いじめっ子から友達に
ケーリッヒとアランが帰ってしばらく。
二人を見送ってから、サリアスは湯浴みをした後ナイトレイ、ロミオ、カトレーナの三人と共に客間で夕食を楽しんだ。
サリアスには消化を考えられた特別メニューが用意されており、見た目こそ他には劣るものの味は絶品だった。こんなにありがたい経験をさせていただけたことに感謝し、出来る限り丁寧に、マナーを守って食べた。
が、あまり良い出来ではないらしい。ロミオの食べ方を見て、サリアスはもっと頑張らねばと決意した。
夕飯を終えた後は帰宅するカトレーナを見送り、ナイトレイと共に客間で仕事の話を聞いた。
ただ、あまりにも教養が足りていないせいかあまり理解できずにサリアスは情けなさを感じた。
ナイトレイは何も言わずに頭を撫でてくれるけれど、サリアスだって娘として、弟子として、ステラード家につり合うようになりたい。
やがて疲れただろうと気をつかったナイトレイが退室した。サリアスは部屋にあった本を読んで、寝るまでの時間を過ごそうとしていたのだが……そこに湯浴みを終えたロミオが訪ねてきた。
思わず目を丸くしながら入ってもらうと、何やら落ち着かない様子で部屋のあちこちに視線を泳がせている。
「ロミオ?」
首を傾げて名を呼ぶと、やっとこさ何やら覚悟したらしい様子で、ロミオは唐突に言い放った。
「と、友達になろう! リア!」
言葉の意味がよくわからずにキョトンとした。
けれどそれはロミオもわかっていたようで、彼は早足でサリアスの近くに歩み寄り説明し始める。
「最初の僕とリアは、先輩と後輩だった。でも今は、リアは命の恩人で、僕にとって大切な人だ。それはリアもそうだって昼間に聞いた……よな?」
「はい。ロミオは私の命の恩人です」
「それで考えたんだ、命の恩人同士はどういう関係になるんだろうって。でも、わからなかった。」
確かに、サリアスも全くわからないと思った。
静かにロミオの緑の瞳を見つめると、彼もサリアスの目を真っ直ぐに見たまま、静かに、しかし明瞭に言った。
「だから、僕と……良かったら、友達になってくれないか? 助け合ったり、共に同じ場所を目指す仲間は友達だと、少なくとも僕はそう思ったんだ。あ……リアが嫌ならもちろん強要は」
「嫌なわけありません!」
気持ちがいい程の即答に、今度はロミオが目を丸くした。
サリアスはどくどくと激しく動く心臓を両手で押さえながら笑う。
「嬉しいです、とっても嬉しい! 私もロミオとお友達になりたいです!」
「あ、ああ! 勿論だ! ならこの家にいる間は僕がリアの話し相手になるよ。ほら、貴族の話も途中だったし、他にも知らないことあるだろ? 僕も暫く回復のために休まなきゃいけなくて暇だしさ」
「いいんですか!? ロミオが教えてくれるならとても助かります! やっぱりロミオはとても優しいです。お友達になってくれてありがとうございます。私にとって、ロミオは初めてのお友達です」
サリアスの言葉に丸くなった目を瞬いて、そしてロミオはどこかへと視線を投げながらソワソワしつつ頬を掻いた。
「そ、そっか……僕がリアの初めての友達……そうなんだ。あのさ、リアがもっと元気になって外出許可が出たら、王都を案内するよ。美味しいお菓子屋とか、おもちゃ屋とかあるんだ」
お菓子、おもちゃ。
好奇心を刺激する言葉にサリアスは目を輝かせた。
「ありがとうございます! 早く元気になりますね」
本当に嬉しそうに笑うサリアスに、ロミオも笑みを返す。じゃあ、と差し出した手を握り合い、友人同士となった二人はわいわいと遅くまで話し……侍女に叱られた。
◇◆◇
アルトリス邸に滞在し始めて一週間が過ぎた
まだ本調子ではないものの、サリアスはようやくお医者様から屋敷の中限定で動いてもいいという許可をいただけた。
規則正しく食事、睡眠、ちょっとした運動を繰り返したおかげで、想定より早く回復しているそうだ。よく頑張りましたねと褒められて、サリアスは嬉しく思いながらも首を横に振った。
「全部、このお屋敷の方々のおかげなんです。熱が出た時も、魔力が不安定になって具合が悪くなった時も、すぐに助けてくれました。怖い夢を見てうなされていた時は執事さんがお父さんみたいに手を握ってくれたこともありました。そうして支えてもらえなかったら、きっと私は元気になれませんでした」
もちろん医士による治療もある。それを全て伝えて改めて御礼を言うと、その医士たるロロライナ・バートリーは目を細めてサリアスの頭を撫でた。
この一週間、客間から出ることは殆どなかったが、部屋の中ではわりと活発に過ごしていた。
ロミオやカトレーナと話したり、本を頭に乗せて歩く練習をしたり、ダンスのステップを教わったり。
ロミオの提案で王都の美容師に髪を整えて貰ったりもした。プロの美容師の技術はとんでもなく凄かった。様々な魔素術を使って髪質を整えてもらい、サリアスのキシキシでストンとしていた髪は、柔らかくふわふわになった。
その変身ぶりにはナイトレイもロミオも驚いていた。
美容師にその事と御礼を書いたお手紙を送ったら、今度は店舗に招待すると返事が来た。無料サービスの招待券が同封されており、サリアスはこの嬉しいプレゼントをロミオの為に内緒で取っておくことにした。
けれど隠し場所を思いつかず、いつも世話になっている侍女に相談したところ、何故か涙を流し喜ばれてビックリした。けれど最終的にはちゃんと隠しておきますと預かってもらえて、サリアスはホッと胸を撫で下ろした。
(坊ちゃん、報われていますよ!)
