3 俺がいなくなったら困るんじゃないか?
「……ねぇ、ウィクトル。私の目、腫れてない?」
「大丈夫ですよ。いつも通り、綺麗な蜂蜜色をした瞳でくっきり二重です。……まぁ、多少いつもより赤みがかってて目蓋が膨れているとは思いますが」
「それ、腫れてるんじゃん! やだー、もう、冷やさないと〜!! ウィクトル冷やしたタオルを持ってきて」
「はいはい。仰せのままに」
ベッドに寝転がって、用意してもらったタオルで目元を覆う。ひんやりしていて心地よい。ひとしきり泣いたせいか、ベルーナの瞼は熱を持ち、重く腫れぼったくなっていて、すぐには元通りにはならなそうだった。
「ワタシが代わりに荷造りしましょうか?」
「あー、いいや。私がやる。女一人でうろちょろするとなると荷物は吟味しないといけないし」
「……は?」
普通に喋っていたはずなのに、ウィクトルが突然不機嫌を露わにしたようなドスの利いた声を出したことでベルーナはびくりと身体を跳ねさせた。
目が見えていないぶんウィクトルの表情がわからず、ベルーナは何か変なことを言ってしまったかと不安になってタオルを外して身体を起き上がろうとすれば、なぜかそれを防ぐようにタオルを押さえてた手の上からウィクトルの手を重ねられて押さえつけられ、ベッドに再び戻されてしまった。
「な、何よ。ウィクトル」
「どういうことです?」
「何が?」
「女一人って……俺は? 俺も一緒に連れて行ってくれるんじゃないんですか?」
「え? 何で。追放されたのは私だけだから、ディボラ家に仕えてるウィクトルはここに残らなきゃでしょ」
ウィクトルの家は代々ディボラ家に仕えてきた従者の家系だ。そのためベルーナとウィクトルは生まれたときからの付き合いであり、主人と従者といえど彼らは幼馴染として主従を超えて親しい間柄だった。
とはいえ、さすがにベルーナが追放となればディボラ家とベルーナは縁が切れるわけで、そうなったらウィクトルとの縁もこれまで、とベルーナは認識していたのだが、どうやらウィクトルは違ったらしい。ベルーナの言葉に彼の不機嫌さが増したのに気付いて、どうにかベッドから起きあがろうと身をよじるも、それを許さないかのようにウィクトルに防がれてしまう。
「もうさっきから何よ! 動けないんですけど!」
「今更、俺がいなくなったら困るんじゃないか?」
顔は見えないものの、ウィクトルの真剣な様子の声色に息を飲むベルーナ。実際今までも何から何までウィクトルの世話になっていて、ベルーナの人生にウィクトルはなくてはならない存在であった。だが、そうは言ってもベルーナのワガママでウィクトルの今後を勝手に決めることはできない。だからこそ、ベルーナは自分一人だけで生きていくことを決意したのだった。
「……っ、いなくたってどうにかなるわよ!」
「本当に?」
「本当に! だから離して!」
「ふんっ、よく言う。今だって俺の力に敵わずに起き上がれていないじゃないか」
「それは……っ」
口元に吐息を感じて、今ウィクトルの顔が近くにいることに気づいてベルーナは慌てた。ジタバタと起きあがろうとするも、さらに腕まで掴まれてどうすることもできなかった。
「ウィクトル……!」
「なぁ、もっと俺を頼れよ。ベルーナは俺がいなくてもいいのか?」
耳元で囁かれて、ベルーナはギュッと目を閉じた。
(そんな聞き方ズルい)
ウィクトルに頼りっぱなしなのは自覚しているからこそベルーナに刺さる言葉。でも、だからこそベルーナは自分の一存でウィクトルを先の暗い自分の人生に巻き込みたくなかった。
「いて欲しいけど、そんなこと言えるわけないでしょ! これから私はディボラ侯爵令嬢ではなくただのベルーナになるんだから……っ」
「相変わらず頑固だな。では、仕方ない。実力行使に出るまでだ」
「ちょ、何をす……っ、ん……っむ……ふ」
熱い何かで唇を塞がれるベルーナ。それがウィクトルの唇だと理解するまでそれほど時間はかからなかった。
「ウィクトル、何を……っ」
やっとタオルが外れて視界が開けると、そこにはウィクトルの黒曜石に似た瞳があった。それはとても近く、熱く強い眼差しで、ベルーナも思わず口を噤んだ。
「まだ侯爵令嬢であるベルーナを従者である俺が傷物にしたんだ。これで俺も咎人だ」
「し、信じられない……っ! 何を考えてるのよ!」
「責任は取る。嫁の貰い手がいなかったら俺がもらうって言っただろう?」
「そ、れは……っ! でも……っ」
「もう黙れ」
再び口付けられて混乱するベルーナ。でも嫌な気持ちは全くなく、ただただウィクトルの口付けに翻弄される。
「っふ、下手くそだな」
「しょ、しょうがないでしょう!? 初めてなんだから!」
「冗談だよ。ベルーナの初めてをもらえて嬉しい。……ずっと好きだった。国外でも地獄でもどこでもついていく。だから、一人で何でも抱えようとするんじゃない」
「バカ。信じられない、こんなやり方……」
「あぁ、俺はバカだからな。こうするしか方法が思いつかなかったんだ」
「本当バカよ、ウィクトルは。……でも、嬉しい。私も、本当はウィクトルと一緒にいたかったから」
ベルーナとウィクトルは見つめ合うと、再び口付けると抱き合う。お互いの想いをぶつけるように、何度も何度も唇を重ね合うのだった。
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