何も知らない元奴隷


 時間通りに集合場所に到着したサリアスは、沢山の人達にビックリした。

 自分が着ているような戦闘服に、各々武器や装備を着けていて、ずっとかっこよく見える。そんな人がたくさん集まっているのだから、まさに圧巻の光景だ。

 若干緊張しながらナイトレイと共に一番端の列に並ぶ。

 暫くすると、大剣を担いだ大柄な男性が、キリッとした青年と共に整列した人々の前に現れた。

 そして体にとても似合う大きな声で話し始めた。

「緊急招集に応じていただき、感謝する! 俺が隊長のケーリッヒだ! 今回は魔獣の討伐だが、ターゲットは既に新たな眷属を生み出したと報告があった! よって作戦に変更がある為ここで伝える! アラン!」

 呼ばれたらしい青年が前へ進み出る。鋭い金色の目に銀の髪、そしてとても顔立ちが良い。集団の中から女性の色めいた声が上がった。

 それを視線で制し、染み渡るような不思議な声で広間に響かせるように青年が口を開いた。

「この討伐において副隊長を務めるアランです。早速作戦を説明します。結界は予定通り精霊術士に任せます。魔法士は戦闘開始と同時に広範囲魔法で眷属を殲滅して下さい。一〇〇部隊の兵士は魔法の発動後、生き残りの掃討を。その他の部隊の兵士と、魔法士全員で一気に魔獣を追い詰めます」

 要は結界の中で魔獣を追い詰めて叩くローラー作戦だ。結界の重要性にサリアスは一瞬スッと背筋が冷えた。

「魔法士のバックアップは魔力の回復を怠らぬよう気を付けろ! その他のバックアップは状況を見つつ、担当外の者でも援護をするように! 以上だ! では十分後に出発する!」


「「「はっ!!!」」」


 皆が胸に掌を当てて、大きな声で返事をする。サリアスも慌てて真似をした。

 二人が去るのを見送った後、段々と広間に騒めきが戻ってきた。引き締まっていた空気が若干緩んで、サリアスは小さく息を吐く。もちろん緊張感は保たれたままだ。


「まさかこんなに早く眷属を生むとはなあ……」

「これは覚悟して挑まねばならんな」

「装備の最終確認を怠るなよ」


 聞こえてくる誰かの声に従い、サリアスはナイトレイと共に持ち物の再確認をする。

 ナイトレイは腰につけたケースに色々なものを入れていた。薬草や沢山の小瓶、ナイフもある。その中に丁寧に包まれたクラフトを見つけて、サリアスは思わず微笑んだ。

 サリアスの持ち物は、ガーターのケースの中に少し。遠見の魔法具、薬液ポーションとクラフト、それと小さなナイフ。

 何が必要になるのかはわからないが、薬液だけは手放さないようにと何度も言われた。ナイトレイが念押しするのだから、絶対にこれだけは守らねばと大切にそれをしまった。

「こんなものだろう。いいかリア、緊急時以外は基本それを使う必要はない。あくまで見習いとして、俺の仕事と他のバックアップをしっかり見ていろ」

「はい、頑張ります!」

「よし。出発しよう」

 意気込むサリアスの頭をぽんぽんと撫でると、ナイトレイはサリアスと手を繋いで広間を出た。


 ◇


 砦の前には既に沢山の馬車が並んでいる。けれどよく見ると、馬車を引いているのは明らかに馬ではなかった。毛が長く鋭い目と爪を持つ、大きな犬のような猫のような生き物だ。

 魔力は感じないが、こんな生物を見るのは生まれて初めてだった。

「お父さん、これは馬車ではないんですか?」

 そう問いかけた時、ナイトレイとは逆の方向から笑い声が聞こえてきた。そちらを向くと、アイスブルーの髪の同い年くらいの男の子がとても面白そうに笑っている。いいことがあったのかもしれない。

 よかったねと思って微笑んで、サリアスはナイトレイに視線を戻し、改めて質問をしなおした。

「これは馬車じゃないのでしょうか?」

「……ぃ」

「正式にはバレットと呼ばれる乗り物だ。基本的な造りは馬車と同じだが、引いているのは見ての通り大獅子だから、馬とは比べものにならないほど移動速度も耐久力も高い。危険な任務の時や進み辛い道を行く時によく使われている」

