お父さんと家の人達


 この家について二日目。私は旅の疲れを回復しきったから、早速お父さんのお手伝いを始めた。

 最優先事項は片付けだ。部屋は後回しにして、とにかく執務室の紙山達を崩していく。

 奴隷商人の元にいた時、こういった書類の整頓を毎日手伝っていたのだが、それが大いに役立った。

「お父さん、この書類は全て破棄です!」

「ああ、わかった。捨てる前に切り刻んでしまおう。リア、それを全てあの陣の中へ置いて、誰かからゴミ袋を追加で貰ってきてくれ。あと精霊術を使うから、念のため暫く入らないように」

「わかりました」

 部屋を出てパタパタと廊下を走っていると、丁度仕事の打ち合わせをしているナターシャさんとメイドさんを見つけた。軽く声をかけると、皆がこちらを向く。この屋敷の使用人の人達とは昨日挨拶を済ませているからか、私の名前を呼んでくれた。

「リアお嬢様、何かご用事ですか?」

「はい、えっと、ゴミ袋をいただきたいのですが」

「ゴミ袋ですか? それならあたしが取ってきますよ! これから地下倉庫に行くのでついでに!」


 ハキハキと元気な声が響く。

 その声の主はユリカさん。私の三つ上で、一番若いメイドさんだ。その後ろからペシっとユリカさんの頭を叩いたのはメーヴェさん。ユリカさんの先輩メイドさんだ。

「言葉づかい! もう、一ヶ月経つのにまだ治らないんだから」

「す、すみません……コホン、リアお嬢様、私がゴミ袋をおもちぇ……」

 噛んだ。思わず可愛いと笑ってしまうと、ユリカさんは真っ赤になりつつ唸っていた。

 気を取り直して話を戻す。

「ユリカさん、もし良ければ私も着いていってもいいですか? まだ地下倉庫を見た事がなくて」

「もちろっ……じゃない、えっと、すみませんリアお嬢様、地下倉庫は今……えーと」

 言い淀むユリカさんにかわって、メーヴェさんが説明してくれた。なんでも地下倉庫は大掃除中で、使用人以外出入り禁止なのだそう。危ないから近づいちゃダメと言われて気をつけますと頷いた。ユリカさんもホッとしていた。

「なら、ユリカさんが戻るまでここで待ってます。執務室も今入っちゃダメなので」

 そう言うと、ナターシャさんが少しムッとした顔で「お嬢様を閉め出すなんて…」とブツブツ言い始めたので、慌てて精霊術でお片付けしてるからだと説明した。

 まだ若干むくれていたが、それならとナターシャさんは他の二人……ミリエルさんとマリアさんにお菓子とお茶の用意をと言った。

 止める間も無く風のように厨房へ去っていく二人にビックリしつつも、ナターシャさんの袖を引っ張って慌てて言う。

「あ、あの、お父さんがまだ休憩していないのに、私がおやつを食べるのは……」

「いーえ、リアお嬢様。これは休憩ではなく立派なお仕事です。お嬢様はお菓子を食べて元気になるのもお仕事なのです」

「その通りですリアお嬢様! 私もすぐ行ってすぐ戻ってご一緒しますから!」

「ちょっとユリカ〜? 昨日の洗い損ねを忘れてないでしょうね〜?」

「うっ……すみませんお嬢様、あた……私は……うわーーん!」

「こら待ちなさい! 廊下を走ったらダメって言ってるでしょー!」

 走り去っていくユリカさんとメーヴェさんをポカンと見送ってから、私はナターシャさんと手を繋いでテラスへと歩きだした。


 初日と昨日、こうして手を繋いでくれるナターシャさんがいてくれたから、私は迷子にならずにすんでる。それくらいお屋敷は広いのだ。でもそうでなくても、私はナターシャさんに手を繋いで貰えると凄く安心するし、嬉しくなる。

