討伐後の再会


 どのくらい眠っていたのだろう。

 ゆっくり目を開けたサリアスは、ぼんやりとそう考えた。けれど記憶が曖昧で、何より思考が靄がかかったように不明瞭だ。

 目を動かす。視界にはピンク色の可愛らしいカーテンが見えた。薄くてキラキラしていて綺麗だ。

 サリアスはそれに手を伸ばそうとしたが、体が全く動かないことに気づいて戸惑った。そして段々不安を感じ始めた時、ずっと聴きたかった声が聞こえた気がして視線をそちらに向けた。

 そしてそこにいたのは紛れもない大切な父。

 深い夕暮れのような瞳が見開かれている。

「……リア?」

「……ぉ、と、さん」

「リア!」

 名を呼ぶ声と共に、ナイトレイはサリアスを強く抱きしめた。暖かくて優しい手の感触に、思わず涙が浮かぶ。

 サリアスも手を伸ばそうとするがやはり動かない。だからそのかわりに、うまく声が出ないまま何度も父を呼んだ。

「おとうさ、おと、さん……」

 涙が溢れてくる。心の底から溢れてくる感情が、サリアスにかかっていた靄を払ってくれた。

 そして暫くすると誰かが駆け込む足音が聞こえた。

 バン! と開かれた扉の音。そして続けて聞こえてきた声にサリアスは目を丸くした。


「リアちゃん、目覚めたの!?」

「リア!?」


 この声は間違いない、カトレーナとロミオだ。驚いて固まっていると、ナイトレイが優しくサリアスを抱き起こして、部屋が見えるように支えてくれた。

 そこに立っていたのは、やっぱりあの二人。そして彼らを見てようやくサリアスは何があったかを思い出した。

 また涙が滲む。今度は安堵と喜びのものだ。一生懸命に手を伸ばそうとしながら微笑む。

「せん、ぱ、無事で……よかっ、た」

「ああ、無事だ。お前が……リアが助けてくれたから」

 ロミオが駆け寄って、サリアスの手を取った。強く握りしめられたそこからは温かな人の魔力を感じられて、それが嬉しかった。

 カトレーナがゆっくりとベッドに歩み寄り、目線を合わせるようにしながら優しく微笑みを浮かべる。なんて綺麗な笑顔だろう。見惚れていると、しなやかな手がサリアスの頭をそっと撫でた。

「リアちゃん、ロミオを助けてくれてありがとう。話は全部聞いたわ。初対面で嫌な態度をとってしまってごめんなさい。……貴女は気にしていなかったみたいだけど、それでも許してほしいわ。そして良ければ、リアちゃんって呼ばせて貰いたいの」

 カトレーナに続くように、ロミオもサリアスを握る手に力を込めて口を開く。

「僕も嫌なこと言ったし、態度だって最悪だった。だから、ごめんなさい。……その、先輩じゃなくてロミオでいい。リアは後輩じゃなくて、命の恩人だから……だから僕も、リアって呼びたい」

 驚きで目を丸くしていたサリアスだったが、じわじわと心が暖かくなるのを感じた。

「はい。ありがと、ざい、ます」

 嬉しいと口にしたいのに、あまりうまく声が出ない。

 その様子を見ていたカトレーナがハッとした。

「あ、ごめんなさいね! 喉渇いているでしょ? ちょっと待ってて」

 カトレーナはサリアスの顎のあたりに手をかざし、ぶつぶつと何かの言葉を唱え始めた。

(精霊語だ)

 周囲の気配からわかる。なんだかんだカトレーナの精霊術をきちんと見るのはこれが初めてだった。

 やがて真紅の美女はナイトレイと同じように潤せと唱えた。

 するとカラカラだったサリアスの喉が潤って、声が出やすくなった。目を丸くして「凄い」と呟くサリアスに、カトレーナは得意げに笑ってみせる。

「私はこう見えて水の精霊と契約してるの。燃える炎のような水精霊術士って、かっこいいと思わない?」

「はい、とってもかっこいいです。カトレーナさんは綺麗なだけじゃなくて、かっこよくて、優しくて……本当に素敵です。あの、私もお二人にもリアって呼んでいただけたら嬉しいです。……いいでしょうか?」

