勘違いしていました。
そういうわけでご主人様とのお屋敷ツアーを終えた私は、ベッドにぬいぐるみとワンピースを置いてご主人様の命令を待っていた。のだが、その前にご主人様は部屋の中のベルを数回鳴らした。すると即座に部屋へ一人の女性が駆け込んで来た。
「お嬢様は!?」
その女性の第一声はこれだった。
若干ふくよかで眼鏡をかけた彼女は、私を見るなり素早く駆け寄ってきた。
驚いて体を強張らせると、優しい手が腕に触れる。そのまま持ち上げられ、私は身体を見られているのだと気付いた。
数秒後、女性は眼鏡をクイッとしつつご主人様へと何かを告げる。
「少し痩せておりますし、年齢の割に背も低いですが、それ以外は大丈夫そうですね。お医者さまが来られるのは明後日なので、詳しい検査はその日にしましょう」
「わかった。じゃあ……取り敢えず、風呂に」
「かしこまりました! さあお嬢様、私に着いてきてくださいな」
そう言って手を握られ、私は困惑してご主人様を振り返る。
行っていいのだろうか? そう目で問いかけると、伝わったのかしっかりと頷かれた。それに従って私は彼女と共に部屋を出た。
広い廊下を歩く。彼女はナターシャと言うらしく、この屋敷でメイド長をしているそうだ。
私はメイドというのがわからなかったのだけれど、取り敢えず頭に入れておくことにした。
それ以上に気になる事があったのだが、残念ながら発言の許可をご主人様に貰い損ねていたので、私はナターシャさんの話を聞いていた。
「ご主人様は幼い頃に両親を亡くされて、それからずっとお一人でこの領地を治めてきたのです。とても仕事ができる方なんですけど、片付けが不得手でして……けれど私達は機密情報を知ってしまわないよう、お掃除を禁止されているのです。それでご主人様は、お嬢様にお仕事を手伝って貰いたいと仰ったのですよ」
ゴシゴシと体を洗われながら、ナターシャさんの話を一生懸命聞いた。温かいお湯で頭から爪先まで綺麗に洗ってもらって、長い髪を結ってもらって、ご主人様からいただいたワンピースを着せてもらって。
その後、鏡に映る自分に驚いてしまった。
燻んでいた金髪は、本来の色であるブロンドになって、頭の左右で結ばれている。まっすぐでツヤツヤで、光が当たるとピンクに光ってとても綺麗だ。
爪も適当な長さに切って貰って、前髪も切って貰った。
これならご主人様もお気に召すかもしれない。
本当ならちゃんと言葉にしたいのだけれど許可がないので、ナターシャさんには感謝を込めて深々と頭を下げた。すると困ったように頭を撫でられた。
「お嬢様、どうか楽になさってくださいな。今日から貴女はナイトレイ様のご家族となるのですから」
「……へ?」
思わず漏れてしまった口をまた慌てて塞ぐ。
するとナターシャさんは目を丸くして、そしてようやく合点がいったと言わんばかりに「ああ!」と大声を出した。
「発言の許可が出ていないから無口だったのですね! ごめんなさいね気づかなくて。大丈夫、私が責任を持ちますからご自由にお話ししてください」
そんな事してもらっていいのだろうか?
こんなによくしてくれたナターシャさんが責められたり罰を受けたりするのは嫌だと思った。けれど、ナターシャさんは根気よく私の言葉を待っている。
恩義には必ずお返しをするのが私の信条。彼女の気持ちに応えたい。もしご主人様がお怒りになられたら私が一生懸命謝ろう。だから、だから少しだけ。
「……ぁ、りがとう、ございます」
「ええ、どういたしまして。お風呂はどうでしたか?暖かかったですか?」
「はい、とっても暖かかったです。綺麗に洗っていただけて嬉しいです。これならきっと、ご主人様に満足していただけるよう、お相手を務められます」
「それはよかっ……え?」
「?」
ポカーンとされて、思わず私も首を傾げる。
すると少しして、ナターシャさんがクルリと背を向けてヒソヒソと話し始めた。この細い糸のような魔力は、多分テレパスの魔法だ。相手は誰だろう?
