第7話 追放
202x年6月9日 午前10時00分 追放
丸一日、界は自室の床の上にほうっておかれた。
動かせない身体はあちこちが痛み出し、小便が作業着を濡らしていた。部屋には、定期的に
気が狂いそうだった。
とうに薬は切れていて、容赦のない視線が界の精神をさいなむのだ。薬はない、
視線を感じる。なにもない部屋に、静かで無意味な時間だけが過ぎてゆく。
「こんな茶番を……見るのが楽しいのか」
乾いた血のこびりついた唇がうごめくと、かすかなつぶやきが漏れた。
「ひとのセックスをのぞくと、興奮するか」
視線だ。界が視線に向かって話している。
「おれが殴り、殴られて、床にはいつくばっているのが気味がいいか。ひどい目にあってせいせいすると?」
腫れ上がったまぶたの下から、充血した目がこちらを射るようににらむ。
「目を逸らすな! 見ているぞ、お前の心底まで、薄ら笑いを浮かべているその視線を!」
「界……!」
界が凍りついた。
視線が消えた。
部屋の中と入り口を隔てている鉄格子の向こう側に女が立っていた。
「
希空は、それ以上なにも言わなかった。青白い顔で床に転がされている界を見下ろしていた。
「行ってしまう……のか?」
答えない。
「
「逸洲界」
立ち尽くす希空の向こう側から、牟臥が現れた。
「瑞樹がここを出てゆく前に、お前に合いたいとさ。連れてきた。ただ、会話はだめだ。お前は懲罰中だからな」
「……希空」
「いまから瑞樹は、ここを退所して――」
界に牟臥の言葉は届いていない。
「希空……待ってくれ。おれも行く」
「界!」
「お前は出られないよ。逸洲」
「一緒に行こう……。ふたり……『下界』で暮らすんだ」
「……」
「おれのそばに……いるんだ」
牟臥調整官が、意思のない棒のように立つ希空を手を乱暴につかんで、鉄格子から引き剥がした。「行くのよ、瑞樹。ここにいては良くないわ」しかし、希空はその手を振りほどいて、再び鉄格子に駆け寄った。「だれかきて!」
「界!」
「待っていろ……。すぐいく」
体の自由が利かない。後ろ手に縛られた拘束具が両腕を締め付ける。そうしているあいだにも、何人もの調整官が部屋に入り込んできて、希空を腕をつかんだ。
「いや! 離して。ぼくは……界と」
「やめろ……希空を離せ……」
「界……、ぼくはきみを……!」
希空の口は調整官の手でふさがれ。大勢の人数に抱えられるようにして、部屋から運び出されていった。
「さいごに、あの子に伝えたいことがあるなら、聞いておこう」
さいごにひとり牟臥調整官が残され、冷たい目で界を見下ろしていた。
界の目には涙が浮かんでいた。
食いしばった歯の間から声を絞り出す。
「愛して……いると」
「不許可だ」
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