討伐


「リアが危険なんだぞ! こんな瓦礫、俺なら数秒で消し去れる!」

「だから落ち着きなさいってば! まずは魔獣を誘き寄せないと、あの子達が襲われるかもしれないのよ!? それに下手に遺跡を壊したら、今より崩れてしまうでしょ!」

「それがなんだ! リアの声が聞こえないんだぞ! 隷属魔法への魔力の供給がほぼ無くなってるということは、リアの魔力がなくなっているということだろうが!」


「だから、落ち着いてよナイトレイ!! 貴方が助けないで、誰があの子を助けるの!? リア、ちゃんを助けたいなら、いつもみたく冷静になってよ!!」


 カトレーナの必死の呼びかけに、ようやくナイトレイは言葉を止めた。互いに息を切らしつつ、落ち着いてきたナイトレイをカトレーナの真紅の瞳が見つめる。

 二人が異常に気付いたのは、サリアスとロミオの悲鳴が聞こえた時だった。異常な規模の地震により砕かれた結界から魔獣が飛び出した直後のこと。

 そして二人が地下へ落下したと知って青ざめた。

 結界を張り直す間もなく、遺跡の地下へと逃げ出した魔獣を追う為に再集合の命令が来たが、二人ともそれを拒否し先行して地下へ向かった。

 しかし、崩れた遺跡の残骸を伝って降り立った地下は途轍もなく広かった。そして崩れ落ちた残骸によって道が遮断されていた。つまり方向が分かってもそこへ向かえない。

 そうして焦りが頂点に達したナイトレイが「残骸全てを消し去る」と言い出し、カトレーナに必死に宥められ今に至る。

「……ナイトレイ、貴方のそんな姿を見るのは初めて。貴方にとってあの子が大切なのがよく分かったわ。でも私だってロミオが心配よ。だからこそ、貴方には冷静でいてもらわなきゃ困るの! 私の座学の成績を忘れたとは言わせないわよ!」