「騒がしくて申し訳ありませんリアお嬢様。でもああ見えてユリカは二級メイド資格を持ってますし、結構頼りになるんですよ」

「はい。昨日挨拶をして回っている時、屋敷のいろんな事を教えてもらいました。ユリカさんはお姉さんみたいです」

「まあ、うふふ。あの子がそれを聞いたらとても喜ぶと思いますよ。妹が欲しいと言ってましたから」

「そうなんですか? じゃあ、後で伝えてみます。でもユリカさんだけじゃないんです。メーヴェさんもマリアさんも、歳は離れているけどお姉さんみたいで、ミリエルさんは教会でお世話になったシスターさんみたいだなって思ってます」


「今、お姉さんみたいって仰いました!?」


「私はシスターに似ているんですか?」


 背後から聞こえた声に驚いて振り返ると、マリアさんとミリエルさんがケーキと紅茶を持ってきてくれた。聞かれてしまって少し恥ずかしかったけれど、嫌がっていないみたいだったから、正直に話してみる。

「ミリエルさんはテキパキ仕事をしてて、でもいつも余裕を持っていて、優しく話してくれるところが、シスターさんに似ているなと思っています。マリアさんは昨日、苦いお薬を飲んだ後いっぱい褒めて頭を撫でてくれて……嬉しかったから、お姉さんがいたら、こんな感じなのかなって思って……」

「リアお嬢様……! 私はいつでもなでなでしますから、遠慮なく言ってください!」

 言いつつ頭を撫でてくれるマリアさん。ミリエルさんは微笑みながら、同じように頭を撫でてくれた。

 嬉しくて少し涙が出そうになったけど、笑ってありがとうございますと言う。こんなに暖かな場所にいられる、それだけでもう十分幸せなのに、皆はもっと幸せをくれるのだ。

「ほらほら、そこまでにしないとお嬢様の紅茶が冷めちゃうわよ。……と、ところで、リアお嬢様は私の事はどう思いますか?」

「ナターシャさんは……お、おかあさん……みたい、です」


「はうぉっ!!」

「一撃必殺……! 流石ですリアお嬢様!」

「よかったですね、ナターシャさま」

 ナターシャさんはテーブルに突っ伏しながらサムズアップをしていた。そう思っていいって意味かなと嬉しくなった。

 その後、ユリカさんに替わりやってきたメーヴェさんにもお姉さんの話をすると、ぎゅうと抱き締めてくれた。ちょっとだけお母さんみたいなところもあるんだなと思った。


 ◇


 休憩……もとい、お菓子を食べるお仕事を終えた頃。

 テラスに執事のマイラスさんが私を呼びに来た。

「リアお嬢様、お医者様が到着しました。すぐに来られますか?」

「はい、今行きます!」

 なんというナイスタイミング。もしかしてこれも考えてナターシャさんは休憩をとらせてくれたのかもしれない。いや、そもそもお父さんが命じていたのかも。

 本当に私は幸せ者だ。

 しみじみと思いながら、立ち上がってマイラスさんのところへ走った。


ナターシャさんと一緒にマイラスさんに着いていくと、客室でお父さんと眼鏡をかけた男性のお医者さんが座って待っていた。

 少し申し訳なくて遅くなってごめんなさいと謝ると、二人とも気にしなくていいと言ってくれた。ありがたい。

「リア、彼はステラード家のかかりつけ医士のスタンダだ。国の認めた魔法医士の資格を有する優秀な医士だから、安心して診てもらってくれ」

「はい。よろしくお願いします、スタンダ先生」

「こちらこそよろしくお願いします、リアお嬢様。早速ですが、今日はお嬢様の健康診断を行います。まずは何か病気にかかっていないかの確認、生命力の状態の検査、それから魔力の状態の確認もしましょう」

