お嬢様になるということ


 目を覚ますとそこは柔らかくて暖かな布団の中だった。

 何がどうなったかわからなくて、すぐに起き上がる。すると驚いた声がすぐそばから聞こえた。ビックリしてそちらを見ると、次の瞬間お父さんが大きく手を広げて私を抱きしめた。

「よかった……! 怖い思いをさせて本当にすまなかった。痛いところはないか? 具合が悪くはないか?」

「お、お父さん……!?」


「ナイトレイ様! リアお嬢様!!」

「リアお嬢様ーー!!」


 ばーーーん! と扉が開かれ、次々と人が駆け込んでくる。それにまたビックリしていると、涙でくしゃくしゃな顔をしたユリカさんが、お父さんを巻き込んで私を抱きしめてくれた。

 ナターシャさんの「お嬢様がお困りでしょう!」という一喝がなかったら、きっと一日中抱きしめられていたに違いない。

 この部屋はお父さんの私室じゃなくて、屋敷のゲストルーム。窓からはあの空中庭園が見えて、心地良い風が吹き込んでくる素敵な部屋だ。

 私がマーテル様の膝で眠ってから丸一日経っていたらしい。ものすごくびっくりしたけど、皆が涙を流してまで喜んでくれた理由がわかって嬉しく思った。


 それからすぐにお医者さんが色々検査をしてくれた。結果、魔力の封印は無事に完了していることがわかった。あれからもう一度儀式をしてくれたのだそう。魔力を奪われたのも、魔力の総量が多かったのが幸いして生命力には影響がなかった。

 ホッと胸を撫で下ろしたナターシャさんは、涙目になりながらも「頑張りましたね」と頭を撫でてくれた。

「この状態を維持しておけば、一ヶ月後には生命力も十分回復しているでしょう。リアお嬢様、今の貴女は隷属魔法を問題なく使用できる程度の魔力量になっています。以前よりずっと少なくなってますから、魔力の消費には気をつけてください」

「わかりました。ありがとうございます、スタンダ先生」

「ナイトレイ様も、お嬢様の魔力管理をなさってください。魔力量の測定は可能でしょうか?」

「大雑把ではあるが、精霊術で調べられるはずだ」

「それはなによりです。こちらのように、朝起きた時と寝る前の魔力を記録していくと、次の診察の際よりわかりやすくなるかと」

 そう言ってお医者さんが差し出した紙には細かな升目があって、日付ごとに分けられていた。

 受け取ったお父さんは軽く使い方を聞くと、これは重要な任務だと呟いていた。


 ◇


 お医者さんを見送ってから、お父さんと揃ってお菓子を食べた。快復祝いにと料理人さん達が私の大好きなクッキーとケーキを作ってくれたのだ。

 お父さんはあまり甘いものが得意じゃないと聞いていたのだけど、一緒に食べてくれた。食べられないわけではないから大丈夫だと。


 おやつを食べながら色々な話をした。

 私が精霊を見る目を手に入れるまでにやるべき事と、手に入れた後からやるべき事。

 お父さんは、私を精霊術士の養成学校へ通わせるか迷っているそうだ。養成学校は寄宿制で、半年の間この地から遠く離れた王都で寮生活をするのだとか。

 私はぜひ行ってみたいと思ったのだが、お父さんはあまり乗り気ではないようだ。

「お父さんは、その学校へ通われたんですか?」

「俺がまだ十五の頃にな。確かに通った事で知識も深まったし精霊術の実力もついたんだが……」

「何かあったんですか?」

「あの学校はとにかく貴族が多くてな……派閥もあるし喧嘩もある。とても王都の正式な認可を受けた学校とは思えない野蛮なところだった」

「それは……大変そうですね」

 お父さんは社交的な性格ではないし、きっとたくさん苦労したのだろう。私も奴隷だという事で何か問題が起きるかもしれない。

 けれど授業はしっかりしているし規則もあるから、とんでもない事態が発生することは滅多にないとか。

 複雑な気持ちになってしまった私を、お父さんは苦笑しつつフォローしてくれた。どちらにしろそこに通うには精霊を見る目と、安定した魔力を持っていなければならない。入学の際に試験もあるそうだし、勉強をして基礎知識を得てから考えればいいと。


 そう言われたら気が楽になった。

 問題の先送りでしかないのは確かだが、今は判断しようがないのだから仕方ない。

 私は大事をとってもう一日休んでから、補佐に戻ることになった。執務室は大体片付いてきたので、次は私室のお掃除だ。

 本当は今すぐにでも再開したいけど、これ以上皆に心配をかけるのは嫌なので、大人しく休む事にした。

夕飯を食べ終えた私は、お父さんとナターシャさんに連れられて、屋敷の地下に向かった。

 前に行こうとした時は大掃除をしていて危ないとメーヴェさんとユリカさんに止められたので、地下を見るのはこれが初めてだ。

 少しワクワクしていると、お父さんが大きく扉を開け放った。


──そこには、幾つものドレスが並べられていた。


 優雅な雰囲気のドレス、レースが可愛らしいドレス、これでもかと輝いているドレス。とにかくドレスが沢山。

 その光景があまりにも凄すぎて、私はポカーンと口を開け目を丸くするしかない。

 その様子を見てナターシャさんが小さく笑った。

「あ、あの、これは……?」

「全て、ナイトレイ様がリアお嬢様の為に用意されたドレスです。はじめにお渡しした二着は屋敷内で着るものですが、こちらは正式な場所や夜会、お茶会などで着るためのドレスです」

「王都で人気の店に頼んだものだ。アクセサリーも揃えているし、精霊術士が討伐任務で着る戦闘服もある」

 理解はできたもののうまく反応できずにいると、ドレスの中からひょこっとユリカさんが顔を出した。それにびっくりして、ようやく固まっていた体が動き出す。

 私はゆっくり、沢山のドレスやアクセサリー、戦闘服を見て回った。ドレスはなんと二十着もある。

 ユリカさんが次々とドレスの説明をしてくれて、それを聞くたびに私は胸がいっぱいになった。


 約一時間後、ユリカさんのドレスツアーを終えて、興奮しきった私はお父さんに駆け寄った。腕を広げてくれたので、思い切り抱きつく。

「ありがとうございます、お父さん! 私、とっても嬉しいです! ナターシャさん、ユリカさん、ありがとうございます。他の皆さんにもお礼を言わなきゃ!」

「リア、お前は一応病み上がりなんだから気をつけろ。お礼は明日言えばいい。……ああでも、喜んでもらえてよかった。俺はどうにもセンスがなくてな、ナターシャをはじめとする女性の使用人に意見を聞いて作ったんだ」

「ナイトレイ様ったら、自分が黒い服が好きだからって黒いドレスばっかりで……」

「そうだったんですか? でも私、お父さんの考えたドレスも着てみたいです。お揃いの色……って、あ、いや、なんでもないです! 忘れてください」

「お、お嬢様ぁぁぁああ!」

「尊い! 推せる!」

「えっ、あの」

「そうか、では早速注文してみよう。仕立て屋を呼び戻すか」

「い、いえ! お父さん、すぐじゃなくていいんです! いつか着てみたいなってだけで」

「お嬢様、それならお休みが明けたら是非私の考えたドレスをご試着してください!」

「ず、ずるいわユリカ! お嬢様、私考案のドレスも……!」


 結局、明後日の夜に試着会をする事になった。

 本当に私はこのお屋敷の人達に幸せを貰ってばかりだ。早くお返しができるようになりたい。

 そう強く思いながら、私はゲストルームでぐっすり眠った。

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