「ありがとう、リア!」

「うわあーっ嬉しいけどやっぱり良心がギリギリするぅ!」

 カトレーナはそう叫ぶと壁をゴンゴンと叩き出した。


 カトレーナの行動の意味がよくわからず反応に困ったサリアスだったが、壁を見てようやくここがどこかわからないことを思い出した。

「あ、あの、お父さん。ここはどこですか? 魔獣はどうなりました?」

「魔獣は問題なく討伐できた。ここはこのロミオの家だ」

「……ロミオさんの、お家?」

「ああ。リアが回復するまで王都にいた方がいいって、僕が父上に頼んだんだ。ステラードの使用人達は心配してたけど、ここの医士の方が優秀だから」

 ナイトレイを見上げると、確かにそうだと頷いている。

「スタンダには悪いが、王城勤務の医士に診てもらえるのは大きいからな。正式に依頼してここに滞在させてもらっている」

「そうだったんですね……。ロミオさん、ありがとうございます。ご迷惑をかけてしまってすみません」

 サリアスがしおらしく俯いて謝ると、ロミオはギョッとした様子でそれを見て、大慌てで声を張った。

「れ、礼なんていらないし、迷惑でもない! これは……そう、慈善活動の一環だから気にしなくていい! あと、さんもいらない!」

「は、はい!」

 つられて大声で返してしまった。

 ロミオの後ろではなんとも言えない表情のカトレーナが首を振るのが見えた。

「ロミオってば……素直じゃないんだから」

「だがその慈善活動のお陰でリアが助かったのも事実だ。リアの父親として改めてお礼申し上げる。娘を助けてくれてありがとう、ロミオ」

「う、うん……」

 ナイトレイの真剣な表情と声にロミオは照れた様子でそっぽを向いた。きっと照れ屋さんなんだとサリアスが笑うと、なんだよと拗ねてしまったけれど。


 そうして和気藹々としていると、コンコンと扉を叩く音がした。ロミオが返事をすると二人の男性が入ってきた。

 サリアスはその姿を見て、驚きの声をあげる。

「もしかして、隊長さんと副隊長さん……!?」

「よお! 無事目が覚めて何よりだ、サリアスちゃん!」

「やれやれ、まずは一安心ですね」

 ケーリッヒは変わらず大柄で存在感が凄まじいが、アランの方は片眼鏡をかけており、討伐の時とはかなり印象が変わっている。

 二人を交互に見ながらサリアスが絶句していると、使用人らしき人達がサッとベッドの周りに椅子やソファを用意して、全員が落ち着いて話せるようになった。

 最初に声をあげたのはケーリッヒ。サリアスにニカっと笑い掛けながら、よく響く声で話しだした。

「自己紹介がまだだったな。俺はケーリッヒ・ヴォン・クラネーゼ。王城で戦士として働いてる。そんでこっちは……」

「アラン・スティアートです。同じく王城で働いていますが、肩書は一応魔法術士となっています。まあやることは同じなので、戦士と思っていただいていいですよ」

 と、言われても……サリアスは役職名についてまだ何も知らない。戸惑いがちに頷いて、モゴモゴとしつつ挨拶を返した。

「あ、え、あの、さ、サリアス・ステラードです。お父さんの見習いです」

「リア、一応説明をしておこうか」

 救いの声にサリアスがこくこくと頷くと、ナイトレイは苦笑しつつ詳しく話してくれた。


 サリアスらが住むイノセントヒル王国は、魔物等の管理を国が行っており、それに従事する者達にはそれぞれ肩書きがある。

 主となるのは戦士、兵士、騎士、そして術士。

 術士とは魔法術、魔素術、精霊術を扱う者達を指し、ナイトレイは精霊術士、アランは魔法術士といった風に区別する。ちなみに魔法術士は魔法士、魔素術士は魔素士と略して呼ばれるのが一般的なのだそう。

 騎士は兵士や術士から選出された討伐のエリート達で、通常の討伐任務で会うことは滅多に無い。その為、兵士達をまとめ上げ率いるのが戦士の役目となる。


「戦士は貴族の生まれの奴らが主になっている。権利を使って手っ取り早く事を進めやすくする為だ。ケーリッヒはああ見えて辺境伯の生まれで伯爵家に婿入りしているし、アランは侯爵家の次期当主。二人とも俺達より爵位が上なんだ」

「爵位は大事だってロミオに教わりました。上の人達には礼儀正しく接するんだ……と……ってあああっ、すみません! 私、その、丁寧な挨拶をまだ知らなくて、もし失礼をしてしまったなら申し訳ありませんでした!」


 大慌てで頭を下げるサリアスに、ケーリッヒが笑いながら大丈夫だと言う。アランも笑いを堪える様子で咳払いをし、話を戻そうと足を組んだ。

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