そう思っていると、ドタドタと激しい靴音を響かせつつ誰かが部屋へと駆け込んできた。
「なんでそうなる!?」
「私に言われましても!!」
「ひぇ!?」
文字通り駆けつけてきたのだろうご主人様は、軽く息を切らしつつ絶叫した。ナターシャさんの大声にびっくりしつつ慌てて口を塞ぐ。
多分なんとか間に合った、許可無しに話してしまったのがバレてないといいのだけれど。
「夜の相手をしろなんて一言も言っていないぞ!?」
あ、いやこれバレてますやん。血の気が引いていく。
けれどナターシャさんは穏やかな見た目にそぐわぬワイルドな動きで髪を掻き毟りつつ、驚くことにご主人様に怒鳴り返したのだ。
「だからいつも言っているではないですか! ナイトレイ様は言葉が足りてないのです! それとも逆にお嬢様に何か言ったんですか?」
「へ、変なことは言ってない! 仕事の内容と執務室の場所と部屋を案内して説明した! お前の助言通り、ぬいぐるみと服も渡したぞ!」
「……部屋って、ナイトレイ様の私室の事ですか?」
「そ、そうだが」
「それですよ! 普通勘違いしますって! どうせ『俺の部屋だが今日からお前も使う』みたいな言い方したんですよね!?」
「そ、それのなにがダメだっていうんだ」
「あのお部屋で無駄に目立つ大きなベッドを見たら勘違いしますって! だから申し上げたではありませんか、少しは片付けておくべきですと!」
「うっ……」
ご主人様は完璧にナターシャさんに言い負かされていた。私はというと、ポカンとしながら二人を見ているしかなかった。使用人と貴族がこんな風に話す光景。これが普通なわけない。
けれどご主人様と目が合ったので、慌てて居住まいを正した。
すると彼はゆっくり歩み寄って、目線の高さまで膝を折って私の顔を覗き込んだ。思わずビクッとすると、ご主人様は少し困った顔になった。
「……俺の言葉足らずで勘違いさせてしまったようだな。すまなかった。それと、私はお前に危害を加えるつもりは全くない。だからそんなに怯えるな」
「い、いえ、ご主人様は悪くありません。私が勝手に勘違いをしただけです。お手間をおかけしてごめんなさい。それに、私のせいで不快な思いをさせてしまって……」
「ストップです! お嬢様、ナイトレイ様、お二人はちゃんとお話をなさるべきです。応接室ならゆっくりできるでしょうから、そちらに移動しましょう」
ナターシャさんはハキハキそう言うと、私の手を取って歩き出した。ご主人様を見ると、少し気まずそうにしつつ一緒に歩き出すのが見えた。
◇
テーブルを挟んでソファに座り向かい合う。ご主人様は何をどう言うかとしばし悩んでいた。
「ナターシャの説明通り、俺がお前を買ったのは、隷属魔法で制御出来る仕事の補佐が必要だったからだ。だが、目的はそれだけではない。後継者を得たいと思ったからだ」
「後継者、ですか……?」
「俺の仕事はこの領地を治めることの他にもう一つある。精霊術士の仕事だ」
精霊術士。
文字通り精霊術を操る人の事で、国により正式に認可された者のみが名乗ることができる肩書きだ。
この世界には数種類の術がある。
己の生命力と空気中の魔素を合成して行う魔素術。
自身の持つ様々な魔力を操り行う魔法術。
普通の人には見えない精霊と契約し行使される精霊術。
あと、ごく稀にだが唱秘術という術を行える人もいる。
この中で最も行使が難しいのは精霊術だ。精霊を見る目と会話する耳が必要だし、言語は勉強して取得するしかない。
そして何より精霊と良い信頼関係を築かなければならない。契約はあくまで対等だから、片方が破棄したらまた契約しない限り術が使えなくなる。そして契約できるのは一人に一精霊のみ。だから使える術の幅も契約する精霊によるわけだ。
けれどこれには一つ抜け穴がある。
精霊の中にも上下関係というのが存在していて、上司の命令なら従わなくてはならない。だから上位の精霊と契約すれば、他の精霊の力を借りて術を使うこともできるらしい。その際は詠唱が変わるとかなんとか。
なんで私がこんな事を知っているかと言うと、誰かから教えてもらったからだ。ずっと昔のことだから、教えてくれた人のことは全然思い出せないのだけど。
話を戻そう。
つまり、ご主人様はこの家の養子にするために私を買った。ここステラード家は精霊術士を輩出する家系で、ご主人様のご両親も優秀な精霊術士だったそうだ。そしてご主人様も国が認めた精霊術士。その血を絶えさせたくはなかったのだとか。
つまり……完全に私の勘違いだった。
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