「ぉ………!」

「とても頑丈なんですね。大獅子も初めて見ました! とても凛々しくて、威厳があります。綺麗なふわふわの毛が素敵で、なにより真っ直ぐな瞳が綺麗ですね」

「大獅子は賢く、強く、頑丈だ。乗り心地は少し荒いが、すぐに慣れるだろう。行くぞ」


「おい!!」


 頷いて早速ナイトレイと共にバレットに乗り込もうとしたサリアスの手を、誰かがガシッと掴んだ。

 驚いて振り返ると、先程の少年が顔を真っ赤にしてサリアスを睨み付けている。流石に怯んだサリアスは、しかし手を振り払うことはせず彼を見た。

「ど、どうかしましたか?」

「ふざけるな! この僕を散々無視しやがって、なんて失礼な奴隷だ! 躾をされてないのか!」

「無視、ですか?」

「何とぼけてる! さっきから呼んでいただろうが!」

「えっ……?」

 少年の剣幕に呑まれかけたサリアスだったが、あまりにもわけがわからず困惑の表情を浮かべた。

 呼んでいたと言われても、ナイトレイとの話に夢中で全く記憶にない。どうしようと父を見上げるも、それより早くナイトレイが少年の手を掴んだ。

「いい加減、俺の娘から手を離せ」

 パシンと音を鳴らして、少年は慌ててナイトレイの手を振り払って後退した。サリアスは何が何やら全くわからぬまま、父の腕に従って背後に下がる。

 けれど少年の目はまだ自分を見ていて、それに応えないことの方が失礼だと感じた。

「あの、すみません。呼ばれていたのに気づかなかったんです。ええと、それで……どなたでしょうか」

「なっ……僕を馬鹿にしてるのか! この天才精霊術士の僕を!」

 己の胸に手を当て主張する少年に、サリアスは目を丸くした。

「えっ!? 精霊術士なんですか? お父さんとカトレーナさん以外にも精霊術士の方がいたなんて……すみませんでした」

「リア、騙されるな。こいつはブローチをつけていないだろう。お前と同じ見習いだ」

「え? そ、そうなんですか?」

 ナイトレイの言う通り、少年の服には父やカトレーナが胸元につけているブローチがない。

 それを指摘された少年はこれでもかと顔を顰めて、羞恥からか若干赤くなりながらサリアスを睨む。

「馬鹿にしやがって! 奴隷の分際でアルトリス公爵家の僕を侮辱するとは……! おいお前! 奴隷の躾がなってないぞ! 公爵家を敵に回したらどうなるかわかっているのか!?」

 とうとう少年の怒りはナイトレイに向かった。サリアスはそれを止めようとしたが、それよりも早く父に制されてしまった。

 静かに、それでも不安気に己を見上げる娘を隠すようにして、ナイトレイは少年を見下ろした。

「勘違いをしているようだが、リアは俺の娘だ。だが世間知らずでもある。そういう人間を教え導くことこそが公爵家の者の役目だと思うが、違うのか?」

 娘、という言葉に驚いた様子の少年は、しかしそれに続いた『世間知らず』という一言にギョッと目を丸くした。

「……ほ、本当にこいつは僕の事を知らないのか?」

 ヨロヨロと己を指す少年に、今度こそサリアスは自分の言葉で向き合った。

「失礼をしてしまってごめんなさい。こんなに沢山の人達のところに来るのは初めてで……あ、私の名前はサリアス・ステラードです。お父さんの見習いで、今日はバックアップを勉強しに来ました。ずっと奴隷として生きてきたから、その、こ、しゃくけ? とかも知らなくて。でもそれはお父さんのせいじゃありません」

 必死になって言うサリアスの姿に毒気を抜かれたのか、少年は微妙な表情をして、なんとも表現し難い目でサリアスを睨んだ。

「……僕はロミオ・ラム・アルトリスだ。今回だけは見逃してやる。だが僕の邪魔をしたら、容赦なくお前を処分するからな!」

「はい!」

 勢いにつられてサリアスも叫んでしまった。

「うっ……ぼ、僕はもう行く!」

 少年、もといロミオはそう言うや否やバタバタと走り去っていってしまった。

 なんの用かを聞きそびれてしまったサリアスだったが、ナイトレイが気にしなくていいと言っていたので、気にしないことにした。

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