「ああ、確かあまりにも酷すぎて一ヶ月補習したんだったな……すまなかった、礼を言う」

 フンっと鼻を鳴らし目を拭うと、カトレーナは精霊術士としての顔に戻った。

「それで、魔獣とあの子達だけど……どうする?」

「さっきの戦闘と結界の強行突破で、あの魔獣の魔力は殆ど残っていないだろう。ロミオの魔力量はどの程度かわかるか」

「貴方と同じか、それより少し下くらい。その……リアちゃんはどうなの? あの子、檻が付いてたけど」

「察しの通り封印している。残っているのは隷属魔法を問題なく使用できる程度だ。今はほぼ残っていないが……っ!」

 再びこみ上げた焦りを呑み込み、ナイトレイは努めて冷静に周囲を見る。そして数秒後、魔獣がいる方向とは少しズレた先を指差した。

「あの辺りから残留している魔素を感じる。魔獣がさっきよりも気配が弱くなったのは気付いているな?」

「ええ」

「ならば魔素術に反応する筈だ」

 パッとカトレーナの表情が晴れた。

「成る程! それなら……!」

「だが俺達だけではあの魔獣に応戦できない。誘き寄せて死んだら本末転倒だ。ケーリッヒと通信出来るか?」

「ギリギリ届くと思うわ。でもどうやってここに来てもらうわけ?」

「問題ない、上を見てみろ」

 ナイトレイに促されカトレーナは上を見る。そして驚きの声を上げた。

 天井にはいくつもの穴や亀裂があり、そこから地上の光が降り注いでいたのだ。直接目的地の上から落ちればすぐに彼らも到着するだろう。

「決まりね」

「頼んだ」

 軽く言葉を交わし、二人は目的の場所へと進み出した。


 隊長であるケーリッヒに連絡したカトレーナ達は数十秒ほどかかったものの無事陽動の場所に辿り着けた。

 そして改めてその場所を指示し待機する。

 程なくして大勢の兵と魔法士が落下してきた。勿論着地も問題ない。

 ただケーリッヒは渋い顔でナイトレイらを見て少々憤った様子で腕を組んだ。当然だろう。

「何してくれんだ、まったく! カトレーナはともかくお前まで命令拒否とは、天から槍が降るかと思ったぞ!」

「申し訳ありません、隊長」

「はあ……だが助かった、倒し切れなければさらに凶暴化する恐れがあったからな」

 ガシガシと頭を掻きながら大きく息をついたケーリッヒらの元へ、アランが駆け寄ってきた。

「たった今、ロミオ・ラム・アルトリスと連絡が取れました。彼は無事だそうですが、サリアス・ステラードが意識不明とのことです」

「すぐに助けに行くと伝えて、アラン。ロミオだけじゃなくて……サリアス・ステラードも、と」

「了解しました」

 カトレーナの言葉に若干驚いた様子のアランだったが、しかしすぐに頷いて指示を伝えるべく魔法で遮音結界をはる。

「この先に残留している魔素を利用し、先程よりも狭い空間で魔獣を叩きます。結界は引き続き精霊術士に任せ、魔法士部隊は兵士部隊の援護をして下さい。また〇〇三部隊はバックアップの少年少女を捜索し、見つけ次第保護し地上へ戻ってください」

 アランが場を譲るように下がる。

 前に出たケーリッヒが大剣を高く掲げて声を張った。

「さあ始めるぞ! 今度こそあの魔獣を叩きのめす! 最後まで踏ん張ってくれ!」


「「「おおおお!」」」


 兵士達、魔法士達が気合いの声を上げた。


 ◇


 誘き寄せる場所にて準備を整えた部隊長達がカトレーナに通信テレパスの魔法を送る。それを受けたカトレーナは残留した魔素の中心地へと舞い降りた。

 熱気が魔素と入り混じっている。美しい赤の精霊術士は人差し指で唇をなぞる仕草をし、その指をピンと横に突きつけ、凛とした声を響かせた。


「万象なる魔の息吹、哮り、唸り、我が命と雨を生せ!」


 途端に雨がこの場所に降り注ぐ。そして雨音に混じって、禍々しい気配が近づいてくるのが聞こえた。

 数秒後、瓦礫を突き飛ばして飛び込んで来た魔獣を視認したと同時に、ナイトレイとカトレーナは結界を張る。

『『かの者らを覆え!カバープロテクト!』』

 見事なハモりと共に堅牢な結界が張り巡らされた。

 地上とは比べ物にならない程に空間を封じられた魔獣が激しく暴れ、咆哮する。

 それに怯む事なく兵士は立ち向かっていき、魔法士は最高火力での援護をした。


 四肢を、胴体を、と確実に無力化していくと、魔獣が最後の足掻きと言わんばかりに魔力を集中させ始めた。

 勿論撃たせるわけにはいかない。こんなところで無闇に強力な魔法を撃てば、衝撃で色々と崩れてしまう。


 互いに互いを鼓舞し、次々と必殺の一撃が魔獣に突き刺さる。しかし後一歩足りない。

 魔力の塊が限界まで光を高めた、その邪悪な目を副隊長のアランが石飛礫で弾いた。

 その隙に、ナイトレイの声が鋭く突き刺さる。

『押さえつけろ、プレッシャー』

 魔獣が潰されそうになり、不快な悲鳴のようなものが結界内に響く。兵士達は慌てて後退した。魔法士達も精神防御の結界を張り魔の声を防ぐ。

 パキン、と何かが割れる音と共に、再びカトレーナが詠唱をするのが聞こえた。

「万象なる魔の息吹、回り、広がり、我が命と渦を生せ!」

 直後、大量の水が竜巻のように結界内の魔獣を飲み込んだ。これなら悲鳴も聞こえない。

 全員が一人の男を見上げた。それを受け、大剣を振りかぶったケーリッヒが渦へと飛び込む。


 直後、大剣が魔獣を打ち砕いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る