「はい」

「ちょっと時間がかかりますが、休みながら頑張りましょう」

「はい、頑張ります」


 最初に検査をするための服に着替える。魔法術で編まれたローブだ。

 次に、腕と足から胴体、頭までをお医者の魔法術で診てもらう。何か病気があればすぐにわかるそうなので、落ち着いて検査を受けた。

 それが終わったら、次は別の検査着に着替えてまた魔法術を受ける。少し生命力が吸われて疲れてしまった。続けて魔力の検査を受けて、ようやく今日の検査は終了だ。

 服を着替えてから、お父さんと並んでお医者さんの診断を教えてもらった。

「特に病気はありませんでした。けれど生命力が平均よりもずっと低いです。最低でも三ヶ月くらい、しっかり栄養をとって七時間以上の睡眠を心がけるようにしてください。もちろん運動も必要ですが、ハードなものではなく、屋内でできるような無理のないものにしてくださいね。それから……魔力についてですが、拝見した資料以上の凄まじい量でした。きっと測定した時より成長して、さらに増えたのでしょう。これだけの量ですと、やはり安定には時間がかかりそうです」

 その言葉に、お父さんは低く唸った。

 私も少し不安になってしまう。そう、魔力。

 今私にとって最も重要な問題。これには精霊も絡んでいる。

 私の魔力は何故だか精霊にとても好まれるようで、お父さん曰く「つまみ食い」をたくさんされているらしい。

 私も精霊の気配に慣れてよりそれを実感させられた。一日に何十回も不自然に魔力が減れば気づくよ、うん。

 もちろん精霊達は私の生命に関わる程の量を食べたりしない。けれど術を行使するわけでもないのに魔力を消費するというのは問題がある。魔力が安定し辛くなるのだ。

 私は生まれつき魔力が多いし、今も増え続けている。

 その感覚が精霊を感じる事でより強化されているせいで、だんだんと不安になっていた。


 けれどお父さんはそんな私の頭をポンと軽く撫でて、大丈夫だと言ってくれた。

「リアの精霊感知力は既に精霊士に必要な水準に達している。あと数日ほど待つつもりだったが、早めに魔力を封じてしまおう。そうすれば精霊が勝手に魔力を食べる事はなくなるだろう」

「しかしナイトレイ様、魔力の封印はとても難しい術です。それにサリアスお嬢様の魔力量はあまりにも多い。封印は困難かと……」

「問題ない。魔力の一部は隷属魔法への供給に固定し、その他の魔力を封じる。そうすれば封印の難易度は格段に下がる」

「隷属魔法に固定……成る程……! 隷属魔法にその様な利点があるとは、いやはや私も勉強不足ですな」


「あの、お父さん……ふういん、てなんですか?」


 困難だとか難易度だとか不穏な単語に怖気付き、おそるおそるお父さんの袖を引くと、また頭を撫でてくれた。

「封印とは精霊術の一つだ。精霊の檻に対象を閉じ込める事で外部との接触を断つもの……簡単に言えば、使えないようにしっかり鍵をかけておく感じだ」

「使えないように……そうすれば、魔力を安定できるようになるんですか?」

 その質問にはお医者さんが答えてくれた。

「安定しやすくなると思われますよ。そもそもどんな魔力量であろうと、またどんな環境でも、魔力はいつか必ず安定します。ただ、お嬢様の場合は安定するのに時間がかかるでしょう。一定量の魔力を変わらず所持する事が大切なのです。なので封印によって魔力の動きを封じれば、今よりずっと良い状態になります」

「そうなんですね、教えてくれてありがとうございます」

 頭を下げつつ、ホッとした。

 もしずっと安定しなかったら、精霊士になれないまま……捨てられてしまうかもしれないと思ってしまっていたから。

 頭ではわかっている。このお家の人達はそんなこと絶対にしないと。でもどうしてもその不安は拭えない。しっかり染みついてしまっている。

 お父さんはわかっていたのだろう。

 だからこういう時の事も全部考えておいてくれたんだろうし、安心させてくれる。


(けど、私じゃなくても、お父さんは……)


 そう思いかけてすぐに否定する。

 そんなの当然なんだから、不安になる方がおかしい。

 孤児の奴隷は少ないけれど、そうでなくても奴隷はいっぱいいる。その中から選んで貰った。その事実は変わらない。私はお父さんの娘として、それに応える義務がある。それだけだ。

 気を取り直して、お医者さんの話を聞いた。

 とにかく健康になることが最優先。色々とアドバイスをいただいて早速実践することになった。

 さしあたって、おやつの時間が一日三回に増えた。

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