侍女の心の声は招待券と共に隠された。
ナイトレイは忙しいらしく、あまりアルトリス邸には戻れていない。王城に泊まり込んで仕事をしているらしい。けれど戻った時は必ず顔を見せてくれた。
一度ステラードの屋敷に戻った時は、屋敷の皆からの手紙を持って来てくれた。サリアスは一通一通全てを大事に読んで、一人一人に返事を書いた。
皆は心配の言葉をくれたが、文章のあちこちでナイトレイに怒りを見せたり、危険な目に合わせたとロミオをさり気なく非難していた。だがそれは全て誤解だ。
ナイトレイは約束通りサリアスを助けてくれた。ロミオは命の恩人で、サリアスの初めての友達。全部の返事に丁寧にそれを綴った。伝わって欲しいと願いながら。
ステラードの屋敷が恋しくなったが、それは書かなかった。アルトリス邸の人達に失礼だと思ったからだ。
◇
本を読みつつぼーっとこの一週間を振り返りながら思いを巡らせていると、コンコンとノックの音が聞こえた。
返事をすればロミオの嬉しそうな笑顔が飛び込んできた。
「リア、聞いたぞ! もう歩き回っていいそうだな!」
「はい、そうなんです。今朝お医者さんが屋敷の中なら動いていいと言ってくださいました」
「じゃあ早速、昼食を食べたら屋敷を案内するよ」
「はい、お願いします!」
ロミオはサリアスの回復を我が事のように喜ぶ。
自分も療養中なのに時間がある時は必ずサリアスを訪ねて、お茶を飲んだりお菓子を食べたりしながら色々な話を聞かせてくれた。
そしてアルトリス邸の書庫から唱秘語や唱秘術について書かれた本を探して持ってきてくれて、これが一番サリアスにはありがたかった。
読んでいる時もわからない文字や単語があると教えてくれるから、先生みたいだと告げたところ……彼曰く、友達なんだから当然なのだそう。
けれどロミオ自身も熱心に勉強するようになったとカトレーナに聞いてからは、それに甘え過ぎるのも良くないと思うようになった。きっと気にするなと言うだろうから、口にはしないけれど。
昼食を終え、服を着替えた後、サリアスはロミオに手を引かれたくさんの部屋を見て回った。
流石は公爵家の邸。廊下の隅々まで手入れが行き届いており、部屋はどこもかしこも広くて立派だ。ロミオがいなければすぐに迷ってしまいそうで、絶対に手を離さなかった。
ただ、中庭だけは違った。絵の中に入ったかのような美しさに心を奪われて、ついつい走り回ってしまったのだ。
少し細身の噴水に、ガゼボ。咲いているのは様々な種類の花で、見たことがないものばかり。
「すごいです! とても綺麗ですね! ロミオ、あっちの花も見に行っていいですか?」
「いいけど、転ぶなよ!」
苦笑するロミオに頷いて、ピンクの花が集まった場所に行くと、精霊の気配が強まるのを感じた。魔力が興奮で揺らいでいるからだと気づき、ようやく落ち着きを取り戻したサリアスだったが、花を見ているうちにふとロミオを振り返った。
「ロミオ、お父さんはもうこのお庭を知っているんでしょうか」
「ナイトレイ? いや、あの人は自分の部屋とリアの部屋以外には行ってないんじゃないか?」
「あの……私、お父さんにこのお庭を見てもらいたいです。できれば一緒に……許可をお取りできませんか?」
真剣なサリアスに、ロミオはまた苦笑しながら頷いてくれた。
「二人ともこの家のお客だし、許可なんて気にしなくていいよ。一応僕から父上に伝えておくけど、次にナイトレイが戻った時一緒に来ればいいさ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
今までで一番嬉しそうに笑うサリアスに、ロミオも自然と笑みを浮かべていた。眩しいものを見るように。
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