短い人生だったわ。これならもっと好き勝手生きればよかった!」
いつもの調子で、あれ食べればここに行けば、あそこで遊びたかった、もっと気遣わずに言いたいこと王子に言ってやればよかったなどとベルーナが好き勝手言ってると、ウィクトルも冷静になってきたのかいつもの表情に戻った。
「十分今までも好き勝手してきたと思うが」
「悪かったわね。あーもう、最後くらい王宮爆破してこようかしら」
「さすがにそれは洒落にならないからやめろ」
「いいじゃない〜。きっと汚い花火が打ち上がるわよ」
ベルーナが悪戯っぽくクスクス笑うと、不意にギュッとウィクトルに抱き締められる。わけが分からず、「え、何よ急に!」とベルーナが慌てふためくと、「それ以上無理するな」と耳元で囁かれた。
「べ、別に無理してなんか……っ」
「じゃあその涙は何だ?」
指摘されて初めて気付く涙。ベルーナは自分の目元に触れて、そこで自分が泣いてることに気がついた。
「やだ……っ、何で私……っ」
「大丈夫だ、俺しかいないから好きなだけ泣け。今は主人と従者じゃなくてただの幼馴染として接してやる」
「もう、それほとんどいつもじゃん……。従者は、もっ……と主人、を敬うもので……っ」
一度自覚すると、だばだばと溢れ出す涙は止まらず、縋り付くようにウィクトルに抱きつくベルーナ。力強く抱き返されると、そのままベルーナはわんわんと幼児のように泣くのだった。
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